第25話 抱擁

 得体の知れないガラクタが山積みされた小屋。


「……焦るのはわかるがの、もう少しどうにかなー」


 アトラは糸で巨大なハンモックを編んでいたが、それを作り終えると、私の顔を見てそう言った。


「……私には正当性を主張する他に無いように思えたのですが……あのように否定されては……」


「慣れん交渉ごとに張り切るなら、相手の情報を余からもう少し聞くのが懸命だったな。言ったであろ?対価さえ支払えば手を貸す友好的な存在だと」


 天井から糸でぶら下がったアトラの逆さまの顔が、目の前へ降りてきた。


「……対価ですか?」


「言っておったろ、“なんのとくがあるのか”とな……皆まで言わせるほど愚かでもあるまい?」


 ……何の得……私の事を聞いているんじゃないなら、毛玉は自分の得の話をしていた……?


「しかし、私の戦う意味を問いかけていましたが……」


「奴はお主の復讐についてただ尋ねただけで、何の否定もしとらんよ、お主がそう思っているだけでな、まあ"覚悟の確認"をするとは相変わらずお人好しにも程があるがの」


「覚悟の確認……?」


 復讐が起こす事を説いていたのは、お人好しだから……?復讐を否定していたのではなく……?


 もしそれが本当なら、それではまるで、"利益さえ明示できれば"なんの問題も無かったって事じゃ……?


「その顔はわかったようじゃな。良いか?大義だ正当性だなんだと言う言葉で、動く者もいれば、己の利益を優先に動く者もおるのだ」


「相手によって言う言葉を変えるという事ですか……?」


「その通り、相手を見極めるのだ。どのような思いを持とうが、動かせんときもある。お主が持ち得ていない"物欲"さえあれば、すぐにでもわかったと思うがの」


「……それは教えでは罪で……」


「その教えはお主をどのように扱った?結局はこの牢獄へ閉じ込め、不具にしたのではないか?」


 後ろから囁き、肩に手をかけるアトラ。


「──そんなことは」


 言い切れるのだろうか?


「言い切れないであろう?」


「っ──」


 やはり心が読まれているように思えてしまう。


「どうだ同盟者よ、お主が真に信仰すべきは──」


 アトラの唇が私の頬に近づき、蜘蛛の脚が視界の端から私を抱え込も──


「……何をしている、蜘蛛よ」


 小屋へ入って来た獣の声に、私はハッとした。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「おおっと怖い怖い。飼い犬がおったのじゃったな……もう寝床は作ってやったぞ同盟者もお前も休むがよい」


 そう言ってアトラは、そそくさと天井に貼った巣に戻る。


「何を言われたか知らないが、我々は獣なのだ。耳を貸すなら冷静になれ」


 諭すように言う獣。


「……貴方の言うことも最もです、ですがこのような事になって、尚、信仰しろというのですか?」


「そのままでは、結局、何も選んだ訳ではない」


「私の事も知らずに知ったような事を」


「……言われていないからな、ただ復讐がしたいという他にはな」


「……いいでしょう、それでは私の話を聞かせてあげましょうとも、そうしたらその減らず口も利けないようになるでしょう!」


 私はそれから、獣に何が起きたのかを詳細に話した。獣は適度に相槌は打っていたけども、渋い顔をしたままだった。


「──そして、そして……」


 話しているうち、声が出なくなってしまった。家族の死、レオンの裏切り、着せられた汚名。どれも思い出すだけで胸が締め付けられた。


「そして──」


 涙が勝手に溢れ出していた。


 その後、どういう風に話したのかあまりよく分からない。


 ただ、私は獣に縋り付いて泣きじゃくっていて、獣は何も言わずに私を抱きしめていた。


 ごわごわとした毛皮が肌にちくちくと刺さった。すえた匂いがした。


 獣は文句ひとつ言わなかった。


 涙や鼻水でぐしゃぐしゃだったろうに。


 あれだけ水に入る事や、濡れることを嫌がっていたはずなのに。

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