第60話 自分の庭を賜りました




――――――お城、王様の執務室。




 帰ってきたその日のうちに、僕は兄上様に呼び出された―――家族としてじゃなく、王様としての正式なお呼び出しだ。





「……以上の権利と権限の移行をもって、ルクートヴァーリング領を王直第二弟、王位継承第三位者、先王第三子△△△王弟へと下賜することを、我が名と責任の下に決定する事を、ここに宣言いたします」

 ものすっごく長い口上の後、ものすっごく回りくどい感じで王様として今回の政策決定を宣言する兄上様。

 その表情は優しく微笑んだままだけど、どこかウンザリした疲労感がにじんでいる気がする。


「(あ、あはは……お疲れ様でした兄上様)」

 僕は辞令の書類を、儀礼を欠かすことなく恭しい態度で受け取る。


 本来、こういった内政の辞令を行うのは宰相である次男の兄上様の方だ。けれど王様直々に行うことで、今回の辞令は一段上の意味を持つというアピールになる。


 なので今回、執務室内には王室派の大臣数人が同席してて、僕が領地をたまわる瞬間にわざわざ立ち会わせてる。


「おめでとうございまする、殿下」

「祝着至極にございます」

「殿下、真におめでとうございます」


 これで僕が名実ともにルクートヴァーリング地方の領主になった。


 同時にあらかじめ、名代領主に指名しておいたコロック=マグ=ウァイラン卿が、今頃同じように辞令を受けてるはずだ。

 ルクートヴァーリングの基本的な切り盛りを、僕の代わりに担ってくれる。




 ・


 ・


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「と、言いましても、僕自身は今までと生活が大きく変わるわけではないのですけれど」

 領地を貰ったお祝いと称して、僕の部屋でちょっと豪勢なお茶会が催された。


 アイリーンとエイミーのお嫁さん達に、新しくメイドとしてお城に入ったヘカチェリーナ、それとなぜかタイミング良く登城してきた母上様とその御付きのメイドであるティティスさんがいる。


「そう~、それは良かったわぁ~。ママは△△△ちゃんが、遠くへ行ってしまうかもと思ってしまい、ちょっぴり寂しかったんですよ~?」

 そう言って隣の席から僕の頭を抱き寄せ、摩擦で火がつくのではと思うくらい撫でてくる。

 確かに子煩悩な母上様は、僕が王都から離れたところに移住するのは嫌がりそう。


「(……下手すると、ついて来ようとするかもしれない。割とマジで)」

 それはそれで特に問題はないように思えるけれど、母上様の身分では、王都以外の場所に居を構えるのはよろしくない。

 何せ王族の、それも先王の妻で現王の実母だ。父上様と共に、国家の象徴的な側面があるので王都から長期間離れるのは憚られる。



「ね、ね……皇太后さまって、マジ殿下ラヴな感じ?」

「はい、それはもう。お城ではお子様方を愛して止まないことで有名です」

 エイミーにこっそりと教えてもらって、フーンと興味あるんだかないんだか曖昧な相槌を打つメイド姿のヘカチェリーナ。このお茶会の給仕は彼女が担っている。


「特に殿下への愛情がすごいです。エイミーちゃん、私達も負けていられませんっ」

 アイリーンはシンプルに、旦那である僕に対する愛の深さという意味で燃えているようだ。

 けれどこの時のヘカチェリーナは、何か引っかかる事があるように僕からは見えた。


 けれど次の瞬間には何事もなかったと、横に置いたワゴンに向き合ってお茶のおかわりを用意し始めてる。


「(……気のせいかな? へカチェリ―ナはまだ出会って日も浅いから、どうも人物像が掴みきれてないんだよね)」

 貴族令嬢ではあるけれど、前世で言う所のギャルっぽい感じが見え隠れしてる女の子―――それでいて、所作や礼儀作法はしっかりしてる。表面上はそんな努力しているような人物には見えないけど、しっかりこなせる実力はお城のメイドとしても十分通用するレベルだ。


「(彼女も新しい環境と立場に慣れてないっていうのもあるかもしれない。ヘカチェリーナに関しては、まず今の環境に馴染んでもらう事からだね)」






――――――夜。



 結局、母上様とその御付きのティティスは、夕食までしっかりと平らげてからお城を後にした。


 今は父上様の新しい離宮で一緒に暮らしている。両親の仲睦まじいのは良いことだし、僕にとっても良い夫婦の在り方のお手本になる。


「(……そう言えば、シャーロットは元気にしてるかな? ルクートヴァーリングに1ヵ月近く行ってたから、今月はまだ1度も会ってないし……)」

 帰ってきてあれやこれやの後片付けがあるので、今日のお風呂は僕一人だ。なので広い湯舟で思いっきり手足を伸ばしながら、ぼんやりとそんな事を―――


「あー、殿下ってば今、他の女のコのこと考えたでしょー?」

「!? へ、ヘカチェリーナ? 驚きました……どうしたんですか??」

 アイリーン達の荷物の片付けを手伝ってたはずのヘカチェリーナが風呂場にいる―――それもバスタオル一枚の姿で。


「着替え持ってきたついでに殿下の背中、流してあげよーかと思って」

 それっぽい事を言ってるけど、どこか意地悪そうな笑顔を浮かべてる。


 着替えを用意したのは本当だろう。後片づけの最中、エイミー辺りが気づいて彼女にお願いしたと推測。

 でもお風呂への乱入は、ヘカチェリーナのアドリブに違いない。



 チャプン


 そして当たり前のように、僕の隣に入ってくる。しかもご丁寧に目の前で、今まで付けてたタオルを取り払って折りたたんだと思ったら僕の頭の上にヒョイっと乗せてきた。


 しかも……


「お、おおー? ……へー、ほー、ふーん。これはこれは……すっごい意外ー。なるほどねー、コレで毎晩お二人をひーひー言わせとるわけですなー?」

 思いっきり、遠慮なくまさぐられた。


「ええと、ヘカチェリーナ。そういう言い方は憚っていただきたいのですけれど?」

 この後、彼女は一切憚ることなく、僕の入浴のケアを強引に開始。しかも確信犯的に準備万端な状態まで持っていかれたかと思ったら、お風呂から上がら連行された。


 そんな僕の、準備が出来上がってるお風呂上り姿を見たお嫁さん達は俄然やる気になってしまった。帰ってきて早々にアイリーンとエイミー二人にベッドへと連れていかれる。


「じゃ、殿下およびお妃さま方~、ごゆっくりぃ~♪」

 そう言って、面白い遊びを終えた後みたいな満足げな笑顔と共にヘカチェリーナはあっさり部屋から退散。

 考えてみると、お風呂から閨まで翻弄されるままに誘導されてしまった。


 それを、翌朝に目を覚ましてから気づく僕――――――彼女は思っていたよりも遥かにやり手な女の子なのかもしれない……




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