第21話 蜘蛛
「なんだ?……お主ら、余の邪魔をしに来たのか?」
光沢のある白いドレスのような服を纏った蜘蛛娘は、糸を紡ぐ手を止めた。
「答えよ、お主らは邪魔者か?そうでないのか?」
おどろおどろしさの中に、奇妙な美しさを感じさせる娘は尊大な態度で問いかけてくる。
「……突然の無礼を失礼します、私はクララ。これは護衛の獣。貴女にお話があって参りました」
深々と帝国式のお辞儀をする。こんな襤褸でカーテシーなんてしない。
口調や気配からして、おそらく元はそれなりの身分、今この牢獄でもそうなんだろうけど、礼は尽くした方が間違いがない。
「……うむ、余はアトラだ。さて御託は良い、暇ではないからな。さっさと要件を述べよ。二つだけ用を述べる事を許す」
随分とせっかちな性格らしい。ここは単刀直入に言うしかない。
「……質問が二つあります」
「述べよ」
「聖女に関して何か知りませんか?」
「聖女……あー、あの忌まわしいやつ。余を勝手な理由で封じた以外には……うーむ。得体が知れんの。人の姿をしている割に同類のような気配もするし……おお、丁度お前がよく似ているな?……お前、獣か?人か?」
「人間です」
「まあ、別にどっちでもよいがの。それで、二つ目はなんだ?」
「それ以外に知っている事無いのですか?」
「良いのか?それが二つ目の質問で。余は十分に語ったつもりだが」
これ以上は無いか。仕方ない。
「失礼しました……訂正します。この牢獄から出たくはありませんか?」
「……ほう?そこな獣、そしてお主の目を見るに、脱出して復讐とでも言うつもりか?」
腕を組んで、こちらをじっと見るアトラ。
話が早い……早すぎる。心でも読まれているみたいだ。
「──心なんぞ読んでおらんぞ?」
「なっ」
「顔に出ておるわ、慣れんことはするものではないな、"礼儀は"わきまえておるようだが、交渉事には弱いと見た」
ニタリと笑うアトラ。
「……言葉もありません。ですが私には」
「すまんな、余は《この世の終末の時が訪れるまで、この奈落で橋を架け続ける》という《契約》で縛られておる」
「終末の時……?」
「ああ、人の記す千年の終わりじゃ、長すぎるじゃろう?」
いや……それは……二百年も前に過ぎているはず。
ただ納得はできる。そんなに前から、ここにいるなら、彼女の知る聖女はアリアや、私の知ってる聖女ではなさそうだし。
まあ、情報が無いのは仕方ない。
それはそれとして。
「……あの、もうその千年は過ぎてしまっておりますが」
「ふん、そんなことは知っ──今なんと言った!?」
「ひっ!」
アトラは一瞬で目の前に詰め寄ってきた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……余は一体、何をしておったのだ」
アトラはひどく落ち込んだ様子。
「あの……」
「ああ、なんだ?笑いたければ笑え、今思えば、余に確かめる術はない。この橋を架け終えられた日が終末になると思っておったが、この洞穴の果てなんぞあるわけもない……げに言の葉とは恐ろしいものであるな、この場合は余の思い込みだが……」
白い糸玉を暗闇に放り投げ、うなだれるアトラ。
「いえ、私達と共に──」
「よかろう!余はこの詐術に腹が立っておる!……が、しかしお主に降ると言うのには──些か不足しておるものがある」
一瞬で態度が変わったアトラは、私を値踏みするように眺める。
「……お前は何かを手にする事を諦めている。そういう目をしている。与えられたものを容易く手放してしまうような目だ」
「そのような事をおっしゃられても……」
「──お主に《制約》を与えよう。《価値のある戦利品は全て余に与える》……これでよし、そして──」
私の手を取って屈み、《契約》の呪印の施された頬に触れさせる。
「時を知らせた恩はある、しかし余は、そこな同類のように臣従はせん、余はお主と同盟を結ぼう、《共に道を歩もう》とな」
呪印は一度消え、新たな紋様が刻まれる。
「構いませんが……この《制約》には一体何の意味が……?」
「今後お主が得た、価値のある戦利品は、全て余の物となる。目の前で奪われ続ければ、お主とて、いずれ物を欲すると言うことを知るだろう!その時こそ《制約》を解いてやろう!」
私は復讐さえできれば他に──
「それだ。その殺しさえ出来れば、何もいらぬというその顔。つまらんなー。そこの同類もよくぞ、このつまらん娘に手を貸す気になったな」
「命を賭けた戦いでの結果だ。それに契約を解き、俺を奈落の戒めから解き放ったのでな」
「ふーん、へー、ほー。本当かぁー?余には他に理由があるように見えるがなぁー?」
「詮索好きも大概にしておけ、お前程度──」
牙を剥く獣。
「おぉ、怖い怖い。角度が違う連中はこれだから。ではとっとと降りるとしよう、余がここから追い出した奴が、下で眠っておるのだからな」
アトラは足元に広がる暗闇を指して、そう言った。
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