第64話 ビキニアーマーのいない初陣です




――――――王都から大街道を東へ30kmほど行ったところ。




「殿下、ご報告いたします! 本陣地の構築を完了いたしました!」

 兵士さんの力強く張った声が、僕達のいる天幕の下でよくこだました。


「ご苦労様でした。まだ最前線より離れている位置ですが、皆さんには決して油断しないようにお伝えください。魔物の軍団は数が多いです、回り込んでこないとは限りませんからね」

「ハッ! 了解いたしました、では!!」



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 セレナ負傷が伝えられてきてから1週間―――懸念していた通り、僕は戦いの地へ出向くことになった。

 出来るかぎりの手は打ってはきたけれど、正直にいえば今回のことは、僕自身の身の安全を固めるっていう人生設計からしたら、突然のハプニングだ。


 特に、アイリーンが懐妊したタイミングで初陣だなんて……


「(ホント、本末転倒だよね。……人生はままならないもの、ってことかな)」

 でも、逆にチャンスでもある。対外的には小柄でひ弱そうに思われてる王弟殿下が、ここでそれなりの結果や威を示せたなら今後、僕を見る目も変わってくるはずだ。


 特に、クララをお嫁さんに迎えるには特に大きい。クララの父親のエイルネスト卿は、まだ娘の嫁ぎ先に僕以外の道も考えている雰囲気だ。

 なので、僕が単なるお飾り王子さまじゃないってことを示せれば、エイルネスト卿にとって僕という娘の嫁ぎ先は、より有力だと感じてもらえる。


「(……なんだか女の子のことばかり考えてるみたいで、ちょっと自己嫌悪)」

 とりあえず先々のことは今は置いとこう。

 何はともあれ、目の前の魔物の軍団を対処しなくっちゃ始まらない。







「アーキュロッドさん。休憩のあと、歩兵5個小隊に輸送物資を持たせて最前線へ送る手はずを整えてください。そして同じくらいの援軍小隊を、3時間おきに最前線へと出すようにして頂きたいのです」

 アーキュロット=エイオン。今回の出陣で僕につけられた武官の一人だ。


 階級は少佐。本当なら中~大隊を指揮してもらいたい人材だけど、母上から僕を絶対に守るようにってキツく命令されてきた人で、この参陣では近衛指揮を務めてる。



「ハッ、かしこまりました殿下。……ですがその前に、意図をお聞かせ願えますでしょうか?」

 王弟の僕のいう事にNOとは言えない。けれど戦場に出るのが初めてな温室育ちのボンボン王子の出す命令には、不安を覚えてもしかたない。


 むしろ、ひたすらYESマンでいられるよりもずっといい。


「最前線はいま、多くの敵を相手に善戦しています。ですが兵士の皆さんは苦しい戦いが続いて、先行きへの不安から士気に影響が出ていることでしょう。兵士の皆さんの士気の低下を継続的・・・にケアするためです」

 少数でも、援軍が継続してやってくる―――しかも物資を一緒に持ってくるということは、補給物資や戦力補充が先々まで行われるという保証にもなる。


 最前線の部隊からしたら、今後の戦線の維持にも希望が持てる処置のはずだ。


「ですが、一度に多勢を送り込まなくてよろしいのですか? 前線は数で押されていますので、兵の大増員も望まれていると思われますが」

 アーキュロットさんの苦言はもっともだ。

 だけど補填対策には大きくわけて2つある。僕が指示した小出し継続補給は長期視点策、そして彼の言うことは直近をしのぐ短期視点策にあたる。


 最良なのはその両方を実行することだけど……残念ながら、それは出来ない。


「ヒルデルト准将の前線は兵士さんの数が6000だと聞いてます。ですが僕達が連れてこれたのは非戦闘の方々もすべて含めたとして5000人……合わせて1万1000の戦力にしかなりません。敵の魔物の軍団は2万、多勢を送り込んだとしても、現状ではどのみち数で負けているんです」

 この5000にしても、王都の防衛部隊から何とか1500を引っ張り出してきて、母上様の計らいで御実家の領内私兵から1000、父上様の伝手と私兵から編成した1000。


 そして宰相兄上第三夫人のヌナンナさんの実家、大金持ちなワルハワード家が工面してくれた1000。そこにセレナが普段守ってる砦に残されていた兵士から僅かばかりと、非戦闘の陣地工作の専門家やお医者さんなどなど……そんな全員を合わせてようやく捻出されての5000人だ。


 兵士さんそれぞれは鍛えていても、普段の所属が違うところからかき集めてきたから、この5000人のままで戦地に向かうには連携が不安だ。



「それに、こちらが全員で最前線に押し掛けても王弟である僕がいるので、現場の指揮が混乱してしまいますし、戦闘で忙しい陣内に受け入れる余裕もないでしょう。一気に大増員するのは現状、有効とは言えません」

 すると、アーキュロットさんは少し驚いた顔をした。


「……すばらしい御判断でございます殿下。そこまで戦場のことをお考えになれるとは、とても初めてとは思えない才でございますればこのアーキュロット、感服いたしました」

 どうやら僕は、いわゆる試されたみたい。最初から僕の指示に賛成だったけれど、あえて苦言を述べてみて、僕がどういう考えで指示を出したのか、戦争の知識や理解のほどはどうなのかを計ったんだ。


「(前世で触れた戦争とかの歴史モノなマンガから得た知識参考にした、なんて絶対に言えないなー……あはは―――)―――僕に才能があるかどうかは分かりません。ですが、納得いただけたようで何よりです」

「ハッ! すぐに殿下のご指示通りに動員の手はずを整えさせます」

 そう言って、同じ天幕内に待機してた近衛兵の数人を伝令として動かしはじめるアーキュロットさん。

 その後ろ姿を眺めながら僕は思った。



 きっと、僕はまだまだ多くの人から軽んじられてるんだ。


 彼が僕を試すようなことをしたのも、僕という人物をよく知らない上に、内心では王弟っていうステータスだけの存在として下に見ていたからだろう。




「(今回のことで僕自身の株もあげていかなくっちゃね)」

 アイリーンが隣にいないのはとても不安だけれど、お城を出る前にいくつか手も打ってきた。


 大丈夫、きっと大丈夫なはず……いつかのライガルオに襲撃された時とは違う。

 (※「第04話 魔物退治を見学です」参照)


 トレン生樹木ビースティ獣形態の時だって咄嗟のことだったけれど、ちゃんと動けたじゃないか。

 (※「第35話 頼りにならない人たちです」参照)



 怖いけど、何とかなる――――――ううん、僕が何とかするんだ!




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