第51話 熱夜

「すぐ戻るとは一体なんだったのでしょう……頭痛い」


 何か随分と飲み食いしてしまった気がする。


 修道院での生活では考えられなかった。


「おう、そこの嬢ちゃん!もってけもってけ!」


 六本腕の大男が絡んで、料理を押し付けようとしてくる。


「も、もう大丈夫ですっ!そんなに食べられませんっ!」


「飯はいらねえのか?……ん?随分と……」


 ジロリと舐め回すような視線。


「……なんでしょうか?」


 もしかして手配書とかでバレた……?


「──"綺麗"な身体してんじゃねえか。この街に来たって事は"そう言う事"だろ?こりゃ運がいいな、この際、関係ねぇ、行くぞ!構わねぇよな!」


「え、ちょ、ちょっと、やめてくださいよ」


 こんな相手、魔力を込めて殴れば──


「やめなさ──!?」


 身体に力が入らない。魔力がうまく操作できない。


「どうせくたばるんだ!その前に…」


「……ひとりでかってに……!」


 呂律も回らない。そうか、酒精が頭に回って……


「だ、だれか……だれかたすけて……だれか!」


 アトラ、毛玉、獣さん、誰でもいい、早く。


「誰も取って食いや──ぐぇっ」


 私の体に手を伸ばそうとした男は、突然視界に割り込んできた剛腕に吹き飛ばされた。


「……人の連れに手を出すとはいい度胸だな」


「獣……さん?」


「……遅くなった。申し訳ない」


「おそいです!おそすぎます!何してたんですか!私をまもるんじゃなかったのですか!」


「本当にすまなかった……」


 獣は突然覆い被さる。何時ものゴワゴワした毛皮だ。


「だきついても、誤魔化されませんよ、すぐくるって言って」


「ハァ……ハァ……」


 そして獣は荒く熱い吐息を漏らす。


「え、あの」


 つい先程、ご婦人方に言われた事を思い出して、何故か心臓が跳ねる。


「ね、ねつに浮かされたのですか……?」


「……」


 獣は何も言わずに体重をこちらへ預け、のしかかって来る。


 今の力の抜けた私には支えきれず、地面にそのまま押し倒される。


「えっと……あの……その……」


 鼓動が早くなっている。


 な、なんですかこれは!どうしたらいいんですか!わけがわからない!


「ここ、外ですよ……?人も見てますよ……?」


 獣は何も言わず、その狼の顔を近づける。


 え、え、え。どうしたらいいの。


 落ち着け、落ち着くんだ私。


 落ち着いて状況を判断。

 

 先ず、私は動けない。

 獣は重い。

 頭はクラクラしてる。

 鼓動は早い。

 顔は熱い。

 身体も熱い。


 わかった。


 つまり──もうダメだ。逃げられない。


 流されてゆけ、わたし。


 そして、獣の口は。




──私の顔を通り過ぎて地面に突っ伏した。


「え……?……え?獣さん?……あれ?」


 獣は何もする事なく、倒れていた。


「……えっ?」

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