第18話 "帝国の白い聖女"

「ふふふ、素晴らしいですね、この紫色の瞳は……!」


 アリアは鏡に映った新しい左眼を眺めては恍惚の表情を浮かべていた。


 豪奢な装飾が並ぶ寝室には、それには似つかわしくない悍ましい人骨の群れが転がっている。


「やはり馴染みますねぇ、右目はどうしましょうかね……」


 アリアはベッドに視線を向ける。


 そこには目隠しをされた四肢のない少女が拘束されていた。


「……今日は右目を探すとしましょう!」


 寝室に声にならない叫びが響き、ベッドの上には物となった肉の塊が残された。


「あらぁ……これはダメですね、魔力の通りが悪い」


 肉の塊を窓から落とし、アリアはくり抜いたばかりの眼球を放り投げた。


「聖女様、お時間です」


 ノックが鳴り、秘書官が告げる。


「……さて、お仕事の時間ですか……馬鹿どもに私の有難いお話を聞かせてやるとしましょうか」


 歪んだ笑みを浮かべてアリアは真っ白な修道服を纏う。──但し殆ど、ドレスのように改造され露出度の高いものだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 曇り空の下。


「……」


 王城のテラスに立ったアリアは広場に集ったざわめく臣民を前に押し黙ったまま、彼らを睥睨していた。


「聖女様……?お言葉を……」


 慌てた秘書官が小声で言う。


「……黙りなさい。これは私の演説だ」


「失礼致しました……」


 殆ど口を動かさず、聴衆に気取られずに秘書官を黙らせる。


 騒めいていた聴衆は、その微動だにしない様子に、息を飲んで言葉を待った。


 しばらくの静寂。


「神の怒りをご存知だろうか」


 アリアは広場が静まり返るのを待ってから、ゆっくりと話し始めた。


「神の怒りという弓がしなり、矢が弦につがえられる。正義の矢が貴方の心臓へ放たれ、貴方の血へ酔いしれるのを一瞬待たせるのは、神の意志。怒れる神の意志でしかない」


 はっきりとした声と緩やかながら見えやすい動作で脅すように言う。


「なるほど、あなた方の邪な行いに対する神の裁きは、未だ行われていない!しかし……時が経つほどにその弓は引き絞られ、力を増していくだろう!」


 徐々に語調を、身振りを激しくしていく。


「もし神が、弓から手を離すことがあれば、神の矢は想像を絶する怒りとともに!あなた方へ降りかかるだろう!このように!」


 アリアの指差した先に雷鳴が轟く。


「案ずるな!臣民よ!」


 臣民達は青ざめ、より一層言葉に聞き入った。


「いまや、この世は悪に染まり、根底から覆さねばならない!それは人によるものではなく!それは神に、ひいては代行者たる聖女によらねばならない!」


 持った長杖を鳴らし、魔力の紫光を背に纏うアリア。


「終末は確実に訪れ、来るべき約束の地では、聖女を祀らぬものは、あらゆる場所に存することを許されない!同胞を増すのだ!この地上の民を救う為に!」


 その言葉に聴衆はさらに怯える。


「案ずるな、臣民よ!約束の地は現世に降臨する!約束の地の到来は近い!約束の地は、あらゆるものを救う完全な世界である!」


 そこへ僅かに安心するような言葉を投げかけるアリア。


「それを選ぶのは諸君だ!さあ、選ぶがいい!選択によって、貴方方がさらに良き人となる事を阻めない!約束の地を望むことを!果たして誰が出来ると言うのだろうか!さあ!私に続け!“約束の地を我らに!獣どもに死を!”」


 会衆の中から拍手と歓声が上がり始め、アリアの言葉を復唱する。


「約束の地を!獣どもに死を!」


「その程度では意志は通じない!復唱しろ!約束の地を!獣どもに死を!」


 二度目は彼らの中に紛れ込んだアリアの手先が更に声を上げ、釣られた臣民は同じように復唱する。


「約束の地を!獣どもに死を!」

「約束の地を!獣どもに死を!」

「約束の地を!獣どもに死を!」


 そして広場の聴衆は皆、狂ったようにその言葉を唱え続けた。


「よろしい!ならば"聖伐"だ!《雷鳴よ雲を払え!》」


 会場が絶頂に達した瞬間、アリアは雲を雷で払い、雲間からさす光を一身に浴びた。


「オオオオォォォォォ!」


 雄叫びのような歓声と鳴り止まない拍手、その中、アリアは軽く手を振って下がっていった。


「……所詮……人の形をとどめいるだけの間抜けどもめ」


 ボソリと呟いた言葉を聞き取ってしまった秘書官は、真っ青なまま立ち尽くしていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆

 


「ご高説結構な事だ、我が婚約者よ」


「あら、レオン君。聞いてらしたの?恥ずかしいですわぁ」


 アリアは口元を隠し、へらへらと笑う。


「今更取り繕うな化け物。洗脳魔術は絶好調なようだな?」


「失礼な、私は皆さんと何も変わらないごく普通の人間ですよぉ?……あとぉ、そんな魔術はありませんからぁ」


 キョトンとした顔で言いのけるアリア。


「ならば」


「原初の魔術は、"言の葉"です。それは口にするだけで魔術となる、目に見える炎を生み出すのとは違う……"呪い"です、口にするだけで人を動かし、変容させる」


 アリアはそう言って指に火を灯し、吹き消す。


「レオン君は帝国の政争で学んでいると思いますので、皆まで言わなくとも分かりますよねぇ……?」


 レオンの耳元で囁くアリア。


「《契約》は忘れていないだろうな?」


「ええ勿論、きちんと守っておりますわ、それはもうしっかりと」


 アリアは《契約》の手の平に刻まれた呪印を見せる。


「約束は違うなよ、でなければ──」


 レオンが言い終わる前に、アリアの呪印は砕けるように光り、消えた。


「……あらら、消えちゃった」


「どうなっている!?それが壊れたと言うことは!」


「……どうやら、契約は"守れなくなった"ようですねぇ。ということはまあ、"多分"死んでしまったのでしょう。まさか、あの状態から、出られるわけもありませんし」


「白々しい!貴様の所為だろう!」


「……"私の回復魔術"も万能ではありませんからぁ、まぁ、仕方ありませんよ。切り替えましょう?貴方の伴侶はわたしなのですから、ふふふっ、そう、他でもない私なんですから、ふ、ふふ」


 アリアはレオンの肩に手を乗せてケラケラと笑った


 

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