第2部

第19話 冥界下り

「……獣さん……ここって本当に牢獄なのでしょうか?」


「ああ、その通りだ」


 私を背負って歩く獣は当然とばかりに頷く。


「全く機能してなさそうなのですが……」


 回廊に並ぶいくつもの格子が破壊された小部屋。


 人骨が転がっているのを見るに、おそらく元は牢屋だったんだろうけども。


 回廊は白い糸のようなものがそこら中に張られている。


 牢に貼られた糸に触れると、縛り付けられていた骨は糸が解けて落ちた。


「……兵士達によると、いつ死んでも構わない者を入り口から投げ入れるだけで、自分達は降りないそうだ。戻れなくなるからな」


 ……ここに勤めている兵士達は、一体何の罰でここにいるのだろう。


 でも一度降りると上がれないなら、アリアは一体どうやってここに何度も出入りして……


「──気をつけろ、何かが来る」


 獣の毛が逆立った。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 暗い回廊の奥に灯るのは、並んだ8つの赤い光。


「お前の剣を借りるぞ」


 獣は私をそっと下ろすと、私の腰に括り付けていた剣を抜いた。


 赤い光はゆらゆらと揺れて、こちらの様子を伺っていたが、ピタリと動きを止め、次の瞬間に飛びかかってきた。


「フッ!」


 獣が剣でその急襲を受け止める。


 獣の腰につけたランプが、その姿を照らし出した。


「ギィィ、ギギッ」


 甲高い音を発しているのは、人よりも大きな蜘蛛だった。


「何者かの眷属か、だが俺には及ばない!」


 蜘蛛を押し返した獣が、間合いを詰め、剣を振り下ろす。


「ギ──ギギ」


 一刀両断された蜘蛛は、赤い血を吹き出して倒れたが、死してなお狭角を鳴らしていた。


「兵士どもの言うほどの事はないな」


 返り血を浴びた獣は、剣についた血を払いながら振り返り、こともなげな顔をした。


「……そうでないと困ります」


「行くとしよう、この回廊の様子を見るにあと何匹いるか知れたものではない」


 獣は私を抱えようと手を伸ばす。


 まだ微動している蜘蛛の死骸が眼に映る。


「……その前に少々よろしいでしょうか?」


「なんだ?」



◆◆◆◆◆◆◆◆



「《だるぷし、あどぅら、うる、ばあくる》」


 唱えると何処からともなく、極彩色の髪を垂らしながら、黒衣の者が現れる。


「何者だ!何処から来た!」


 獣は咄嗟に拳を構え、殺気立つ。尻尾も逆立っている。


「私が呼んだものです、落ち着いて下さい」


「そ、そうか……」


 こういう反応を見ると、なんか普通の犬みたい。喉を撫でたりしたら尻尾を振ったりするんだろうか。


「てぃけり、り、何をなおす?」


「私の腕と足を戦闘に耐えられるように作り直しなさい、材料はそこに転がっている蜘蛛です」


 顎で蜘蛛の死骸を指す。


「これ、脆い、できるもの脆い」


 私と蜘蛛を交互に見ると、首を傾げてそう言う。


「構いません、多少なりとも戦えれば良いのです」


「わかった」


 黒衣から極彩色の触手が伸びて、蜘蛛の死骸と私を分解していく。


「だ、大丈夫なのか!?」


 さしもの獣も驚いた声を上げる。


「……大丈夫……です……」


 虫や死骸の寄せ集めでできた私の足が分解される。感覚がきちんとあるせいで、引き剥がされるたびに痛みが走った。


 そして瞬く間に足は分解され、私は手足のない芋虫に戻った。


 かろうじて残っている肘や膝の先も分解されて、その繊維を組み合せ、触手は蜘蛛や足から分けた死骸の部品を繋いでいく。


「ないわーず、やんがぁ、ないわーず、ろうばぁ」


 黒衣の者が歌う奇妙な歌声と痛みは暫く続いた。

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