第23話 毛玉

 ふさふさした毛皮、蝙蝠のような耳、大きな口。実に丸々とした何か。


「おい毛玉、起きろ」


 アトラは蜘蛛の脚で、膨らんだ腹をつつく。


「◼︎◼︎──」


 痛痒も感じていないのか、寝転がっている大きな獣は、依然、大きな寝息を立てていた。


「同じ毛皮を持つ獣か……」


「この……なんというか……毛玉さんは……役に立つのですか?」


「そうさな、対価さえ払えば知恵や力を貸してくれるからの、獣の王でも友好的な部類だ、ほれ、毛玉め、起きんか!」


 アトラが糸で鼻と口を塞ぐと、毛玉は慌てて起き上がった。


「いあ、いあ」


 何事かを口にしながら毛玉が目を開く。


 丸々とした体を転がるように持ち上げた毛玉は、眠たげな目でこちらを見回した。


「ここでは"人族"の言葉で話せ」


「ふんぐるぃ」


「余の言葉が聞こえなかったか?」


「ちじょうの、ことばちがったか?ふんぐるぃ?ふんぐりぃ?はらがへっていることをなんという?」


「そこまで喋れるならば、もう良いわ!」


 アトラは毛玉の頬を、脚で挟み込んだ。


「そうか?……そこのむすめはいけにえか?」


 毛玉の眠たげな瞼、その奥の冷え切った目が私を見る。


 その目に背筋は凍る。呼吸すら止まり、思考を奪われる。


「わ……わた──」


「……生け贄ではない」


 獣が毛玉との間に立ち、私を庇う。


 その広い背中が私の視界を塞ぎ、呼吸を整える時間を与える。


「……ありがとうございます」


 小声でその背に投げかけた言葉に、獣は何ら反応を返さなかった。


「どうるいか……ささげものでないなら、なぜおこした」


「お前は飯のことしか考えとらんのか?この穴蔵から出るときが来たのだ」


「《ここでおとなしくしていれば、いけにえがあたえられる》そういう《けいやく》だ」


 ……隠れている場合じゃない。私が主導権を握らなければ、復讐の全ての駒は私の手の中に無ければならない。


「申し遅れました、私はクララ、こちらは同盟者であるアトラ、そして私の護衛である獣です」


「そのめ……ことばをかわすにあたわぬとおもったが、なかなかどうして、のみこむにはとまどうな。よい、おまえ、ようをのべよ。われをおこすにたるりゆうを、のぞみを」


 毛玉はアトラを摘み上げて自分の体から下ろすと、私を真っ直ぐに見てそう言う。


 アトラの契約には穴があった。ただ、この毛玉に与えられた条件はなんら問題がない。


 この毛玉をここから出る気に、そして私に協力する気にさせなければ。


「──私は聖女を殺し、私を見捨てた帝国を、教会を滅ぼしたいのです」


 恥も恩も知らない背教者共も、私を幽閉したアリアも、全てを知った上で裏切ったレオンハルトも、その賛同者達、全員に復讐するために。

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