第11話 庶民の現実は残酷です



 ある日の誰もいないお城の裏庭の片隅―――――



「それでね、今は~…はいコレッ。綿菓子がブームなんだよっ」

 少女は自分の胸元からズボっと棒のついた何かを取りだした。それは透明な袋に包まれたフワフワの塊―――綿菓子だ。


「? いつかの、お城にサーカス一団がきた時の出店のモノとは少し違うようですが?」

 僕が問うと、茶髪のサイドテールが得意げにフフンッと鼻息をつく。子供っぽい、けど、とてもカワイイ。


 同い歳の女の子というフィルター越しのせいか、いつの間にか僕の中では彼女が一番ドキドキする異性になっていた。




「コレはねっ、綿菓子は綿菓子でも新商品ッ。砂糖液じゃなくって、果汁を煮詰めた液で作られてるんだって!」

「(果実を煮詰めた液…、あ、果糖かな?)」

 前世の記憶から、綿菓子は砂糖を溶かしたもので作られているのは何となくわかる。なら同じ糖分という事で、果汁が混じった果糖液を材料に作っているのだということだと、僕は思った。


「ほんのり赤くて…イチゴか何かでしょうか、香りがしますね」

「ウン、そーだよ、イチゴ味! ねね、食べてみてっ」

「じゃあいただきます。……ん、甘いですね、それにイチゴの風味が――――」

 こぶし大の、綿菓子にしては小ぶりなソレを一口かぶりついて素直に感想を述べる僕に、彼女は頬を膨らませて笑いを堪えている。


 この瞬間、僕はしてやられたとおもった。



「うぷぷ…あはっ、あはははっ!! 引っかかった引っかかった、大成功☆」

 笑い出す彼女をひとまず置いておいて、僕は綿菓子のかぶりついたところを確認する。全体は白に淡い赤だったけれど、かぶりついた辺りは赤い色が濃くなっていた。


 どうやら表面の下に特別濃い部分が隠されていたようで、たぶん僕の口の周りは今、真っ赤っかなんだと思う。


 本当ならここで怒るべきなんだろうけど、僕は怒らない。それどころか愉しい。彼女とは時々しか会わないとはいっても、結構な回数交流してて、その悪戯っ子な性格はよく知るところ。

 むしろ何かするのを待ってたくらいだ。そうすれば気兼ねなく “ 仕返し ” 出来るから。


 ムチュッ……


「ふぶっ?! ……んっ、んんぅ…」

 奇襲で唇を奪われても、すぐに甘えた声をあげる。彼女に口周りの汚れたところを押し付けるような、深く密接な交わり。


 慣れたもので、僕が舌を絡めると彼女の舌は上手に結びついてきて愛し合う。




「(ううん、これは……やっぱり彼女はたぶん……)」

 普段から経験している・・・・・・んだ、それも結構な回数。



 サーカスに限らず一般庶民の暮らしは厳しい。子供を売りに出すという貧しい家も少なくないらしい。

 たとえ売られなくとも、前世なら倫理的にはばかられるようないけない商売に身を置く、あるいは置かされて日銭を稼ぐ子も少なくない。


 彼女と会うたびにする、外の話の節々からそうした生々しい世情が簡単に推測できてしまう。

 そして彼女も、おそらくはサーカスの異性仲間相手、あるいはお客さん相手に……



「(なるべく早く、完全に僕のものにしてしまわないと…)」

 サーカス団のおサイフ事情によっては彼女もどこかに売られてしまうかもしれない。

 前世の社会では考えられない、おぞましさすら感じるそんな事がこの世界ではまかり通ってる。


 ―――――全ては生きるため。


 個人の権利だ尊厳だ、倫理だのと言っていたら明日には餓えて死ぬ。それが現実として起こりうる社会。前世の世界だって歴史を紐解けば中世代には世界中にそういう国があったことを知っていれば、ゾッとする現実が僕の妄想で終わらないことくらい理解できる。




 僕は、少しだけ焦りを感じていた。



 持っていたひとかじりしただけの綿菓子を、思いっきり彼女の胸元に、胸の中に突っ込む。


「んひゃんっ!? そ、そんなトコに入れたら、べ、べたべたになっちゃうよぉ」

「…大丈夫、あとで綺麗にしゃぶりつくしてあげますから」

 そう言って、構わず僕はなおキスを続けた。


 おそらくはDはある。この歳で考えたら大きい方だし、将来性も十分…今は小娘でも成長して、今よりもっと凹凸著しくなってくれば、ますます僕の手の届かないところに売り飛ばされてしまう可能性が高くなるだろう。



 聞く限りサーカスは今のところ好調の様子。金に困って団員の女の子を―――という話にまではならないとは思う。

 けれど好調ならそれはそれで、客でやってきたどこかの貴族が買い上げようとするかもしれない。


 前世で嗜んだことのある、たわいもない妄想による創作話の数々。けれどその中に、今のこの世の中と彼女の立場に類似し、当てはめるに違和感ない話がいくつも思い至る。


 それが現実になってしまわないよう、僕は彼女を愛することは一切ためらわない。


 肌を這いずるようにしゃぶりねぶって、口の中にためた綿菓子の成れの果てを、再び深いキスを交わして一緒に甘く味わいあった。



 太陽が傾いてきてお別れする時間がきた時、彼女はすっかりあられもない姿になっていた。荒い息をつきながら、恍惚としてその身に受けたあふれ出すほどの僕の愛、その余韻に浸って動けない。



 彼女が実際にお城の敷地を後にしたのは夜の暗がりが辺りを包んだ頃だった。




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