第15話 脱走
「こんなに簡単だったなんて!しかもアリアのお陰でいくら傷付いても死なないと来た!」
牢を破壊して抜け出す。新しい手足は頗る快調で魔力の通りも良い。
「な、なんだ!何事だ!」
遠くにランプの灯りと声。
「何事……?何事ですって……?見てわかりませんか……?」
「その声は偽聖女か……?一体どうやっ──」
魔力を込めて跳び、警備兵の頭を殴り飛ばす。
男の首は床に転がり、首を失った胴体から血が吹き出す。ランプが落ちて割れ、油が漏れて火がついた。
首を薙いだ腕の表面がポロポロと崩れる。
「脆い、脆いなぁ、まあ虫ならこんなものか」
火に翳した腕は、数え切れないほどの虫で出来ていた。
兵士の首を蹴飛ばし、腰につけていた剣を拾う。
「何事──」
「同じ言葉を聞かせないでください」
道中の邪魔者は、剣を軽く振るだけで十分だった。
看守達の来ていたチュニックを剥ぎ取り、羽織る。これでもないよりマシだ。
ぶかぶかでも、血で染まっていても、それほど気にならない。匂いに鼻が慣れていてよかった。
暗い監獄の壁と、奪った服を赤く塗り重ね続ける、気がつけば付近は無音になり、私の呼吸音だけが、暗闇で聞こえていた。
「早く殺しに行かなきゃ、早く行かなきゃ……ん?」
回廊の先に大きな魔力の光が見えた。
「他に道はないか……丁度いい、魔力はいくらあっても足りないし」
壁を蹴って跳ねるように回廊の奥へ進み、重い石扉を破壊する。
「さぁて、私の糧に……?」
扉の奥、ランプで照らされた橋の前に佇んでいたのは、狼のような獣の頭の大男だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ランプの灯りが、牙の生え揃った獣の顔を、その蒼銀の毛並みを照らしていた。
その獣は静かな寝息を立て、橋の前に座っていたが、私の足音にその大きな耳を震わせると、鋭い目をこちらへ向けて口を開いた。
「……騒がしいと思えば、この血の匂いは……同胞か……?」
「……"
「そう呼ぶのならば、そう名乗ろう。俺はただの獣だ」
獣。"変異"が進んだ人間達をそう呼ぶ。この大陸で蔓延する疫病の末期症状。
不信心者や堕落した者に与えられる天罰とも言われる。
"変異"を起こした動植物の近くにいると、体のどこかに別の生物の形をした腫瘍や部位が現れる、細かな原因は分からない。
大体の人は体の機能がうまく働かなくなって亡くなるけど、運良く変異し続けた者は、最終的に"整った"獣となる。それでも人の形を止めるのは珍しい。
「帝国人の獣とは、信じられない事もあるんだな」
「だから私は獣では……!」
「そのような立派な変異を持ってる"人間"などいる筈もない、その手足は何だ?」
「っ………」
牢にあった残骸で修復された私の身体は、ひどく歪な姿をしていた。
なんせ、手足は毒虫の残骸やら、得体の知れない骨片やらで組み立てられた悍ましい代物なのだから。
「まあ、獣でも人でも構わないが」
「なんでしょうか?悪いですが私は──」
「悪い事は言わない。大人しく牢に戻ってくれないだろうか?」
獣は落ち着いた声で戻るように言った。
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