第60話 墓標

「私と全く同じなら、どうして魔力の多い私よりも……」


「もっと簡単な話だよ、君よりも厳しいか、より多くの《制約》を自分に課しているからさ」


「……では、その《制約》を破らせればアリアの能力を封じる事ができるのですね」


「まあ、その《制約》がわかったら苦労しないんだけどね」


「知らないのですか」


「一つは知っているよ、《全て真実を話す》って言う《制約》だ、あの子は嘘をつけない」


「では、彼女の言葉は全て真実……」


 だとすると、起こったことはすべて正しいかったと証明される事に……


「──待つのだ、同盟者よ。あやつは常に真実を語っていたか?……余にはそうは思えぬ。この植物の言葉を丸々信じるのは、やめた方が良い」


 アトラが前に出る。


「おやおや、水を差すのは良くないぜぇ、今は僕がお話してるんだからさぁ」


 やれやれと手を広げるアルラウネ。


「……お前は悪戯に他者を誘導しようとしているな?そう言う目をしている」


「……チッ、同じような"役回り"の相手にはすぐにバレてしまうなぁ、仕方ない、君の怖い怖い味方に免じて、修正してあげよう《聞かれたことに対して、真実しか話せない》だ。あー、ドヤ顔でアリアに言って、罠に嵌められる姿が見たかったのになぁ」


「それならば、じぶんからいう、ことばにかぎっては、うそをいえることになるな」


……アリアの言葉の中に嘘がある……?


 今のところ辻褄は合ってる気がするけど……何が嘘なんだろう……


「まだ何か知っていることはありますか?」


「ああ、僕はアリアとしばらく一緒に居たんだからね、あの子が知っている事は、僕も知っている。例えば──今、起こっている疫病の正体とかもね」


「……それは」


「まあ、こんなところでなんだ、道案内はするからさ、一緒に帰ろうよ、あの懐かしい修道院にね」


「まだ、あるのですか?修道士達は……」


「それは見てからのお楽しみ……さ、くくっ」



◆◆◆◆◆◆◆◆



 森を通り抜けて、辿り着いた故郷の街。


 人の気配はなく、割れた石畳の隙間から雑多な草が生い茂る。


 風が通り抜ける音と、木々のざわめきだけが、そこにある。


「……ここにはやはり人はいないのですね」


「いない?いいや、アリアが殺したんだよ」


 私の持った鉢植えから、馬鹿にしたようにそう言うアルラウネ。


「何故ですか?」


「さあ、僕は見てただけだし。森に捨ててくれれば養分になったのに、みんな"使って"しまったみたいだから」


「使う?」


「ああ、この街にも、修道院にも、骨すら残ってないよ。みんな、みんなアリアが何かに使って、消えてしまった」


 ……自分の身体の材料だろうか。


 それにしては多すぎるような気がする。


「….…調べますか、少しでも手掛かりになるなら……」


「別にここで道草を食っていてもいいけど、アリアに関係のあるものは、この街の状態以外、何もないと思うけどね──」


 アルラウネの言葉を無視し、手分けして辺りを捜索するが、結局言葉通りに、関係していそうなものは無かった。


 確かに骨のカケラも残っていない。


 この街の状態が、もしアリアの能力に関係があるとしたら、一体なんなのだろう。


「言ったじゃないか、この街の状態以外には何もないって」


 尚も、やれやれと手を広げるアルラウネ。


「頭からあなたの事を信じるわけには、いきません、自分の目で確かめなければ」


「良い心がけだと思うけど、今の僕には君らは罠にかけるには大き過ぎてね。さて、お待ちかねの修道院へ行こうじゃないか」



◆◆◆◆◆◆◆◆


 

 街は外れに、変わらず修道院はあった。


 高い壁は中と外を別の世界に区切るように、無表情で聳え立っていて、厚い門を潜り抜けると、昔のままの石造りの建物が、記憶のままに、今は草に覆われていた。


「……そういえば、何故あそこにいたのですか?」


「……ああ、全く、なんで僕は真っ当に道案内なんてしてるんだろうねぇ」


 頭をかくアルラウネ。


「何が言いたいんですか?」


「君達……あの方の子供達は知らないだろうけど、僕は《契約》で君らを助けるように命じられてるんだ」


「お祖母様が?」


「忌々しい婆さんだよ、《私に何かあった時は、孫達を助けてほしい》だってさ。言われた通り、孫のアリアに従ってたのに、あいつは僕を捨てていくし。酷いもんだよ、で、どうだい?久しぶりの生家ってやつは」


 街と変わらず、音はしない。家畜小屋の匂いもない。子供の声も聞こえなければ、鐘の音もしない。


 ただ、風が吹き抜けて、木立が揺れるだけ。


「……ここにも、何もないのですか」


「……忘れていないかい?ここには、あの婆さんの墓があるんだけどなぁ。まあ、厳密に言えば、君の肉体の一部だから変な話だけどね」


「あぁ……そうでした……ね」


 ふと、体から力が抜ける。


「クララ、大丈夫か?」


 獣は私を受け止め、落ちるアルラウネの鉢を掴む。


「落ちるかと思った、君、そんな神経薄弱だったっけ?」


「おい、お前」


「そう牙を立てるなよ、遅かれ早かれこうなるのは避けられないだろう?"あらかじめ決められたものを変えることはできない"んだから」


「大丈夫です……行きましょう」


 結局、私は一度だって目の当たりにしていないんだから。



◆◆◆◆◆◆◆◆


 

 祖母の墓は、修道院の奥にポツリと建てられていた。


 墓の周囲には花が植えてあり、ここだけは雑草の背が少しだけ低い。


 墓石には枯れた花が一輪だけ供えてあった。


「……お祖母様」


 この墓の下には何もない。


 ここには、誰もいない。


「……ただいま、戻りました、ずっと来れなくてごめんなさい」


 返ってくる言葉はない。


「……」


 ただ風が吹いているだけだった。


 供えてあった花を、風が運んでいった。


 その時、ようやく実感が湧いた。

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