第16話 門番

「それは聞けません。私はさっさとこの牢獄から出て、アイツを殺さないといけないのです」


「……それ以上前に出れば、俺はお前を殺さねばならない、《死ぬまで、この橋を守り続ける》そういう《契約ギアス》だからな」


 《契約》を強制する呪印ルーンが刻まれた腕を私に見せ、構えた。


「貴方も囚われの身って事ですか……なら──」


 剣を担ぎ、全身に魔力を込める。


 そして跳ねるように、一足で剣の間合いへ踏み込む。


「……!?」


 研ぎ澄まされた意識が、獣の驚愕に目を見開く刹那を捉える。


「──押し通る他に道はありません!」


 単純にして最速、魔力による筋力の増強と神経の集中。


 先んじて戦闘を支配する。これ即ち一撃必殺の術理──


「──ならば仕方あるまい!」


 しかし獣は、その剛腕と爪で剣を受け止め、私ごと弾き飛ばす。


「なっ……!?」


 剣の師匠以外に防がれた事のない一撃、しかも、それを受け流さずに、正面から受け止めるなんて……!


「……馬鹿げた腕力ですね」


「勝負を受けよう……来い」


 拳を構える獣。


「獣が戦士の真似事ですか!」


 それしても、初見の一太刀に対する反応が早すぎる。


 よほど戦闘になれているか、或いは。


「なんとでも言うが良い!」


 獣は、私と同じように、瞬時に間合いを詰める。


 打たれる獣の拳を剣で受け止める。


 衝撃で腕が少し崩れた。


「重い……!」


 獣の振るう剛腕の追撃を逃れながら下がる。


「諦めろ、同胞とて小柄なお前に俺は倒せない!」


「そんなのやってみなきゃ──ぐぅッ!?」


 一際重い一撃が、剣の防御の上から私を吹き飛ばし、壁へ叩きつける。


「大人しくすれば痛みを味わう事も──」


「──この程度の痛みでぇぇぇ!!」


 魔力を全力で込め、脆い手足が多少崩れるのも気にせず斬りかかる。


「無駄な事を!」


 早すぎる反応をするのならば、必ず原因がある。もし狼の見た目通りに、感覚器官が機能しているなら、その目と鼻を封じるしか無い!


「無駄かどうかはッ!」


 着ていたチュニックを脱ぎ捨て、獣の顔に投げる。


「こんな目くらましが通じるとでも!」


 覆い被さった服を爪で切り裂く獣。


 その隙に、獣の後ろに回り込み、剣で突き刺す。


「くっ!血の匂いで位置を隠したか!だが鈍で貫けるほど俺は──」


 確かに毛皮に阻まれ、奥までは刺さらない。


 でも、刺さらないなら、刺さらないで一向に構わない!


「臭くて失礼遊ばせっ!!」


 浅く突き刺さった剣の柄を、全力で殴りつけて押し込む。


「ぶっ飛べ獣ぉぉぉぉ!!」


 強く踏みしめた床が、砕ける音が鳴る。


「グオォォッ!!」


 絶叫が響き、獣は宙を舞う。


「……引導を渡すとしましょう」


 うつ伏せに這いつくばった獣から、剣を引き抜き、上段に構える。


「好きにするといい、勝者はお前だ」


「なら遠慮なく──」


 そして剣は、風を切る冷たい音を立てた──獣を斬りつける事なく。


「……え」


 虫で出来た左腕は砕け、剣は振り下ろす途中で落ちていた。

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