第49話 酒宴

「酒を飲め、それこそ永遠の命だ!また青春の唯一のしるしだ!花と酒、君も浮かれる春の季節に、楽しめその一瞬を!それこそが、真の人生だ!」


 変異なのか、腹部から突き出た六弦の楽器を掻き鳴らし、遥か東方の詩を口にしながら、練り歩く詩人。


 街はどこもかしこも、熱に浮かされたようなお祭り騒ぎで、飲食店は路肩に席がはみ出し、露店と区別も付かず、そこら中から玉ねぎやニンニク、羊や豚肉、そして香辛料の香ばしい香りが漂う。


「こ、この匂いは!宮廷で使うような香辛料をそこらで使っているだと!」


 獣はひどく驚いた様子で匂いを嗅いでいる。


「宮廷……?……胡椒の事ですか?今は"百姓のソース"って言われてますよ?」


「二百年の間に一体何が……」


「……疫病の予防に香草が効くと考えられた結果だそうです、東方への侵攻はそれ以外にも、様々な物をもたらしたとか何とか」


「なるほど……」


 真面目に考え込む獣、しかし、その姿に似合わずじゅるりと、何かを啜るような音を鳴らした。


「お腹が空いたのですか?」


「……俺の鼻には効きすぎるのだ。あいつらのように欲に負けているわけでは……ない」


 兜の下で見えてはいないけど、ヨダレを垂らしそうになったんだろう。


「さぁ!散財だ!派手に捨ててしまえ!いくら築いても!あの世まで持って行けるものではない!聞けぃ!俺の奢りだぁ!!食え!飲めぇ!」


「ありがとうよ!流石だぜぇ!皆!奢りだぁ!」


「おおぉぉぉぉ!!」


 酔っ払った商人の声に歓喜する人々。その身体には、様々な動物や無機物を混ぜたような変異を抱えている。


 ある者は顔の半分が虫のようになり、ある者は工具と腕が混ざっている、またある者は、ねじれた木のような胴体をしているものもいれば、背中からもう一つの顔を生やしているものすらいる。


「何ぼけっとしてるんだ!さぁ!食え!飲め!」


「えっ、あの、その」


 男は辺りを眺めていた私に、何か得体の知れない串料理や、ワインの瓶を押し付ける。


 その男は何故か、後ろ向きに歩き、頭の半分から上はなかった。


「……う、後ろ向きに歩くと危ないですよ」


「大丈夫だ!俺の目はこっちにもあるからよ!」


 去っていく男は首に付いた目を見開くと、後ろ向きに、またどこかへ去っていく。


「……持ってくる時には瞑ってませんでした?」


「酔っ払いの言うことだ。間に受けるな……」


 獣は当たり前のように、私から串を受け取り、兜を開いて食みながら言い切った。


「それ、食べれますか……?」


「……悪くはないな。やはり香辛料は素晴らしいものだ。……まあ、今の俺には生が一番だが」


 やっぱり生がいいんだ……?身体の中身も狼と同じになってるのかな?


「生肉はどうだ!どうせ死ぬんだ!食える内に食ってけ!」


 喧騒の中からそんな呼び声が聞こえる。


「……少しいいか、少し離れるだけだ。ほんのちょっとだけだ」


「……いいですよー。ここら辺でウロウロしてるので、探してください。匂いでわかるでしょう?」


 不死身でも、生肉は流石に食べられない。


「……不可能ではない、すぐに戻る」


「はいはい、いってらっしゃい」


 別に、酔っ払いのカラミ程度なら私一人で十分の筈だ。


 ……筈だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る