第12話 お嫁さんとデートです



 11歳。僕は精神的にはかなり成長したと自負している。けれども――――



「アイリーン、あのお店に行きましょう。ほら早く早くっ」

「はぁ~…かわゆい……ハッ!? ま、待ってください旦那さまぁ~っ」

 あえて幼さを残してるように振る舞おうと心掛けている。

 周囲に庇護する必要性を感じさせるため。もちろんいい意味で。


「(幸い、成長に伴って容姿が憎たらしい感じにはならないし、背もあんまり伸びる感じがないから、愛らしさアピールはまだまだ通用しそうなのが嬉しいような悲しいような…)」

 そうは言っても狡猾かなぁ、打算かなぁと自己嫌悪に陥る事が多くなるほどには、考え方が大人びてきているように思うので、注意は必要だ。



 今日はお嫁さんアイリーンと城下町でデートだ。


 夜の営みをしない鬱憤が溜まっているみたいで、指導を受けている兵士さん達がエスカレートし過ぎたスパルタ訓練を施されているのを先日目の当たりにした時、さすがに可哀想になったので僕も考え、欲求不満を晴らす方策としてお出かけする事にした。


「これなんかどうですか? アイリーンに似合うでしょうから、買って差し上げますよ」

「ええええ?! そんな、旦那さまに買い与えられるなどおそれ多いですよっ」

「いいですから遠慮しないで。アイリーンは僕のお嫁さんなんです。夫としてプレゼントの一つくらいはさせてください」

 ニコッとスマイル。

 その瞬間、アイリーンの顔がボンッと音を立てて真っ赤になった。途端に言葉に詰まり、ごにょごにょ言いながらモジモジしだす。

 結局、僕のプレゼントを断わりきれず、彼女は申し訳ない半分、嬉しい半分といった様子で、買ってあげたものをしばらく眺めていた。



 …僕だって王家に生まれた王子プリンスだ。日々の教養はキチンと収めている。見た目はまだまだショタっ子でも、10を過ぎた頃から段々と自然に素敵な王子様ぜんとした所作や言葉遣いを覚え、最近は意識しなくても自然に振る舞えるようになってきた。


 同性との交流であっても、粗暴な言動の者より教養ある落ち着いた振舞いをする人間の方が接しやすいし、信用される。今後の事も考えると、男女問わずに誰が相手でも上手に交流・交渉できる事はとても重要だ。


「(効果は抜群だ! なーんてね。…教育係じいの教えを真面目に学んでおいてよかった)」








 今回のデートでは一つ想定外があった。それはアイリーンとならお供を付けずに行動できるのが判明した事。

 アイリーンは元より著名な戦士だっただけあって、彼女の戦闘能力は僕が思っている以上に信頼できるものらしい。


 二人でお出かけする事を許してもらおうと、兄上様や関係各所に訊ねて回った時、最初こそ護衛の兵士をつける、あるいは危ないのでお出かけ自体ダメといった雰囲気だったのが、アイリーンと一緒と言っただけで誰もが “それならば大丈夫ですね ” と意見を変えたのだ。


 それはつまり、アイリーン一人が、兵士や側用人を何十人と率いるよりも護衛力が高いと皆に認識されている裏返し。



「(アイリーンをお嫁さんにした事は大正解だった。これは思わぬ収穫だね)」

 今まではなかなかお城の外に出る事が出来なかったけれど、これなら少しはお出かけしやすくなる。

 もっともアイリーンは “ 練兵師 ” の仕事があるので、うまく都合と、あとお出かけの理由もキチンとしていないといけないから、頻繁には難しいだろう。けれど、私的なお出かけが僕自身の意志で少しでも出来るようになるのは、とても大きい。


「旦那さま、それそろお疲れじゃないですか? ほら、あそこで軽くお食事にしましょうよ」

「そうですね、時間もほどよいですし…お茶に致しましょうか」

 昼下がりの街道を、お嫁さんはそれはもう楽しそうに僕の手を引いて走る。揺れる後ろ髪テールが印象的で、なんだか年齢より幼くなったように――――戦士も王族の妃だという事も忘れ、一人の少女に戻ったみたいに可愛い。



 ………考えてみると、彼女は僕のお嫁さんになるまで、こうして自由に生活していたんだ。危険を伴う職業に就いていたとはいえ、広い世界で存分に生きていた女性。

 けれど僕がお嫁さんにした事で、豪華ではあるけれどお城という狭い空間に住み、立場もあって城外へと自由に行き来する事は凄く減ってしまった。


「(……僕が、アイリーンの自由を奪っている……)」

 結婚とはそういうもの。

 一人であれば誰に気兼ねすることなく自分の価値観に沿って好きに生き、自由に行動できる。


 けれど夫婦、あるいはそうでなくとも他の誰かと行動や生活を共にするという事は、生活を相手に合わせる、あるいは自分に合わせさせることになる。


「……。アイリーン、お食事が済みましたら僕、ぜひ行きたいところがあるんです、よろしいですか?」

「はいっ! もちろん旦那さまにお付き合い致します!」


 ・


 ・


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 その場所に着くころには日が少し傾きはじめて、空の色に茜が混ざりはじめた。


「え、ええと…だ、旦那さま。ここって、橋の…下、ですよね??」

 お店か何かを期待していたのだろう。僕のお嫁さんは戸惑いを隠さない。


 そう、ここは何てことのない石橋の下。


 それも、アイリーンが少しジャンプしようものなら頭をぶつけるほどの狭い空間しかなく、僕のすぐ後ろはもう川の水の流れている。とてもこじんまりとした石橋だ。

 周囲は雑草に覆われた堤防と川以外見えず、とてものどかな風景が広がってる。


 アイリーンが橋脚の石壁に背中を預ける形で、僕らは見合っていた。


「アイリーン、少しだけ屈んでもらえますか?」

「こ、こう…ですか??」

 少しは伸びた背。それでもアイリーンとの差は歴然。

 彼女が屈んでちょうど僕と顔を見合わせる高さなのは、男としてちょっとだけ哀しいものを感じてしまう。



「そろそろかな……アイリーン、ほら見てください、日が夕日にかわりますよ」

「わ、本当だ! すごく綺麗ですね――――ニュむっン?!」

 唇を奪う。

 夫婦なのでキスくらい普段から散々している。けれどこの時したのは、いつもは他の女の子にほどこしているような、愛欲的に堕としにかかる激しいもの。



 アイリーンももうすぐ19歳になる。二十歳を迎えるまでには赤ちゃんを産んでもらいたいとは思っていた。けど、年齢差や僕の都合・状況から考えるとそれは難しい。


 なので僕はサーカスのあの娘に聞いた。静かでロマンティックな人気のない、そんな穴場スポットを。

 そして全身全霊で愛する。赤ちゃんはまだ無理でも深く愛を示す。シチュエーションを整え、行動と行為でもって。



 舌を絡ませながらこっそり目を開けるとそこには、今にも失神しそうなほど、目をグルグルまわしながら、それでも懸命に僕の愛に応じようと不器用にも頑張っている、とっても可愛らしいお嫁さんの顔。


 西日の光に照らされて明々あかあかと輝いているソレは、いつまでも眺めていたくなるような、もっと激しいイタズラをしてあげたくなるような気持ちにさせるほど、魅力的だった。




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