第36話 野心家小者は迷惑です




 トレン生樹木ビースティ獣形態の一件は、いろんなところに影響があった。




 先生は生徒を危険な目にあわせたってことで減給処罰を受けたらしいけど仕方ない。貴族の子供達を預かってるのに適切に対処できなかったんだから、むしろ解雇されずに済んだのは奇跡だと思う。


 魔物の生態を研究してる学者の世界じゃ、今までの常識とは違う出来事にビックリ仰天で結構な騒ぎになったとか。


 お城でも、いつかの領内での魔物の群れ発生の件と一緒に、何か異常が起こっているのではないかって危機感が強まって、兄上様達は真剣な表情で少しピリピリしてた。


 




 そんな中、僕はお出かけしていた。


 ガラガラガラ……


「……なるほど。さすが殿下です、大変すばらしいご判断だったと思います。そうですね……強いて申し上げると致しますと、その武術の先生とやらは帯剣していらしたのでしょう? なればその方を冷静にさせ、協力して事にあたるよう持って行けたなら、より確実だったのではと思われます」

 馬車で移動中、トレン生樹木ビースティ獣形態と対峙した時の話を、同席しているセレナに聞かれた僕は、彼女に詳しく語った。

 実際に魔物討伐に携わる人間に、あの時の僕の判断が正しかったのかどうか聞きたかったからだ。


 ……もちろんアイリーンにも聞いたんだけど――――


『すごいです、さすが私の旦那様です! きゃーーーー!!』

 って、武勇伝を聞かされた子供よろしく興奮しっぱなし。僕が期待した答えは何も聞けなかった。




 今回、セレナと一緒に向かうのは王都から南東の森だ。


 学校の授業で使ったあのトレン生樹木ビースティ獣形態を捕獲した場所。

 今までになかった急変。その妙を調査したいと僕が兄上様達に申し出た結果、セレナと彼女の部下の兵士さん達3個小隊と一緒に向かうことになったんだ。



 ・


 ・


 ・


「ここが件の森ですか……なんとも鬱蒼としておりますねえ」

 いかにも面倒そうに、偉そうな態度でふんぞり返ってるこの人は、僕たちの調査に同行を希望したこの近くの町の町長ヘッケイロフさん。

 一応、貴族らしいんだけどセレナ曰く、昔から色々とやらかして・・・・・いて、極刑こそ免れて入るけれどそのたび地位は落ちる一方。


 で、今は王都に近いとはいえ小さな町一つのトップにまで落ちぶれてる、と。


「(わざわざ同行した理由は、たぶん僕へのおべっかのためかな?)」

 まだのし上がる気満々。


 さっきの言葉にも、こんなところは殿下に似つかわしくないから早く出ましょうとでも言わんばかりなイントネーションだった。

 何だかお城の甘やかしメイドさん達のことを思い出して、僕は少し嫌な感じだった。


「それでは殿下、周囲の安全を確保するために小隊を展開いたします」

 セレナがそう進言して、僕も肯定の頷きを返そうとしたその時―――


「殿下の御身を御守りする兵を展開する? セレナーク准将殿は随分とおかしなことをおっしゃられる」

 口を挟んできたのは他でもない、ヘッケイロフ町長さん。


 その態度に僕は思わずうわぁ~って言いながら引きそうになった。よくある、あからさまな上っ面だけのダメ貴族の突っかかる様、そのものだったから。


 横やりいれてくることは予想してたのか、セレナは特に表情を変える事もなく、淡々とした様子でヘッケイロフさんに向き直って、反論しようとしていた。

 けど、これはマズい。


「(こういうパターンだと、ここで言い争いが発生して、あくまで王弟の僕の身の安全を主張するヘッケイロフさんが、セレナを後で然るべきところで糾弾してやるー、みたいなこと言い出すって展開に行く感じだよね? はぁ~ぁ)」

 僕は今回の魔物調査には、かなり乗り気で、ちょっと楽しみでもあったんだ。なのに、そこに水を差されるのはハッキリいって不愉快。


 しかも、ここでセレナにケチがつくような真似をされるのも僕にはマイナスになる。

 何が僕にとってプラスになるのかをまったく考えてなくて、自分の立身出世のために利用しようっていう魂胆があるから、こういう人は迷惑なんだよね。



「(ここは僕がバシッと言うべきだね――――)――――ヘッケイロフ。セレナーク准将の采配に余計な口を挟まないでいただきたい。安全を確保する法として、彼女の判断は的確です。それとも貴公は、このセレナーク准将以上に軍の指揮を執った経験がおありですか?」

 セレナの言葉を遮り、あえて呼び捨てで上から態度で強めに当たる。それだけでヘッケイロフさんはギョッとして急にあわあわと取り乱しはじめた。


「い、いえ殿下、それは……私めはただ、殿下の御安全を危惧いたした次第でございまして―――」

 僕はニッコリと微笑みを浮かべる。けれど、声はしっかりハッキリ出そうと、より強くお腹に少し力をこめた。


「ならば、黙っていなさい。この場でセレナーク准将以上に、我が身の安全を守れる人間は存在しえません。それともヘッケイロフ、貴公に命を賭して僕の盾になれるという気概と実力があると?」

 いわゆる覇気、というものだ。


 言い澱みなく意志をハッキリと乗せ、なおかつ気合いで相手をぶちのめしてやるっていう感覚で強く発声する。


 ただ声を大きく荒げて怒鳴り散らすのとは違う。語る言葉には理路整然としたものが必要……つまり、教養の深さと一切に物怖じしない胆力が同時に必要だ。



 人の上に立つ王家の人間として必修ともいえる態度の取り方。

 兄上様達にはまだまだ届かないけれど、それでも身に着けつつある今の僕なら、こんな小者に勝手を許さない程度には圧倒できる。



「殿下……」

 セレナがほぅっと僕を見てほんのり赤らんでる。周囲の兵士さん達の僕を見る視線にも敬服の念が宿ってるのが感じられた。


「う……ぐ、い、いえこのヘッケイロ―――」

「我々についてきたいのでしたらこの先黙っていてください。何かおっしゃりたいのであれば、町にお一人でお帰りになられて結構です、お咎めはいたしませんのでどうぞご自由に」

 有無を言わさない。


 こういう手合いは語らせない喋らせないことが一番。口を開けば余計しか言わないからだ。

 なので圧倒的かつ自由を与えないのが一番正しい。




 結局ヘッケイロフさんは、閉口して大人しくついてくる事を選んだ。

 王弟のお供を願い出ておきながら途中で離脱なんて出来るはずないし、かといってこれ以上機嫌を損ねたら、自分の野心を満たす機会が今後も潰れる事にもなりかねない。


 本人的には ぐぬぬ な展開なんだろうけれど、そもそも真っ当にしてればそれなりに出世も立場も得られる。

 なんでこういう人達はそれが分からないで、周囲に迷惑ばかりかけるような事をしたがるのだろう?




 調査が進んでるときも考えていたけれど結局、理解に苦しむ人種という結論にしか至ることができなかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る