第59話 獲得にチェックメイトです
ルクートヴァーリング地方の都市、エリュノンにあるザークスの屋敷前。
「―――以上の罪でもって、ザークス=ヘブ=ディンバグ男爵を捕縛する!」
兄上様が派遣してきた王直属の憲兵が罪状を読み上げ、周囲を固めていた兵士達がザークスを捕縛、連行していく。
決め手はあの5人が洗いざらい吐いた情報だった。
「領有代行者の捕縛は前代未聞らしいですが、罪が露見した以上いかに貴族でもこれを放置するべきではない……と、兄上様は今回の件を上手く利用したようです」
僕達は、ザークスがしょっ引かれていって騒がしかった
この後、このお屋敷は隅々まで調べ尽くされ、隠された書類や財産などザークスの悪事の痕跡を残らず見つけ出されることになる。
「利用したってどういうこと?」
メイド姿にも慣れてきたらしく、もう恥ずかしがりもせずに堂々と左隣に立ってるヘカチェリーナは、地方領のことなのに中央に何の関係があるのかと首をかしげる。
反対側に立ってるアイリーンとエイミーも鏡映しのように首をかしげてた。
「ザークスの逮捕には兄上様の名のもとに兵が出されてます。つまり王様直々の御意向なんです。いくら貴族でも悪いことしていたら容赦しませんよ、と他の貴族達にも示すこととなりました。この件で他の貴族達への牽制も行った、という事です」
「あー、なーるほど。やるじゃん王様」
さすがの貴族令嬢なヘカチェリーナはすぐに理解を示したけれど、アイリーンとエイミーは ほえー といった感じでまだ少しポカンとしてる。
この辺の政治的な駆け引きは、僕のお嫁さんである二人にはさほど深く理解できなくても問題ないし、その辺の詳しい解説をするよりも、速やかに取り組まなくちゃいけない事があった。
「それよりも僕にとって他に重要なことがあります。こんなにも早くザークスをしょっ引いたという事は、兄上様はおそらく、この地を僕に与える道筋を確定させたのでしょう」
本来、貴族に罪を問うというのは簡単じゃない。
どんなにハッキリした証拠があっても、貴族を敵に回す事は王様の立場からしたら、あまり良い選択じゃないからだ。
何せ大臣クラスの多くは貴族達で占められてる。もしも彼らが仕事をボイコットするような事にでもなったら、国の膨大な政治を兄上様達だけで担わなくてはいけなくなってしまうんだ。
「(最悪なのは、自分の領地に篭ってそれこそ王家に反旗を翻すことだけど、そこまでは相当なことだし)」
貴族を捕縛する、という行為はともすれば彼らの反発を買うことになる。王様である兄上様はその辺、かなり微妙な舵取りが求められてしまう。
「(今回は地方の、それも最下級の貴族だったからたいして問題はなかったけれど、それでも貴族達……特に王室に反発的な人は眉をひそめてるだろうな)」
それでも王様として、悪しきは罰するという姿勢をハッキリ示した意義は大きい。
加えて、僕にこのルクートヴァーリング地方を与えるためにもこの件を利用した。
「ザークス卿の捕縛でこの地から領有代行者がいなくなってしまいました。すぐに……それこそ明日にでも次の為政者を置かないと領内が回らなくなります。というわけで今日はお城へと帰る日ですが途中、ヘカチェリーナの御実家に寄っていきましょう」
――――――ルクートヴァーリング南部。ウァイラン領。
「ぶふっ!!? あ、明日から……でございますか!?」
「はい、ウァイラン卿。急なことで驚きかもしれませんが、おそらくはそうなるかと思います。遅くとも今週中には確実にそのような運びとなるでしょう」
盛大に紅茶を噴き出したのは、ヘカチェリーナの父親のコロック=マグ=ウァイラン卿。
「(話は前にしておいたけれど、こんなに早くその時が来るってなったら、ビックリするよね)」
それは、名代領主の話だ。
僕に変わって、このウァイラン領だけでなくルクートヴァーリング地方全体の、領主名代―――事実上の領主そのものといっても過言ではない立場になってもらう。
(※「第56話 覚悟を決めた丸に角はありません」参照)
「ま、まさかまさかでございますが、な、なるほど。そういう流れでございますれば、十分ありえる事で……」
領有代行者が逮捕された以上、ルクートヴァーリングの領主は早々に決めてしまわなくちゃいけない。
そこに僕にこの地方を領有させる、兼ねてからの案がハマるわけだ。
本来の正統な領主の令嬢だったエイミーをお嫁さんを迎えた時点で、今の僕には名分がある。
王室の領地が出来ることを反発していた貴族達は、これ以上反対すれば反対の理由として納得のいくモノを示す必要がある。
さらに僕が、この地方に代々根をおろしてきたルーツを持つウァイラン卿を名代領主に指名する話も、すでに兄上様に手紙で通してる。
つまり、他の貴族がこの地について口を挟んだり手を出したりすることは、もう不可能な状態だということ。
「妨害や邪魔は入らないと思います。僕の命を狙う者を差し向けた貴族がいる―――という話もありますから、それが釘となって今までうるさく反発していた諸侯は、下手に口を開けないでしょうからね」
5人の証言……特に女性と老人から引き出した情報で、ザークス以外に黒幕がいることや、その黒幕からの話を王都の貴族経由で聞かされたことなどが判明している。
その黒幕は子爵だということだが、名前は不明……ルクートヴァーリング地方には子爵位の貴族はいないし、近隣の領地も同様。
つまり僕の暗殺を企てた、正体不明の黒幕貴族は王都にいる、ということ。
そんな状況で僕がルクートヴァーリング地方を領有することに異を唱えれば、途端に疑いの目を向けられる。
「……と、いう事になるんです。分かりましたかアイリーン、エイミー?」
「は、はい、旦那さま。何となく……は……あは、はは」
「す、すごい世界なのですね、分かっていたつもりだったのですが」
お城への帰りの馬車の中、僕のお嫁さん達は本日何度目かの呆気にとられた表情を、揃って浮かべていた。
「さっすが
ヘカチェリーナは、正式に僕のメイドとしてお城に上がることになった。
下位貴族の子息が上位の側仕えになることは現実的だし、兄上様も認めてくれた。もちろん将来の話込みでだ。
「(この辺の打算をしたのはきっと
自分専用のメイドがいないのはやっぱり何かと不便。なのでエイミーの枠に上手く入ってくれる女の子が見つかったのは、とても幸運だった。
もしかしたらそこを隙と捉え、どこかの悪徳貴族が自分の娘を送り込んでこようとするかもしれなかったから、タイミングばっちりだし。
お嫁さん達との巡幸は、結果的に大成功をおさめた。その手応えを噛み締めつつ、数週間の予定を終えて、僕達はお城へと帰ってきた。
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