第40話 王城

 広場を抜け、王城へ向けて進む。


 王城前にたどり着いたときに、どうして街中に人がいなかったのか理解した。


「約束の地を!獣どもに死を!」


「約束の地を!獣どもに死を!」


 繰り返し、繰り返しその言葉を叫ぶ人々。


 その熱狂の視線の先に。


「さあ!獣を狩るのです!"聖伐"はあなた方を約束の地へ導きます!さあ!殺しましょう!汚らわしい獣どもを屠り、屍の山を築きあげましょう!それもって約束の地の礎とするのです!」


 真っ白な修道服に身を包んだ娘が王城のバルコニーに立つ。


 あの淡紅色の髪は忘れる訳もない。


 その隣に立つのは、見慣れない金髪の男性。


「……アリア……!」


「待て!今行けば、囲まれるだけだ!」


 獣は、飛び出しそうになった私を引き止める。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「くっ……こんなに近くに……いるのに…!」


「無差別に民草を蹂躙して回るつもりなら、いまここから魔術を放てば皆殺しにできるがの、どうする?余はスカッとするが」


 アトラは機嫌が悪いのか、かなり過激な事を提案してくる。


「貴女も騙されたのがそんなに……」


「ふさふさした連中と違って、余は綺麗好きな方なのだ……!汚らわしくなどない……!」


「……え、そっちなのですか……?」


 全然深刻じゃなさそうな理由で、虚を突かれ、かえって冷静になる。


「余の脚は消化液で掃除しておるし、服は汚れたら作り直しておる……!心外にも程があるぞ……!聖女め……!」


「……そう言う意味で言うなら、俺だって虫はついていないぞ」


「……獣さんはゴワゴワしすぎです。水浴びが嫌いなのはわかりますが」


「き、嫌いなわけではない!面倒なだけだ!」


「それを不潔と言うのだ、獣よ。語るに落ちたな」


「……どうけのやくめも、たいへんだな」


 道化……?もしかして、私を冷静にさせる為に態と?


「毛玉、他をどうこう言えるほど無関係ではないだろう?」


「……われは、おうゆえ、みのまわりのせわは、はいかがするもの」


「アトラさん、いえ、皆さん……ありがとうございます」


「なんとことやら、余は勝手に怒っておるだけだ」


「風評被害を受けそうだったのでな」


「われは、しぜんたいできれいだ」


「ふふ、そう言うことにしておきます」


 ……前よりもずいぶん短気になってしまった気がする。


 いや、復讐相手が目の前にいて冷静になれと言うのも無理な話だ。


 ここは辛抱するしかない。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 王城には魔術への対抗が施されているらしく、土の権能では穴を開けられず、忍び込む事になった。


「他愛ない、演説に人が集まってどこも手薄になっておるの」


 天井から降りてきたアトラは懐から鍵の束を取り出す。


「それは?」


「なに、行き掛けの駄賃というやつだ。偵察ついでに拝借した」


 チャリチャリと金属が擦れる。


「しかし、ここまで簡単に侵入できるとはな。仮にもここは帝国の中心なのだろう?」


 獣は倒れた衛兵を端に寄せる。


「まあ、眷属供を散らせば城の様子なぞ簡単に把握できるからの、ちょちょいのちょいよ」


 彼女のお陰で、かなり手際よく忍び込めている。


 アトラの手の平へ戻ってくる極彩色の蜘蛛達。


「便利ですね……私も虫が操れればもっと早く牢から……」


 いや、そうしたら手足が治ってないか……


 わらわらと集まってくる蜘蛛達。


 牢獄で同居していたからか、不思議と嫌悪感を覚えない。


「しかし、つちの、けんのうが、きかぬとは、よほどのまじゅつし、あるいは、われにひってきするそんざいがいる、とみたほうがよい」


 帝国で人々が使える魔術なんて、生活を助ける程度のものでしかない。


 それこそ、戦況に変化をもたらせるような威力を行使できるのは、聖女である祖母くらいだった。


 だからこそ、私は土の権能に驚いた。


 ……それに匹敵すると言うことは。


「アリアはツァト様に匹敵する魔術を使える……やはり詠唱させる間も……いや……」


 玩具修理者がいる限り万全に……なら材料が無ければ……?


 ……いや、やろうと思えばなにを材料にしても治せるだろう。私の手足のように。


 詠唱さえさせなければ……けど、喉を食い破っても詠唱できたのは……?


 もし私にかけたように、延々と再生するような魔術をかけていたとすれば、その場で再生して詠唱した……?


 ……でも再生するなら、玩具修理者を呼ぶ理由がない。


 ……どちらかが使えるなら、どうあがいても矛盾する。


 あとはもう私には想像のつかない理由しかないわけだ……そうすると、可能性はいくらでも出てきてしまう。


「……主人よ考え事か?」


 獣はまた、心配するような目を向けてきた。


「ええ……でもキリが無さそうなので、やめます」


 結局、あとは直接確かめるしかないんだろう。


「さて、報告によると、ちょうど演説が終わり、玉座に戻っているらしいの。経路はもう確保した。……覚悟はよいかの?」


「ええ。行きましょう」


「……最後にもう一度聞くが、良いのだな?お主はこのまま引き返す事もできるぞ?」


「今更なにを?」


「よ、余は信用ならんからな。じ、実はお前を絶望させようとしているかもしれぬだろう?お前を騙して堕落させようとしているかもしれぬ、そんな者を信用するのか?」


 慌てたように言うアトラ。


「……信用しますよ。アトラさん。貴女は信用に足る相手です」


「……そ、そうか…そうかぁ……これはしまったな……」


 アトラは、なんとも言えない顔をした後、真剣な表情になって行先を見た。


「……その言葉を後悔するなよ」


 照れ隠しなんだろうか。


 先を歩きながら、背を向けたアトラはそういった。

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