第35話 頼りにならない人たちです




 ガラガラガラ……ガシャンッ!!



 それが出てきた瞬間、みんなはビクビクしながら1歩後ろに下がった。


「あ、あれが魔物……」

「こわーい、あんなの無理無理無理っ」

「ゴクンッ……人間の敵というのも、納得できますわね」




 何だかんだ言ってもこの学校にいるのは貴族の子供達ばかり。男子も女子も、みんな世の中から離されて大事に育てられてる温室育ちだ。


 学校の円形競技場に運び込まれてきたおりの中身に、みんな怖がる。きっと魔物を見るのですら初めての子は多いはずだ。


「(でも、だからって……うーん、勉強はしてるんだから、そこまで怖がるほどかなぁ??)」

 クララも怖いのか僕の片腕を掴んではいるけれど、その場で気丈に踏みとどまってる。

 周囲を見ればいつの間にか僕が一番前にいて、他の生徒はみんな後ろにいた。



「(魔物は確かに怖い存在だけど、相手はトレン生樹木ビースティ獣形態……しかも小型なんだから、そこまでビクビクしなくったっていいと思うんだけどなぁ)」

 前世の記憶に加えて、以前にもっとずっと恐ろしい獅子魔人ライガルオを間近で見てるせいか、僕は他の子とちがってまったく怖くなかった。

(※「第04話 魔物退治を見学です」参照)


 それに書物で学んだ知識の通りなら、トレン生樹木ビースティ獣形態は獣っぽい姿をかたどってはいるけれど、その正体はただの動く樹木。

 魔物の中でも弱い部類で、特別なスキルや力をもってない一般庶民の力でも撃退可能な強さしかない。


「(樹木が動けば確かに不気味だけどね。でもまぁ……)」

 僕が一歩も後ろに下がっていないからなのか、クララも懸命に怖い気持ちに耐えて僕の傍に居続けようとしてるのがカワイイ。

 気丈そうなお嬢様がプルプルと恐怖に震えて僕の腕にすがってるのが、ちょっと嬉しくてある種の快感を感じる。


「はーい、皆さん。これが魔物です、きちんと見るように! これはまだとても小さくて弱いものです。世の中には、山のように巨大な魔物なども存在し、日々私達人間の暮らしを脅かしています」

 両手を叩いていざ授業を始めるのは、鎧を着て剣を携えてる武術科目の先生の一人だ。


 貴族の子供は生涯で魔物と接することが少なく、その脅威を理解しきれないままに大人になってしまう事が多い。しかも大きくなれば国の重要な職業に就く子だっている。

 人類の天敵である魔物への理解が弱いままにお偉いさんになったりしたら、下々の人たちが大不幸に陥るし、下手すると人類が滅ぼされちゃうような事態になりかねない。



「(だから害のなさそうな魔物を捕らえて、こうして授業に使うっと)」

 僕が考えを巡らせていると、いつの間にか先生の片手に火のついた松明たいまつが握られてた。


「……と、いうわけでこの魔物の場合は炎を使うことで、対処することができます。もちろん魔物は危害を加えようとしてきます。いくら相手の苦手なものを知っていて、対処できる状況にあったとしても油断は禁物ですよ」

 どうやら魔物に遭遇した時の対処法まで話は進んでたみたいだ。


 いけないいけないと思いつつも、トレン生樹木ビースティ獣形態については魔物の本を読み込んだ時に熟知したので聞き逃しがあっても特に問題はない。


「(でも現実に魔物がいて、咄嗟に魔法が使えないこの世界……どんなに準備が整ってても油断しちゃいけないよね)」

 僕がそう思った、次の瞬間――――



『ギギギギッ!』


 シャッ! ガツッ!!!


「痛ぐ!? な、なにっ??」

 トレン生樹木ビースティ獣形態おりの隙間から急激に枝を伸ばして先生を攻撃した!



「わぁああっぁああ!!!?」

「きゃーーーーー、せ、先生っ??!」

「魔物が、魔物があばれだしたぁーっ!!」

 他の生徒達が一斉にパニックになった。魔物が檻から出たわけでもないのに、今の攻撃で恐怖の緊張が限界を突き抜けてしまったらしい。


「お、落ち着きなさい皆さん!! 問題はありませんから、大丈夫、落ち着いて!」

 松明を落とし、多少枝からさらに伸びた小枝が顔を掠めた程度のキズ。先生も軽くパニック気味になりながら、とにかく皆をなだめようとする。


 けど、一人冷静だった僕だけがトレン生樹木ビースティ獣形態の様子がおかしい事にいち早く気付いた。



「危ない、先生!!」

 叫びながら走りだした。


 僕の声にハッとした先生が檻に振り返ると、鉄で出来ているはずの檻がまさに壊れるところだった。

 トレン生樹木ビースティ獣形態が急激に膨れ上がって、いよいよおりから出てきた。


「わわわわわっ!? な、なんだぁこれはっ、こ、こんな事が起こるなんて聞いてないぞっ!???」

 予想外のことに、この場で一番状況に対応しなくちゃならない先生が完全に浮足だって慌てふためく。

 この先生は子供達の前だけ格好つけている気がすると、前々から思ってたけれどまさか本当にそうだなんて――――――僕は松明を拾いながら深くため息をついた。




「こっちだ魔物っ、ぇぇいッッ!!!」

 柄じゃないけど、この場では僕しか満足に動けなさそうなので仕方ない。松明の炎をトレン生樹木ビースティ獣形態の死角に回って、火の付きやすそうな小さな枝の葉に燃え移らせる!


 パチパチパチ……ボボッ、ボォオオオッ!!


『ギギギギ? ギギッ、ギギッ……ギィギギギギイーーーーーッ!!!?』


 いくら木が燃えやすい物質だといっても簡単に火がつくわけない。燃えやすいところを見定めて狙わないと、松明程度の炎じゃ大きくなった魔物を倒すのは難しい。


 けど、トレン生樹木ビースティ獣形態はそもそも動きがすっごく鈍い魔物だ。小さくてもいい、一度火を付けられれば自力で消すのは難しく、そのまま火はどんどん大きくなっていく。




 僕の目論見どおり、魔物に移った炎は徐々に燃え上がっていき、やがてその全身を炎に包まれ、真っ黒な炭になって崩れ落ちた。




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