第19話 母は偉大なのです




 綺羅きらに。隷藍れいらんに。




 同じ12歳を迎えた人間でもまとわせられるよそおいは全然違う。

 それが、この世界の現実。



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「まぁまぁまぁ~……とても大変だったのですね~」

 間延びする声の穏やかそうなこの女性が、今世での実のお母様だ。

 僕に手を引かれてるクロエは、まだどこか夢見心地な表情でこの部屋の様子や目の前の貴婦人を観察していた。




 ……あれから僕は、すぐに動いた。


 そういう・・・・やり取りがされそうな場所は、創作の物語や実際の歴史など、前世で培った知識と記憶のおかげで検討もつけやすかった。だからお城から出られなくっても調べるべき場所のアタリはすぐつけられた。


 けれど、僕には何もない。

 手足になって動いてくれる手下なんていないし、何かをする権力や私的な財産なんかも持ってない。


 無力――――王子に生まれたところで、僕自身に何かできる力はない。


 けど、そんな僕にも使える奥の手はあった。

 生れが良かったからこそ周囲の、王族という家族・・に助力してもらう事。



「お話はすべて・・・お聞しております~。もう大丈夫ですよ~、えーと…クロエさん?」

 母上様は前王である父上の正妃で、今はいわゆる皇太后と呼ばれる地位にある。

 兄上様の王位継承後は、父上同様にのんびりと隠居生活をしているけれど、だからといって権力がないわけじゃない。



「んー…ティティスさん、先にクロエさんのお着替えをして差し上げて~」

「はい、皇太后様」

 クロエを助け出した時、ほんとうに間一髪だった。まさに取引きと引き渡しが行われようとしてる真っ最中だったんだ。


 奴隷服とでもいえばいいのか、ひどい藍縷らんる――ボロきれ――1枚で下着もなし。ポニーテールの髪型を支えていた止め具やリボンも失われ、最低限だけ洗われておろされた髪。

 そして首には鎖付きの重厚な金属輪と、まさに奴隷のイメージそのものな恰好で、まかりなりにもサーカス団で煌びやかなステージを張った少女の面影のない姿だった。


 この、母上様の別荘・・にも、助け出してからそのまま連れてきての今だから、完全に場違いな姿で浮いていた。







「母上様。僕のワガママを聞いてくださり、ありがとうございます」

 クロエがティティスと呼ばれた母上様のメイドさんに連れられて退室したのを確認すると、僕は深々と頭を下げた。


 いくら実の家族の頼みでも身分ある立場。軽率にを行使していいはずがない。

 子供の完全な私欲に付き合うのはとても危険なこと。僕だって分かってる。


 けれど母上様は―――


「あらあらあらぁ~、いいのよ~。カワイイカワイイ・・・ちゃんの頼みですものぉ~。むしろママは、もっとも~っと頼って欲しいくらいよ~?」

 本当に僕のためなら権力の濫用も平然としそうだから困る。


 とても美人で、おっとりしてて、子供が大好き。…本人もちょっと子供っぽい雰囲気があるような気もする。


 特に兄上様達から大きく歳離れた僕は、生れてからかなり長い間、母上の手元で可愛がられた。

 あまりに子離れしなさすぎて、父上様や周囲の御付きの人たちからさえも子離れするよう口うるさく咎められなければ、片時も離れようとしなかったらしい。


「(その時はまだ自我がハッキリする前だから、僕はよく覚えてないけど……)」


 12になった今でも母上様は僕に愛情を注いでくれてる。

 正直、それを逆手にとってお願い事をするのは心が痛んだけれど、今の僕がすぐに何か大きなことをするためには、第三王子という生れと母の愛情に頼るしかないんだ。


「(でも、これからは簡単に頼れない。ずっと甘えてしまったら僕自身にが付かない……)」

 基本はのほほんとしている穏やかな母上様だけど、これでも王様に嫁入りした貴族令嬢たる女性。


 権力というものの本質や機微、危うさはもちろん知っているし、皇太后という今の身分や立場、そこから出来ること、していいこと、いけないことの分別はしっかりとついている。

 僕なら何だって手助けしたいと本心では思ってくれていても、実際に出来ることには限界もあるだろう。そこのところをきちんと考えて、迷惑をかけないようにしなくちゃ。




「それでそれで、あのコはファンシア家に入れるのでしょう~? お嫁さんにお迎えするのはいつかしらぁ~?」

 ファンシア家は母上様の実家の親類の一つ。今は子のない老夫婦のみの貴族家だけど、格の方は王家に娘を差し出すには十分な家柄だ。



 今回の計画――――


 クロエは以前からファンシア家の養子になる話が決まっていた・・・・・・、という事にしているのがポイントだ。

 なので夜の “ 売り ” をさせていた罪と、売り飛ばそうとした罪でサーカス団長はお縄。彼女を買い取ろうとした貴族も潰された。


 そしてクロエはこれから、子のいなかった老夫婦の養子になってシャーロットの名を与えられ、シャーロット=クロエ=ファンシアを名乗る。

 母上様が後見人に名を連ね、親戚筋からの嫁取りという手はずで後々、僕のお嫁さんの一人としてお城に入るところまで、僕がクロエをここに連れてきた時点で手はずが整えられはじめてる。


「(後だしジャンケンみたいな話だけど、悪いことしようとしてたんだから彼らには天罰だよね)」

 ちなみにサーカス団は、前々から団長の裏の顔を知っていて、そのやり方に眉をひそめていた、今回のクロエ救出に協力してくれた団員の一人が新たな団長となって引き継ぐ。



「クロエ……ううん、シャーロットには僕のお嫁さんになってもらう前に、して欲しいことがあります。母上様、とてもご迷惑かもしれませんけれど、お助けいただけないでしょうか? このお話は、兄上様も了承済みですが、母上様のお力添えもぜひ必要です」

 前言撤回。あまり助けてもらうのはよくないとか思ってたのに、もう助けてもらわないといけないのが情けない。


 本当はクロエを僕のお嫁さんにするところまでは僕自身の力で、この頼み事こそ、母上様の助力にあずかりたい本命だった。

 クロエが売り飛ばされる事になるのが本当になって、しかもこんなに早かったのが僕の想定外で悔しい。



 けれど母上様は目をキラキラさせていた。本当に僕に頼られるのが嬉しいみたい。それに加えて……


「まあまあまあまあ、楽しそうなお話ねぇ、もちろんママがしっかりと進めてあげます、安心して任せてちょうだい♪」

 とっても楽しそうだった。まるで好奇心旺盛な子猫のよう。


 化粧なんてロクにしていない母上様。なのにシミもシワも全然ないし、子供のように喜びハシャぐ笑顔は10代と言われてもみんな信じると思う。


「(兄上様をどんなに若く……仮に10代前半で産んでたとしても30は余裕で越えてるはずなのに)」

 実は、母上様の年齢を僕は知らない。どうやら女性に年齢を聞くのは失礼という雰囲気は前世と同じらしくて、父上様ですら言葉を濁した。



 ……うん、自分のお母さんが若くて綺麗で美人なのはいい事だよね。



 僕はそう思うことにする。いかに可愛がってくれているといっても、そこに踏み込んだらいけないような―――触らぬ神に祟りなしとはこのことだろうと思いながら、ニコニコしている上機嫌な母上様と、今後のためにも僕はしばらくお話した。




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