第63話 迫る戦いの強風を感じます




 それは、王国内で発生した魔物の軍団との最新の戦況報告だった。




「ヒルデルト准将の容態は?」

「命に別状はありません、ですが腕と脚に深手を負われております。本人は指揮に問題はないと、怪我をおして軍を動かされているのですが……」

 僕がルクートヴァーリング地方に出向く前に発生した魔物の軍団との戦いは、1ヵ月以上経つ今も続いてる。


 今回発生した魔物の軍団はこれまででも最大規模で、セレナーク准将が指揮する王国側の戦力は、数で劣ってる。

 その戦力比は7:3で、こちらは敵の半分以下でやりくりしてる状況らしい。



「援軍の数が間に合っておりませぬ、敵の総数は2万近いとか。対するヒルデルト准将揮下は援軍含め、現在は6000とのこと……陛下、これはかなり厳しい状況ではないでしょうか」

 大臣の一人が、本当に危機感をもって進言してる。理由は、もし今セレナ達が抜かれてしまったら王都まで距離はあってもその途上にある町や村が危なくなる―――当然、それらはどこかの貴族の領地内。

 自分達の吸い上げるものが蹂躙されたら、税をせしめる事ができなくなる。だけどそれだけじゃない。


「に、2万……そんな軍勢がこの王都にまで押し寄せてきたら……」

「バカを申すな、そ、そのような事があるはずが、な、なかろう」

「しかし、現在の戦場は王都より真っすぐ50kmほど東へと赴いた位置……直線の大街道が通っておる。もしも准将が敗北したなら、魔物どもは一気に押し寄せてくる可能性はあろうぞ」


 彼らは最近、魔物に対して過剰なくらいに怯えてる。


 王都の近くの森で魔物が出現したっていう事実が、自己保身に熱心な貴族達を中心に、臆病風っていう病気が流行ってるんだ。

(※「第37話 醜い魔物は味方にいます」参照)


「(だからって、うろたえてばかりで何も方策をだせないなんて情けないなぁ。その2万の敵相手にがんばってるセレナの爪垢でも飲んだ方がいいんじゃないかな、あの人達は?)」

 けど、僕だってひとのことは言えない。セレナを助ける案を考えなくっちゃ。



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「ふーん、それで頭を悩ませてるってワケねー」

 廊下を伴って歩くヘカチェリーナは王子様も大変ねーと他人事だ、聞いてきたのは彼女の方からなのに。


「最前線から援軍は出されないのでしょうか??」

 同じく伴って歩いてるエイミーの疑問はもっともだ。

 もしそれが叶えば、セレナが対峙してる魔物の軍団を反対側からも挟み撃ちにできる。最前線はもっとずっと東にあるんだから。


「まず不可能です。最前線のゴーフル中将は、“ 魔物は外からやってくるモノ。その外部からの侵攻を自分達が防いでいるのだから国内に魔物などありえない ” と言って聞かない方ですから」

「うっわ、何ソレ? そんなのが国の主力率いてるとかヤバくない?」

 ヘカチェリーナの言う通り、かなり危険だと僕も思う。

 だけど人事に手をつけるのは色んな影響が出るから、そう簡単には出来ない。

(※「第44話 危うい将軍です」参照)


 兄上様おうさまも頭が痛い話だよと笑っていたけれど、本当に悩ましいことだと思う。

 一応は最前線に援軍要請の早馬を飛ばしてるらしいんだけど、やはりというかまるで無視されてるらしい。


「(うーん、王都防衛の戦力を動かそうとしたら、臆病な人達大臣たちが猛反対するだろうし、セレナの砦も残ってる兵力は少なくて、しかも王都の事実上の最後の砦だから、やっぱりここも動かせない可能性高いし……)」

 だけどこのままじゃセレナ達が負ける―――ううん、下手すると死んじゃう。


 本当なら今ここで温存してる戦力を出してしまって、魔物の軍団を退けてしまわないといけないのに。



「……王都にはまだ1万5000の防衛戦力があったはずですからね、これを動かせれば一番なんですが、やはり王都の護りという意味があるのでなかなか難しいですし」

「ふーん、………―――ね、ね。ちょっと思ったんだけどサ?」

 僕の肩をヘカチェリーナが後ろから細い指でツンツンとつつく。こんな事する王族付きメイドはこのコの他にはいないだろうな。


「割とヤバい状況なんだよね? ソレで援軍要請に応えないのって、それはそれでヤバい話でしょ? それってどうなの、かなりの・・・・事なんじゃないの??」

「!」

 ヘカチェリーナの言わんとしている事―――それはゴーフル中将の命令違反・・・・

 いかに将軍位とはいえ、それは国の王様から認められているからこその地位。普通は王様の命令が絶対であって、それに従わない時点で問題だ。

 けれど、魔物との戦いの最前線の主力を率いてもらってる・・・・・っていう引け目から、これまでは多少のことも大目に見てきた。


 けれど実際にセレナが戦いで負傷し、劣勢の戦いが起こっている事実が国内にある。にもかかわらず、そこへの援軍を僅かばかりも出さないというのであれば、確かにかなりの・・・・事だ。



「ヘカチェリーナ、ありがとうございます。おかげで見えてきました!」

「? そーぉ? じゃ、お祝いに今夜の " お世話 " はスペシャルなのにしたげる。エイミーさま、期待しててね―――殿下をバーサーカーにして寝室に送り込んじゃうから、フッフッフゥ♪」

「いえ、結構ですからそのワキワキする両手はやめてください……」

 エイミーも顔を赤らめて恥じらいと期待感を混ぜた表情しないで。



 アイリーンが妊娠したので、確かにこれからの夜はエイミーに集中してしまうわけだけど、下手するとそんな事してられなくなるくらい忙しくなりそう。


 僕は表向きは二人に呆れつつも、アイリーン抜きでの戦場が近づいてる事に、内心じゃ、かなり強い戦慄と不安を覚えた。




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