第61話 遺書

「……お別れは済んだか」


 獣はしばらくして口を開いた。


「はい」


「……しんみりしてるところ悪いんだけどさ、僕の《契約》がまだ解けてないって事の意味を考えた方がいいよ」


「え……?」


「《契約》は術者を殺して《契約》自体を消すか、より多くの魔力で無理やり上書きするか、術者本人が《破棄》するしかないよね」


「アリアは私の《契約》を一方的に解除していましたよ?」


「簡単さ、上書きしてから《破棄》しただけだろ、悪趣味なあの子の事だ。わざとやったんだろうね、で、僕の言った言葉の意味はわかるかな?」


「けいやくしゃ、は、しんでいない……ということか」


「……え、……え?」


「答え合わせは、中でしよう。婆さんの手紙がある」



◆◆◆◆◆◆◆◆



 修道院、かつて祖母の部屋には、様々な生き物の骨が転がっていた。


「散らかってるなぁ、アリアが使ってた頃のまんまか」


「……この骨は……材料ですか?」


「そーだよー。玩具を直すだけの魔術で人体を無理やり作ろうとするから、すぐに壊れちゃってね。馴染む部品を見つけるまで、人間の形になるまで、色んな部品を試したものだ」


「確かに……この手足になるまでは……すごく脆く……なら……私の元々の身体は?」


「さあ?婆さんの部品は馴染んだんじゃないの?壊れてないでしょ?……あれ?じゃあ、その手足ってどうしたの?君は綺麗な状態だったって聞いてたのに」


「……アリアに切り落とされたのです。左眼も」


「あぁ、なるほど。部品にされたんだね。やっぱり、あまり保たなかったんだなぁ」


 だから私の手足を切り落として、左眼を抉り出した……か。


「……保たない?」


「どんなに馴染む部品でも、じきに壊れてしまうからね。元の肉体なら少しは壊れにくいんだろう。現に君の身体がそうだろう?」


「……もとのにくたい……きくが、それはどちらのはなしをしている?」


 毛玉が確かめるように聞く。


「どちら?さぁ?そんなこと、"誰にわかる"っていうんだい?」


「どういう事ですか?私はお祖母様が元で、アリアが本当のクララだったのでしょう?どちらがどちらかなんて……」


「君にあの婆さんが混ざってるのはそうだ、だけど、アリアだって同じ事だよ。あの子は自分の事を本物と言ってたけど、どっちが本物かなんて、ない。あの子が回復魔術を使えるのだって……そういう理由だ、ここからの種明かしは、そこの手紙を見ればわかる」


 アルラウネは机に放置された手紙を指差した。


◆◆◆◆◆◆◆◆



 "クララへ"


 "月並みな言葉だけれど、これを読んでいる時には、もう私は貴女の前にはいないと思います"


 "私は貴女に伝えなければならない事があります"


 "聖女の力について、です"


 "貴女も持っているこの力は、突然目覚めたものでも、努力によって身につけたものでもありません"


 "これは、《女神》……と呼ばれる存在との《契約》……(わかるといいのだけれど、もしわからなかったら、魔術を教わりたいと言って、それとなく聴き出しなさい)"


 "ともかく、聖女の力は、女神との《契約》で与えられた権能です"


 "その代償は、命です"


 "他者を傷つけ、命を奪い、捧げる事で、いかなる傷をも癒す力を得られます。その能力は、命を捧げれば捧げる程に、強くなっていきます"


 "初めは、私がまだ若かった頃に、皇帝が行った邪教の儀式でした。皇帝が行ったそれは、偶然にも《女神》を顕現させました、させてしまいました"


 "皇帝は女神に願い、女神は私に、この力と久遠の生命を与えました。しかし、代償として、私には《契約》をかけられました"


 "《自分の血族に生まれた子供、孫に女児が生まれた時はそれを捧げなければならない、そして、これを破った場合は帝国民を全滅させる》というものです"


 "私に娘が生まれなかったのでも、孫娘が生まれなかったのでもありません、全員、私が殺したのです。殺すか、なかったのです"


 "私は、無力でした。皇帝にも女神にも抵抗できず、ただ、耐え続けました。時の皇帝が女神のご機嫌とりの為に生まれたばかりの娘を殺していくのを、孫娘を殺していくのを"


 "話を戻します。私の力を利用し、皇帝は武力で国内を平定し、流れた血を捧げ、私の力を強めていき、他国にさらなる侵攻を始めました"


 "この時、既に歯車は狂い始めていました。疫病が蔓延し始めたのです。その原因は、《女神》によるものでした"


 "《女神》の力が外へ漏れ出し、それによって変異が起きているのです。《女神》はそれを《私の真の復活、楽園の到来に備え、古き生命を再生し、選別する》と語りました"


 "女神は、その過程で死んだ生き物を、自らの生贄として、この世に完全に顕現する事を目論んでいました。いえ、今となっては、殆ど顕現するまでの猶予は残されていないのでしょう"


 "私達が用済みになったのか、《女神》は私の《制約》を解き、今までの功労に対しての褒美として、赤子を私に授けました。それが……クララ、そしてアルサメナの二人なのです"


 "その時から、私は急激に年老い始めました。しかし、気がかりな事がありました。アルサメナは、ごく普通の子供でしたが、クララ、貴女には私が与えられた権能と同じモノが与えられていました。そして大量の魔力も"


 "ですが、これで終わりでしょう。聖女の力に生贄が必要な事を知る者はもう、誰もいません。私か、貴女が命を殺めるか、女神に生贄を捧げれば行使も出来るでしょうが、そうなる事もないでしょう。……結果として、聖女の力を失った帝国は瓦解していく事になりますが……これは私を縛り続け、私の子供達の命を奪い続けた、帝国への復讐です"


 "私が死ねば、貴女が聖女として祭り上げられるでしょう、その前にこの国を出なさい。一応、獣の国と呼ばれる国に、亡命する準備は進めてあります。私達が歪める前の教会……帝国が異端と呼ぶ分派が残っています、そこを頼りなさい。身分と財産は保証されています"


 "もし、脱出する前に、国内で身の振り方に困ったら、この手紙に一緒に入れた地図の地点へ、向かいなさい。そこの銀山に、ある程度のお金は隠してあります"


 "貴女には……酷な事を言っているかもしれません。ですが、家族全員が亡命できるように手は尽くしています。許せとは言いません、もう私に出来ることは、これくらいしか無いのですから"


 "こんな話ばかりで、ごめんなさいね。貴女の花嫁衣装くらいは見たかったのだけれど、それは欲張りかしらね。貴女は、身体が強い方じゃないのだから、無理はしないこと、間違っても、聖女の力を使おうとしないこと。こんな世の中だし、辛い事もあるかもしれないけど、せめて、貴女は好きに生きて。例えどんなに辛くても、希望を捨ててはいけない、いつか必ず、報われる日は来る、きっとね。愛しているわ、クララ。地獄で貴女に会わない事を願ってるわ"


 "ロドグネ・ダリア・ワルダガウナ"



◆◆◆◆◆◆◆



「地獄でなんて……ここが地獄ですよ……お祖母様。……ここにいない貴女はきっと、天の国へ行けたのですよ……」


 そう、ここにはお祖母様はいない。


 どんな罪を犯したとしても、この地獄にはいないのだから。

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