第17話 母性将軍と従者のお姉さんです
「………以上が、ここ半年の活動報告のあらましとなります。陛下と国家の安寧なる時間を御守りし
あちこちからクスクスと嘲笑の笑い声が漏れている。
それは彼女に対する侮蔑の意味だ。僕は不快に思いながらも無視する。
「務めのほど、ご苦労さまでしたヒルデルト准将。今後も我が国を深く支えてください。期待していますね」
玉座の兄上様は穏やかな笑みでもってねぎらう。
階下で片膝をついて頭を垂れていたヒルデルト准将ことセレナは、いっそう深く頭を下げた。
「ハッ! 陛下のお言葉ありがたく頂戴し、我が身一層の精進への糧といたします」
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「ふー……、やはり儀礼的な会話まわしは取りやめるべきでしょう。あまりにも効率が悪すぎます」
「分かっている。だが
セレナの登城と謁見は、要するに王都郊外の防衛拠点である砦の責任者としての定時報告で、特に問題はありませんでした、と言うだけのもの。
それを、迂遠で社交辞令的な文句をまじえて長々と述べるのは、そういう伝統だということで、別にセレナが望んでそんな言い回しをしていたわけじゃない。
他の人たちが兄上に報告する時も同じようにしている。
「(うん、確かに時間の無駄だよね。兄上様達のいら立ちも当然だよ)」
すべての謁見の儀が終わったあと、僕は王様の執務室で兄上様たちのお手伝いをしていた。ぶっちゃけ書類や資料の整理整頓――――雑用係だけど、こういうちょっとした事の積み重ねが大事なんだ。
「(媚びを売るじゃないけど何かお願いするとき、やっぱり違ってくるもんね)」
それにセレナと久しぶりに会いたいとも思って、謁見中もその場にいさせてもらった。
彼女の報告中の、居並んだ大臣たちの嘲笑めいた漏れ笑い。それだけでセレナがどれだけ苦労しているかが分かる。
「(御父様や兄上様はキチンと評価しているけれど、女将軍だからって嫌味妬みがひどい………この国の大臣ってあんなに気分の悪い人が多かったんだ)」
幼いころは城の奥で育ってきたから、大臣たちを目にする機会もあまりなかったけど、こうして政治の現場にくると嫌でも彼らの態度が目に付く。
なるほど、とても優秀な兄上様達が普段から苦労しているわけだと僕がひとり納得していると、その兄上様から声がかかった。
「うん、助かったよ。お手伝いありがとう、ここはもう良いから遊んでおいで」
「はい、分かりました
「………う、うん。ま、またねー……」
パタン。
「落ち込むな兄者。キチンと公私を分けるのは当然の事と自覚しているのだ、褒めるべきところだろう」
「うう、でも~……なんだかよそよそしい感じがして、寂しいじゃないか」
「弟も成長しているということだ。呼び方が変わろうとも我らが兄弟であることに変わりない……ほら、仕事は山のようにあるのだ。いつまでもしょんぼりしない!」
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――――――王城、廊下。
「………悔しいですね、ヒルデルト准将」
「そう言うな。無能な者どもの嘲笑など捨て置けばよい」
「ですが! ヒルデルト准将はこれほど頑張っておられるのに、いまだ王都近郊の守りに押し込められ、まるで腐らせようかという扱いですっ! 准将の実力でしたら前線で指揮する事も十分にっ。奴らはこれ以上閣下に手柄を上げさせたくなくてこんなっ……」
「そこまでだ。どこで誰が聞き耳立てているとも知れぬ場で声荒げて言う事ではない。王の代替わりよりまだ日が浅い今、国外よりもむしろ内の守りこそ重要だ。陛下に対し、よからぬことを企む愚か者が出てこんとも限らん。それに………ぁまり遠くにぃくのは殿下とはなれ……ごにょごにょ……」
「それに……なんでしょうか?」
「いや、なんでもな―――――」
「セーレナッ!」
僕は曲がり角で待ち伏せして、中庭の見える廊下を歩いてきた彼女の死角から思いっきり抱き着いた。
「!!! で、でんかぁ~♪♪ あぁ、お懐かしゅうございますぅ~♪」
「じゅ、准将閣下??!」
キリッとしていたセレナ。僕を認識した瞬間にデレデレに蕩けたその変貌ぶりに、御付きの女性士官が驚愕している。
けど彼女はまったく構うことなく、僕をその大きな胸まで使って強く深くハグしてくれた。
「うん、久しぶりだね。んーと、……もう8カ月ぶりくらいかなぁ?」
「はいっ、セレナはもう寂しくて寂しくて……はぁ~殿下ぁ~、やはり殿下の抱き心地はたまりません……はふぅ~」
「………ぇ、ぇえ? ええと、ご、ご機嫌麗しゅうございます、殿下??」
士官の女性は、とりあえず挨拶はしないとといった風で何とか口を開く。けれど何が何やら唖然とする驚きと、困惑の気持ちを引きずっているのがその声色にあらわれていた。
「よいしょっと。…うん、ご苦労さま。キミはセレナ…ヒルデルト准将付きの従士さんかな?」
「は、はい! オーツ=コルカット三尉でございますです殿下!!」
セレナのオッパイから分離するように離れて向き直った僕に、オーツ三尉は一気に緊張の面持ちで自分の胸に右手のひらをつけ、左手で軍人お決まりの挨拶の形を取った。
これがこの国の正式な軍式挨拶の形らしい。動きとヘンな言葉遣いから困惑と緊張が入り混じっているのが明らかすぎて、僕はついクスッと笑ってしまった。
「僕はxxxx第二王弟です。よろしくね、オーツさん」
「! な、名前でお呼びになるなどおそれ多い…きょ、恐縮ですっ」
僕とオーツ三尉がそんなやり取りをしている間も、横でセレナが指をくわえて子供をとられた母親みたいな、可愛らしい拗ね方をしているのも、ちゃんとわかってる。
普通、部下の前では情けない姿は見せられないと気を張るものだけど、隠そうとしないのはそんな事よりも僕への感情の方が勝っているからだ。
たった一晩で少し不安だったけれど、セレナは確実に篭絡出来ていると確信した。
「(さて、セレナのことはどうするのが正解かな?)」
エイミーも将来の側室入りはほぼ間違いないところまでこぎつけつつある。ならセレナもここらでキめておきたいところだけど、彼女とは過ごした時間がまだまだ短すぎる。
それに今セレナがお嫁にいくとなるとよろこぶ将官候補は多いだろうけど、空いた席に座る人間次第では、兄上様たちの負担が増してしまう。
将官位を維持したまま僕の妻にする―――その理想はかなり難しいミッション。だけど、僕はオーツ三尉の存在に何かヒントがあるような気がしていた。
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