第三部

第59話 故郷

「本当に修道院はあるのか……?歩けども、歩けども、聞こえるのは木々の音ばかり、人の臭いもしないが……」


 暗い森の中、獣を鼻を嗅ぐ。


 行先では、地面に着くほど垂れ下がるトウヒの枝が進路を邪魔し、視界は悪い。


 空模様は変わりなく薄暗いままに、月も星もなく、明けない夜は続いている。


「……修道士達がまだ、いるのなら……」


 懐かしい筈の景色や街道は無く、どこまでも暗く鬱蒼とした森が広がっている。


「全く、手入れをせねば森は荒れ放題になると言うに、近頃の者共は……いや、そう言うことか」


 蜘蛛の足で枝を払いつつ、アトラは言う。


「どういう事ですか……?」


「むすめよ、えきびょうと、けものがまじかに、せまっているばしょならば、すぐに、にげさる、このもりは、さいせいしているのだ」


 肩に乗った毛玉が答えた。


「……人はもうここにはいない、という事ですか?」


「まあ……いたとしても極少数だろう」


「そうですか……」


 私が居た頃から16年も経っているんだ、いつまでも同じ風景が残っているわけもないか。


 ほんの少しだけ、悲しいような気がするのは、私のわがままなのだろうか。


「止まれ、何かがいる」


 獣が警戒を強める。


「……人……ではないのですね」


「多少人に似たような臭いもするが……どうやら向こうは動くつもりがないらしい。明確な敵意も感じない……接触するか?」


「敵意がないのなら、……手掛かりは必要ですし」


「わかった、俺の後ろに隠れていろ」


「はい」


「しおらしくなったの、同盟者よ。前だったら捨て身で奇襲しようとしていたろうに」


「かも……しれませんね」



◆◆◆◆◆◆◆◆



「……やぁやぁ、またあったねぇ。随分と久しぶりじゃあないか?アリアに殺されたんじゃなかったんだ」


「あなたは……」


 そこに居たのはいつぞやの私と弟を殺そうとした者。


 植物のような小人の少女──アルラウネだった。


 飄々とした口ぶりの割には、ボロボロの鉢植えに植えられ、石の上に放置されていた。


「……アルサメナは貴方を連れて行かなかったの?」


 幼い頃の一件以降、祖母の指示で修道院に置かれていた筈なのに、何故ここに。


「何を言ってるのさ、僕はアリアと一緒に捨てられたのさ。全く、困ったものだよ。"疑わしきは、罰せず"じゃあないのかなぁ」


 頭に生えた葉を指で弄りながら、皮肉っぽく言う。


「……あなたの教えた魔術のお陰で酷い目にあいました」


「困るなぁ、"包丁を買ったらつい、人を殺してしまいました、これは包丁を売った人が悪いです"って言ってるのと同じだよ?僕は言ったじゃないか、"これは、玩具を治す呪文だってね"」


 ニタニタと浮かべるその表情は、かつて私達をこの森で、土の養分にしようしたときと変わらない。


「……そうですね。言葉もありません」


「まあ、君は呪文を唱えた方……アリアじゃあ、ないから酷い目にあったと思うんだろうけどね、それにしても……守護者、裏切り者、賢者か、アリアとは全然違うなぁ。それもそうか。能力は無くてもあの婆さんの分、魔力は多いか」


「教えてください、アリアは一体どうやってあんな力を得たのですか?」


「それは……君と同じだよ」


「……どういう事ですか」


「《制約》と《契約》、そして僕の教えた魔術。あの子の力の源はそれだよ。どうだい?君と全く変わらないだろう?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る