第20話 巣窟

「おわった、かえる」


 私の手足を作り終えると消えようとする黒服。


「……待ちなさい……貴方は何者?貴方はアリアの、聖女の事を知っているの?」


 黒服は立ち止まって振り向く。


「こどもたちの、なおしたいもの、なおす、それだけ、ひ、ひひ」


 それだけ言うと影に消えて行った。


「……情報は無し……仕方ありませんか」


 期待はしていなかった。


「……聖女の事を聞きたかったのか?」


 獣が私の手を引いて起こしながら聞く。


「ありがとう。ええ、アレを殺すのが私の目的です」


 血で薄汚れた服のチリを払う。新しい腕は問題なく動く。相変わらず気味が悪いけども。


「……俺もアレには礼をしてやらねばならない」


「やはり《契約》で封じたのは、あの者ですか?他に知っていることは?」


「この《混沌の奈落》に縛り付けられている者は皆そうだと聞いている、神の教えに逆らうとしてな……すまないが他のことは分からない」


 獣が剣を手渡す。


「他にも獣が?」


 だとするなら同じ恨みを持つ者──利用出来る駒は、まだ増やせる。


 たとえ獣を外へ解き放ち、疫病がさらに蔓延する事になろうと構いはしない。


「あの蜘蛛もここに封じられている者の──」


「◼︎◼︎◼︎◼︎──!!」


 振動を感じる程の高音が響く。


「どうやら探すまでもなさそうだな」



◆◆◆◆◆◆◆◆



「これは……」


「全てが獣だなんて言いませんよね?」


 回廊を抜けた先の大空洞で待っていたのは、天井を埋め尽くす赤い光の群れ。


「さあな。だとしても我々に退路はない」


「バレずにやり過ごすというのは……」


 少しでも動けば、赤い光もその方向へ動く。


「もう無理なようだな」


 既にこちらを捉えているらしい。


「◼︎◼︎◼︎──!」


 重なる鳴き声は淀んだ空気を揺らした。


 糸を垂らし蜘蛛達は舞い降る。


「全て降りてくる前に駆け抜ける他ない!」


「言われなくても!」


 駆け出す私達。


 慎重に降りてくる蜘蛛だけなら走ればどうにかなるかもしれない。


「ギギッ」


 せっかちに飛び掛って来るのが居ないなら。


「邪魔だぁぁぁぁ!!」


 全身に魔力を集中させ、剣を振り抜く。


「ギ──」


 一刀両断とは行かないけど、甲殻を砕いて弾き飛ばす。


「剣よりも丸太を持たせた方が良さそうだッ!」


 続々と迫る蜘蛛を、殴り飛ばしながら獣は笑う。


「剛剣に小技など不要!叩き切るのみ!うぉぉぉぉぉ!!」


 砕き、叩き潰して走る。


「威勢が良いのは結構だが、我が主人よ」


「なんですか!口よりも手を働かせなさい!」


 振るう剣は蜘蛛を壁のシミに変える。


「あまり騒ぐと、この空洞全ての蜘蛛が寄ってくるぞ」


「──っ」


 確かにそうだ。全て倒すなんて無謀だ。


 いくら死なないとはいえ、何匹いるかわからない連中に集られたら、再生もままならない程にバラバラにされかねない。


 いや──何故そんな簡単な事さえ考えずに私は暴れて……?


 私とした事が血が上って余計な殺生……いや、消耗を……落ち着こう。


 少し怒りやすくなったかもしれない……気を付けないと。


「冷静さを欠いていました、最低限で行きます」


 少しだけ立ち止まる。


 落ち着いて考えてみると、蜘蛛達がこちらに気がついたのには、理由があるはず。


 牢の中に蜘蛛なんて山程いたんだ。奴らの様子を思い出せば分かるはず、あいつらはどうやって獲物を待っていた……?


「……?これは……」


 足元に白い糸の線が引かれている事に気がついた。


 確か看守に襲いかかった蜘蛛は同じように、巣の近くに糸を引いていたような──。


 試しに踏んでみると、その線の先に続いていた暗闇の先から赤い目がこちらを見た。


「冷静になるのはいいが止まれば──」


 私を庇いつつ蜘蛛を散らしている獣。


「獣さん!足元です!白い糸を踏むと気がつかれます!」


「なるほどな、よく気がついた!」


「踏まないように気をつければ最低限で行けます!」


「了解したっ!やはりお前の怒りは取っておくが方が良い──跳ぶぞッ!」


「わっ!」


 獣が私を抱えて跳躍する。


 糸や網に触れないよう、蜘蛛達や岩を踏みつけながら駆ける。


 跳びながら走り続けた獣は、一際大きな岩の上に飛び移ると、ふと止まった。


 視界の先には真っ白な橋。よく見ると何重もの白い糸で編まれたものだとわかる。


 追い縋っていた蜘蛛達は何故か追跡をやめ、去っていく。


「……どうしましたか?」


「この巣の主だ」


 獣がランプを翳す。


「──む?」


 異形は白い糸を編んでいたようだったが、光に気がつくと、ゆっくりとこちらを向いた。


「なんだお主ら?余の橋作りを邪魔しに来たのか?」


 それは蜘蛛の体に少女の上半身が混ざり合ったような悪趣味な姿だった。

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