第09話 僕の愛猫です
2泊3日の視察を終えて、お城に帰る日の朝。
「うう…殿下、御なごり惜しゅうございます…」
首都防衛基地の門の外。
お見送りで居並ぶ兵士さんが見てるのに、セレナーク=フィン=ヒルデルト准将ことセレナは、僕に対してデレデレな態度を隠そうともしない。大好きな甥っ子が帰るのを惜しむ親戚のお姉ちゃんって感じだ。
「(うん。2晩しかないからちょっと頑張ってみたけど大成功だね)」
僕はお風呂だけでなく寝る時も彼女を伴わせた。もちろんセレナの埋もれている母性本能を残らずほじくり、ショタ王子な僕への “ スキ! ” をしつこく引き出し尽くすためだ。
そして…
「王弟殿下に……敬礼!!」
「「「殿下! どうぞまたいらしてください! 我々はいつでも殿下を歓迎いたします!」」」
基地に常駐する兵士の皆さんの心も、それなりにつかめた。
昼間、彼らのところに熱心に通って悩みや話を聞いてあげたのだ。そして兵士さん達のために僕も頑張ると、彼らに寄り添った立場を取り続けた。
その結果は、僕を乗せた馬車が遠くなってもまだ基地の外でお見送りしてくれてるセレナ以下兵士さん達の様子が物語ってる。
「……とりあえず視察は成功かな。兄上様にいい報告ができそうです」
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お城に戻ると、アイリーンがものすごい勢いで跳んできた。
「おーーーかーえーりぃいいいなさいませぇぇぇぇっ、旦那さまーーーーーっ!!」
姿が見えたかと思ったら、礼節も何もかも忘れて叫びながら目の前まで移動。でも直前で一気に減速、全身から力を抜きながら抱き着いてくる。
「はい、ただいま戻りました」
脱兎の如く、なんてよく言ったもので、僕のお嫁さんは動物に例えたらウサギさんだと思った。
「(目赤いし、肌白いし、何かにつけてそれとなく夜の希望を仕草に含めてアピールしてくるし。あ、でもウサギが万年発情してるっていうのは間違いなんだったっけ、確か…1年中いつでも発情できるっていうのが正しい?)」
この辺りの知識は前世からの引継ぎ。かといって僕は獣医とか動物の専門家的な人間じゃなかったので、どこかで聞きかじったような曖昧なものだ。
それでもこの中世ファンタジーな現世では、あやふやどころかものすごい先進的な考え方になっちゃうから困る。文化面も中世社会そのものなので、下手に前世の知識を披露したり誰かに語ったりなんて怖くて出来ない。
「(余計なこと言って、天才扱いとかされたら困るしね。ううん、それならまだいいけど…)」
理解の範囲を超えている知識や力は、怖れの対象になる。“ 畏れ ” なら敬いに通じる事もあるけれど、" 怖れ "は恐怖と迫害に通じるもの。
そしてその二つは紙一重の裏表で、どちらにもなり得てしまうんだ。
「(例えば、僕のお嫁さんのアイリーン。英雄扱いされているけれど、その名誉が得られるまでの間に、彼女が邪魔だと思う権力者とかがいたら、人々に悪評と恐怖を撒き散らかされて英雄どころか悪魔扱いにも等しい存在にされていたかもしれない)」
そこにはアイリーン自身の意志は関係ない。周囲がそう思えばそういう存在にされてしまうから。酷い話だけどそれが現実。
前世でも、そして今世でも。
その一例が、いつも僕のお世話をしてくれている猫獣人のメイドさんの境遇だ。
――――彼女は、それなりにいいところの御嬢様だった。
『やっぱりな! そうじゃないかと俺は前々から思ってたんだ!』
『獣人のクセにいい暮らししてやがる! おい、金目のモン全部持ち出しちまえ!』
この世界ではべつに獣人が格下に見られたり、差別されたりしているわけじゃない。
けれど通常の獣人は、その身体能力を活かした仕事に就くのが常となっていた中で、彼女――――――――猫獣人エイミーの父親は、政界にその身を置いた。
非常に優れた父親はみるみる頭角をあらわし、あっという間に爵位を得、僕のお父さんである前王からも信頼される臣下になって、広大な領地をいただくまでになった。
…けれど、それを快く思わない人達にハメられて、エイミーの家は没落する。
これまで為政者としても尽くしてきた領地の民にも簡単に手のひらを返され、暴徒が両親の命を、住んでいた家を、財産を……何もかもを蹂躙。
ボロボロにされながら生き残ったエイミーは独りぼっちになった。
――――権力を行使した強引な悪評流布。裏で人々の不安と欲望をつついて扇動し、加速させた暴動機運。
後に、兄上様が次期王に即位する前に国の執政業務に携わっていた頃、事件の真相と黒幕、その全てが捜査しなおされて全てが明るみに引きずり出される。
悪に仕立て上げられた善良優秀なる臣下を喪失に、温厚な国王が人生でも初めてではないかと周囲の者が慄くほどの激怒を見せた。
元領民達の多くが、言われなき流言に惑わされたとはいえ反逆行為で罪に問われて処分され、不当に奪った財貨はその数倍を没収され、彼らは貧困に落ちる。
さらには良政に務めた領主を殺して財産を奪った愚か者達として嘲笑を受け、処罰対象にならなかった者まで、かの地の出身者と判明するだけで賊徒とバカにされる、出自差別を生んだ。
黒幕たる者達は悪質非道に過ぎるとして有無を言わさぬ死罪。その一族郎党も軒並み厳罰、極刑を受ける事になった。
でも時間が経ち過ぎていた。あまりにも遅すぎたんだ。
家族を殺し、全てを奪った元領民と黒幕が厳しい罰を受けた頃、エイミーは路傍に捨てられた子猫のように、路地裏でボロボロの身なりのまま座り込んでいた。
元凶が処罰されようが奪われたものはかえってはこない。領民や黒幕への憎悪は永久に消えない。
そんな報われない捨て猫エイミー……没落後、行方知れずになっていた彼女を、城下町にお出かけした時、たまたま路地裏にいるのを見つけたのが他でもない、4歳の時の僕だった。
『じゃ、ぼくのところへおいでよエイミー』
元信頼厚き臣下の忘れ形見。前王のお父上様がメイドとしてお城に…僕に仕える事を許さない理由は何もない。
悪意に全てを踏みにじられた子猫――――彼女こそ、僕がこの世界に生まれ変わってから最初に手に入れた女の子だった。
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