第13話 蠱毒
私に唯一残った武器は、歯だった。
アリアを殺すには、魔術をつかう間も与えず、喉笛を噛み切る。それ以外には思いつかなかった。
「でも、一体どうすれば」
考える時間だけなら幾らでもある。
──私は死ねないのだから。
死骸の上へ転がる。多少腐っていても血溜まりの上よりか、毛皮の方がまだ暖かい。
肘や膝から先が無くても、這い回ったり、転がるくらいはできる。
もう痛みにも、汚物にも虫にも慣れた。
肘や膝の先に、蛆虫が這い回っているのも、それ程気にならない。
転がった時に落ちて、潰れようとも。
「……乗らないで」
顔に乗っかってきた蜘蛛を振り払うと、怒ったように挟角を鳴らして、去っていった。
極彩色の毛を生やした蜘蛛。元、私の餌だった奴だ。
皿から逃げ出した虫は、捨てられた残飯や私の血を啜って、しぶとく生きている。
毒虫で大きなものは、何匹かの蜘蛛と、あとは、私の左眼の穴の中で寝ている大百足。
こいつは、好きなだけ這い回った挙句、また左目に戻る。
いつのまにか、私の部屋の中にいる虫の中では一番大きくなってしまった。
「……動くな……痒い」
私が動いたからか、慌てたようにモゾモゾと蠢いて、眼孔から這い出る。
髪の中を縄張りのように泳ぐと、満足したのか散らばった死肉を食みに行った。
「お前らは幸せだろうね、食われる心配もないし……いや……この際、食ってやろうかこの虫共め」
大口で噛み付くような動きをすると、百足は知ってか知らずか、素早く逃げていく。
「……嘘だよ、お前らみたいに不味そうなモノが食えるか……」
実際不味いし。
「あー、本当に手も足もでない……つまらない冗談だ……」
横に転がると、血溜まりの上。
私の血を啜っていたクラゲと目があった。
クラゲのどこに目があるか知らないけど。
「なんで死なないかな、お前。回復魔術使われてるわけでもないのに」
これも生きたまま与えられた、元、私の餌。
窪みや何かの残骸の上に溜まった、深い血溜まりの上で、ぷかぷかと浮かぶ。
「どうだ、クラゲ1号、お前は何か思い付かないのかー、そうかー、クラゲ2号はどうだー」
無言のクラゲは浮かんでいるだけ。突く指と手がないから刺されないで済む。
私が転がる度にだいぶ潰れてる筈だけど、一行に数が減らないのは、何故なのだろう。
「いや……何してるんだ、私は……」
虫とかクラゲに話しかけて、一体何になる。また頭が、おかしくなり始めたのかもしれない。
視界の隅で、百足が蠍に襲いかかっていた。
「……こいつらがもし使えるなら……」
果たして虫程度が、どれほど意味を持つかわからないけど、何も試さないよりか──
「おいおい、見ろよ、偽聖女様が虫のお友達とご歓談中であらせられる」
「ひでぇ腐敗臭だな、体の具合でも確かめてやろうかと思ったが、こんなん触るだけで穢れちまうよ」
不愉快な声に思考は中断された。
◆◆◆◆◆◆◆◆
不愉快ではあるけど、物を試すにはちょうど良かった。
「何の御用でしょうか?貴方方の仰る通り、私は友人との歓談中ですので、お引き取り願いたいのですが?」
鉄格子の向こうから、こちらを見下している看守達へ皮肉を込めて微笑む。
「けっ、死に損ないが一丁前に気取りやがってよ、ここに収監されるような罪人が人のフリをしてんじゃねぇよ」
看守が鉄格子を蹴り、金属が揺れる音がする、虫達はその音に驚いてサッと何処かへ逃げていく。
「お前はどうせここで野垂れ死ぬ運命なんだ、さっさと死んでくれた方が俺らの仕事も楽になるからよ!」
ゲラゲラと笑う看守達。
「残念ながら、私は死にませんので。あと自分達の身をもう少し案じた方がいいですよ?」
「……はぁ?何言ってやがる」
「──だって、今、貴方の肩に乗っているのは巨獣をほんの一噛みで殺してしまう毒蜘蛛ですよ?」
「なっ」
看守達が寄った鉄格子の上に、巣を張っていた手のひらよりも大きな蜘蛛が、その首に噛み付こうと狭角を開いていた。
慌てた看守が手で払うと、もう一人の男は蜘蛛は飛び移った。
「ひぃ!お前、俺に投げるんじゃねぇよ!噛まれたらどうする!」
「ふ、ふふっ、早く逃げないと、他にも毒虫が寄ってきますよ……?なんせ私を食べるのには飽きてしまったみたいですから」
周囲の虫達へ魔力を集中させる、動くかどうかは分からないけど、物は試し。
すると、牢の中そこらじゅうから虫が顔を出した。しかし、看守へ向かって動いたりはしなかった。そう上手く行くものでもないらしい。
「な、毒虫どもを使役するか、やはり魔に魅入られた存在だなっ!」
「行くぞ!こんなところに入れば穢れが感染る!」
看守達は捨て台詞のようにそう言うと、去って行った。
「……ふ、ふふ、使役なんて出来るわけないじゃない、おとぎ話の魔女じゃないんだから」
魔力を込めても意味は無かった、なら彼らが物理的に動くようにするしかない。
それでも考える時間は山ほどある。
考えるんだ、アリアを必ず殺すために。
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