第53話 相談

「帝国から侵攻された際……」


 獣は静かに語り始めた。


「我らの国には二つの道があった、抵抗するか、恭順するかだ。あの国は元々、俺と妹で東西に分割統治していた……それが仇になった。ある日、妹とどちらを選ぶか言い争いになり、つい感情的になってしまった。それを元老院の連中に利用されたのだ。あの国は、俺の地域が抵抗派となり、妹の地域は恭順派として完全に分かたれた」


「……本意ではなかった。我ら兄妹は、自分たちで定め、作り上げた元老院を、制御できていなかったのだ。恭順派は帝国に服従し飲み込まれ、残った抵抗派が帝国と戦う事になった」


「戦端が開かれる寸前、帝国が行おうとしている奇襲を妹は密告しようとした……単身で国を分かつ丘を越えて。それがどれほど危険な事か知っていながら」


「……報告を受けた抵抗派の元老院は、妹を歓待するフリをして……裏切り者として殺し、見世物にした……俺は間に合わなかった……俺が見たのは無残な亡骸になり、磔にされた彼女の姿だった……」


「あの時……妹を処刑したと、嬉々として報告するその言葉を聞き、俺は脇目も振らず走った……もはや手遅れだったのにな。そして、その亡骸を見た。全てを失ったような気がしたよ。自分でも気がついていなかった。俺は……彼女の事を愛していた……のだ」


 愛していたという言葉を聞いて、何故かどきり、としてしまう。


「何もかもが終わった後だった。それに気がついたのは」

 なんでだろう、別に私が困ることなんて、何もない……はずなのに。


「その後、失意のうちに俺は帝国に敗北した。……あの牢獄に封じられるのも、もはやどうでもよかった。それが贖罪になるなら、とな。……もう二度と、というのはこういう事だ、俺の失策によって妹は死んだのだ」


 語り終えた獣は静かな目で私を見た。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「……私に妹さんを重ねて見ていたのですか?」


「あの牢獄で、最初に出会ったときに、俺は裁かれる時がついに来たのだと……そう思ったのだ……だからこそ、殺されようとした……だが、俺を殺そうとしたのは、男勝りに剣を振るう小娘で、その姿は妹に良く似ていた……必死に戦おうとするお前の姿を見て、俺の贖罪はこの娘を守る事なのだろうと思ったのだ……」


 そんなに似ているんだろうか……でも何か複雑な気分だ。


 前に、ああして言ってくれたのは妹に似てるから……そっか……


 ……いやいや、何をガッカリしてるんだ私。


「私は……私は、妹さんの代わりですか?」


 ……何聞いてるんだろ。


「……そう……だったかもしれない….…」


「そう……ですか……あ、あの……その……」


 なんで落ち込んでるんだろう。


 自分が自分でわからない。


 どうしてしまったんだろう。


「……」


「獣さん……?」


 返事はない。


 寝てしまったようだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆


 

 風を浴びにベランダへ出る。


「……はぁ」


「どーした、同盟者よ」


「えっ」


 声に振り向くと、アトラが屋根からぶら下がっていた。


「しししっ、驚いたかの?」


 逆さまの彼女はヘラヘラ笑う。


「け、毛玉さんと外に行ったのでは、なかったのですか?」


「あの後直ぐ、酔っ払って寝おったわ。酔って暴れぬよう糸で拘束中だ」


「……本当にご老人みたいですね」


「みたいも何も。あやつは余達の中でも、最年長だ。……耄碌してもおかしくはあるまい」

 

 もしかして本当に……流石に冗談か。


「それで、物憂げな顔をしてどうしたのだ?」


「……それは……」


「獣の話か?」


「えっ、あの、違くてっ、いえ、その!」


 何を焦ることがあるんだろうか。


 わからないことばかりだ。


「へー、ほー、なるほどぉ、なるほどなぁー」


 ニヤニヤしながら絡みついてくる。


「な、なんですかっ!」


「まぁーたく、悪鬼羅刹のような顔で、仇討ちだ、仇討ちだと、言っていた者が、こんな顔をするのだからの!おかしくての、ふひひ」


「……そんな変な顔してます?」


「変ではないぞ、面白い顔しておるだけで」


「も、もぅ!なんなんですかっ!」


「おぉ、元気が出てきたの、お主はそのくらいが丁度いい」


「……またわざとですね」


「何のことやら。お主に沈んだ顔は似合わぬぞ?お主はもっと笑え、何時も微笑んでいろ、"楽しむ者には、幸運が笑う"のだ!"笑う門には福来る"と言った方が、わかりやすいかの?」


 頬を掴んで、ぐにぐにとする。


「……どうしたらいいのか……自分の考えていることもよくわからないんです」


「……なるほどのぉ、なあ、同盟者よ、余に任せてみないかの?」


「……何をするのですか?」


「なぁに、大したことではない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る