第18話 それは現実になってしまうのです



 12歳。この世界では元服に似た意味合いの祭事を行う年齢らしい。



「…はあ、緊張したなぁ」

 いつもの馬車。王族御用達なので豪華な造りだけれど、今日僕が乗っているものはそれに輪をかけて豪勢に飾られてる。


 それくらい今日の儀式は人生の節目としての意味合いの強いものらしい。


「(そうはいっても、じゃあ何が変わるのか聞いてみても、何も変わらないみたいだし………)」

 これから大人扱いされるとか、これで今日からお前も一人前だーとか、別にそういうことではないとか。昔はそういう側面もあったみたいだけれど、現在は単に恒例の祭事として、ただ行って祝いの宴席を設ける口実みたいな気楽なものになってるとか。


 世の中ではささやかなお祝いで終わるみたいだけど、僕は王弟なので城下町にある一番立派な教会で大々的に行われた。おかげで凄く気疲れした。



「(今日このあとは、もうお城に帰るだけで――――)――――わっ?」


 ガコンッ


 馬車が大きく揺れて止まる。

 今日は僕一人のための祭事ということで、馬車の中に同席者はいない。

 周囲も典礼仕様の兵士さん達だけで、お嫁さんアイリーンメイドさんエイミーもお城でお祝いのパーティーを準備して待っている。



「………。何事ですか?」

 僕は身構えながら、危険がないかどうか警戒しつつ、馬車の扉のすぐ傍にいた兵士さんに話しかけた。


「あ、申し訳ありません殿下。どうやら道に大きな石があったようで、それに車輪が……」

 馬車の外へ降りて振り返るようにしながら車輪の辺りを見る。不自然な方向に曲がっていた。


「これでは進めそうにありませんね。直せそうでしょうか?」

「ハッ、すぐに取り掛かります。殿下は―――で、殿下、どちらへ?」

 僕は馬車から離れるように歩き出した。そして引き留めようとする兵士さんに、シーッとジェスチャーを返す。


「………」

「………」

 そして、こちらをジッと見ていた女の子と対面する。

 お互い無言。もう3年目になるかという秘密の付き合い。相手はサーカスに所属している女の子。


「………」

 スッと折りたたんだ紙を無言で手渡してきて、僕はそれを受け取る。


 そして誰にも見られない角度で開いて中を確認した。


「っ! ………」

 嫌でも理解する。

 彼女がいつもの明るさを潜めてどこか悲しそうだったこと。馬車がここで石に車輪を取られたのは、コレを僕に渡すために彼女がやった事。


「………」

 僕は何も言わずにその場で紙に一言書き入れて返す。それを受け取ると彼女は、こらえた涙が流れ出さないうちにそそくさと背を向け、立ち去った。


「あ、あの…殿下? 今の娘とはお知り合いで――――」

 しかし聞いてきた兵士さんは、すぐに口を閉ざす。僕がまたシーッとジェスチャーをしたからだ。

 これだけだと弱いかもしれないと思って、本当に短く一言だけ添える。


「誰にも言っちゃダメだよ、“ 処分 ” されたくないよね?」

「!! ハハッ、かしこまりました!」

 彼女のことを王家御用達の情報網か何かを担う者―――そういった存在を王家の方々が飼っているというウワサが兵士さん達の間にあることは、布団の中でアイリーンからよく聞かされていた。

 誰が言いだしたか、したたかな大臣たちに兄上様たちがまったく隙を見せないのは、そういった直属のお忍び者が暗躍しているからだと。


 なのでそれを利用して、僕とあのコのやり取りを勘違いさせる。


 これでとりあえず僕が勝手に馬車から離れ、町娘に話しかけた事が、兵士さんの目から見ても不自然さはなくなったはずだ。


「(王族が自分から庶民に近づいて話しかける―――状況によってはそれだけで大事になるって、ホントに面倒だ。………それよりも)」

 あの紙に書かれていた一文が、僕の頭から離れない。



 < 遠くへ引き取られる、もう会えなくなる… >



 すこし淡泊な、でも哀しい感情が滲んでた字体の一文。


 引き取られる・・・・・は、きっと文字通りの意味じゃない。

 たぶん “ 買われる ” が正解。


 でもそうと書いてしまったら僕が黙っていなくって、迷惑をかけることになるかもしれないと精一杯気を使っての言葉選択だと思う。


「(やっぱりこうなるんだ………でも、どんな言い回しをしたって僕がこのまま素直に、君が買われていくのを黙ってみてるなんて事、しないよクロエ)」



 クロエ―――前世の記憶と日本語のせいで名前の語感から黒のイメージをしがちだけど、当の本人は明るい橙色や黄色が似合いそうな、明るくチャームな性格のイタズラ少女だ。花にたとえるならバンジーやタンポポ、イタズラが成功して楽しそうな時の満面の笑顔はヒマワリが似合いそう。


 サーカスの一員でとても身が軽く、身体能力に長けてる同い年の女の子。元々両親を魔物の災害で失って天涯孤独だったというけれど、いよいよ僕の手の届かないどこかへと離れて行ってしまう。

 それも誰かに買われて・・・・



 今までだって夜はすごく悶々としてたんだ。こうしている間にもクロエはどこの誰とも分からない男性客を取らされてるのかって。

 最近は、その嫌な気分を、昂ぶりとしてベッドでアイリーンにぶつけたりした事もあった。


 僕の中で無視できないくらいに存在感が強くなっている彼女。


 平静を装いながら僕は、この時のために考えてた奥の手の計画を、ためらうことなく実行する事に決める。

 だからショックを受けていても彼女に一言、紙に書いて伝えることができた。



< 今日このあと、いつもの場所で >



 それを見て、クロエはきっとこれが僕と密会する最後の機会になると思ったに違いない。


 でもそれは間違いだ。

 最後じゃない―――これは始まりなんだ、と僕は彼女にこの後伝えるつもりでいた。




「(誰にも渡すもんか、クロエを奴隷になんか絶対にさせない!)」




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