第50話 酒宴-2


 一人でも全然大丈夫だと、思っていた時期が私にもありました。


「その歳で……可哀想に。ほれ、おいちゃんのくれてやる!」


 カエルのような、巨大な目のお爺さんには、酢漬けのニシンを押し付けられた。


「え、あの、ありがとうございます」


「おいちゃんの舌にゃ、酸っぱすぎるだ」


 カエルのような舌を出して、ゲラゲラと笑う。


「お爺さんも、生肉がいいのですか?」


「生肉?そんなもの食えるわけない。生魚に限るね」


 ……それは一体、どう違うんだろう。



「あら、可愛らしい、10歳くらいかしら?はい、どうぞ、甘い物あるわよ、こちらへいらっしゃいな」


 顔の半分以上が縦に裂けた口のご婦人(?)からは、得体の知れない棒状の物を渡され、婦人らの席に引きずり込まれ。


「あらまあ、こんな所に。ねえ、この子は何才なの?」


「さぁ?10くらいなんじゃないの?」


「そんな歳で……まあ、この時代に生まれた事を恨むのね」


 変異したご婦人方に揉みくちゃにされる。


 誰も、人の顔の形は留めていなかった。


「……16……いえ、26です」


「あら、そういう変異?お気の毒ね。みんなもう顔なんて気にしないから、身体が武器だっていうのに」


「はぁ……まあ、困らないので……」


「そんなのダメ、いつ死ぬかも分からないのよ、思い出の一つや二つは、ね?」


「そんな事言われても……"そういうこと"はした事もありませんし……」


「いいじゃない、どうせ死んじゃうんだし、後悔する前に味わっておきなさいよ」


「……考えたこともありませんでした」


「さっき一緒にいたあの鎧の男なんかいいんじゃないの?」


「──っ!な、何をいうのですか!」


「あらら、お顔が真っ赤。やっぱり10歳なんじゃないの?」


「ち、違います!だいたい彼は──」


「じゃあ、私が貰っていいのね?」


「っ!ダメです!」


「ふふ、なら頑張りなさいな」


 何故か無性に腹が立った。



「ほれ!飲め飲め!ここじゃ歳なんて関係ねぇ!」


「いやだから私は……」


 巨大なザクロから手足を生やしたような物体が、私にワインを注ぐ。


「酒を飲め、二度とかえらぬ世の中だ!」


 途中から合流してきた詩人が、腹の六弦を鳴らしつつ、酒を呷る。


「いいぞー!飲め飲め!」


「ああ!これぞ生命よ!」


 果実が美味しそうに、果実酒を飲んでいる光景は物凄く不可思議だ。


「……そんなに美味しいのでしょうか?」


「青春は君に巡った!それが、その身の幸だ!さあ!」


 詩人は酒盃を差し出して朗々と歌う。


「……じゃ、じゃあ──苦っ!苦いです!」


 一気に口に含んだ酒精の苦味、それは舌の上に登ると、口の中いっぱいに苦味を残して、その次は喉を焼いた。


「はっはっ!嬢ちゃんにはまだ早かったか!」


「たとえ苦くても、君、咎めるな。苦いのが道理、それが自分の命だ!」


「なんですかそれっ!ひどい!」


 理不尽だ。


「それが人生の姿だ!」


 なお一層、理不尽だ。

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