第37話 醜い魔物は味方にいます
本来、魔物は国境の外側からやってくる。だから国境から一番遠いところにある王都近郊は、この国で一番安全な地域になるはずなんだ。
「(ところがどっこい、最近は違いますよ……ってことなのかな)」
僕は落ち着こうとして、現実逃避な考えをしながら呼吸を整える。
森での調査中だった僕らは不意に、魔物と遭遇してしまった。
「あわ、あわわわわっ、な、なぜこのような
顔が真っ青になってるヘッケイロフさん。3歩ほど後ろに退いてつまずき、地面に尻もちをついていた。
見栄を張っていかにも高そうな
怖い気持ち、分からないこともない。
何せ魔物が――――――身長5mくらいある魔物がいきなり目の前に現れたら、ヘッケイロフさんのようになってしまうのがむしろ普通だろう。
けれどまかりなりにもこの僕、王弟に同行を願った貴族の成人男性なんだから、それらしい気概というものを見せて欲しかった。
「はぁ、イザという時にこれじゃあね……セレナ、アレは倒せるのかな?」
思わず失望感を漏らしてしまったけど、気を取り直して僕はセレナに問う。
人の手の入っていない森の中。素人でも戦いにくい場所なのは理解できるし、展開していたセレナの兵士さん達が外周を埋めるように魔物の包囲を狭めて行ってるけれど、簡単には手を出せないでいる。
現れた魔物の強さは、1個小~中隊の戦力じゃ厳しいということ。
「やれなくはないかと思われます……ですが」
緊張感ある、けれど僕を不安にさせないよう声色を丁寧に、それでいて真面目に答えてくれるセレナ。
ところがまたしても、横やりが入った。
「ひいいいい、な、なにをボヤボヤしているセレナーク将軍っ、は、はやくあの化け物を倒さんかぁぁぁっ、それが貴様らの役目だろうがぁぁっ!???」
さすがに僕はイラっとした。
元の地位がどうだったのかは知らないけれど、
「ヘッケイロフさん。あなたにとやかく言う資格はありません、この緊急事態に場を乱すのでしたら、貴方だけここに取り残してしまってもいいと、僕は思っています」
「んなっ!? な、なんと冷酷なことを言うんだこのガキはっ!!」
はい、本性いただきました。
イザという時にこそ人の本性が露わになると言うけど、その一言は完全に不敬ですとも、ええ。
しかも僕だけじゃなく、セレナや兵士の皆さんもいる中での発言。後でどう言い訳したって、証人たっぷりだからまず誤魔化せない。
「(裏を返せば、それだけこの状況に命の危険を感じてるって事なんだろうけど)」
まだ子供の僕でさえ、平静を保って油断なく身構えているのに。
これが本当に情けない大人の姿―――皮肉なことだけど、ヘッケイロフさんはいい反面教師になった。
「……その愚か者の事は放っておきましょう殿下。それであの魔物ですが、おそらくは
被害の二文字に込められたイントネーションから、死人が出ることを意味していると、僕は感じとる。
それでもおそらくセレナと兵士さん達は戦ってくれるだろう。僕という貴人がこの場にいる以上、命を賭して守らなくちゃいけないから。
「ひ、被害がなんだっ!! 軍人だろ貴様らはっ、四の五の言ってないでさっさと戦わんかっ!!!」
兵士さん達がゴミを見るような視線をヘッケイロフさんに向ける。僕も同じ気持ちだ。
もう さん 付けもいらない。彼には呼び捨てでも過分だと思う。
「(人ってここまで醜い姿を人前でさらせるものなんだ、すごいなぁ……)」
物語の中とかなら、こういうタイプがこういう醜態を晒す展開はよくあるけれど、どんなに追い詰められたって現実の人間はこうはならないだろうと思ってた。
本当にそういうのがいるのを見ると、呆れ通して感心する。
「……セレナ、王弟である僕の名において、少し難しいことを命じます。兵士さん達の命を落とすことなく魔物に対処してください。……困難である事は百も承知です。仮に遂行しきれなかったとしても、セレナーク准将および傘下の兵士さん達を罪に問うことは一切しないとお約束します」
死傷者ゼロはたぶん厳しい。けど命じる以上、あまり弱気な事も言えない。
彼らが気兼ねなく思いっきりやれるよう、配慮するくらいしか今の僕に出来ることはない。
あとは迷惑にならないよう、注意深く速やかに安全なところまで退くことだ。
けど、セレナはそれで十分ありがたいですと言わんばかりに微笑んだ。
「殿下、お心遣い感謝いたします―――皆さん、聞いての通り殿下のご下命がくだりました。これより私達の全力でもって魔物への対処を開始。全員、心してかかるように!!」
「「了解です!!」」
正直、兵士さん達にとっての理想の上司としての在り方というのは、まだ僕には分からない。けど―――
セレナに応える気合い十分な声。
強そうな魔物に迷いなく果敢に立ち向かう姿。
激しい戦闘中も、指示を一切聞き漏らさずに素早く従う信頼と連携。
そんな彼らの勇姿こそ、今回の調査任務で僕にとって一番ためになる収穫だった。
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