第12話 憤怒

「……朝か」


 目覚めた時が朝だ、真っ暗で何一つ分からないけれど、精神衛生上そう言ったものを作らないと、気が狂ってしまう。


 一度発狂してみれば、楽に死ねるかも思ったけど、そうすると、すぐに発狂する前の状態に"回復"してしまう。


 だから、私は健康的に、正気を保ったまま、"なるべく早く死ねるように"生きなければならないのだ。


「んっ……」


 身をよじると、私を食んでいた蛆虫が落ちてきた。


 耳障りなハエを頭から振り払って、顔を這い回る蛆虫を噛み潰す。


 少なくとも汚物よりかはマシな味だし、定期的に減らさないと、くすぐったくてしょうがないし、中身のない左目に溜まってしまう。


 空腹も過度に過ぎると、頭痛が耐えられなくなるし、意味もない。


「おや、蛆虫なんて食べて!」


 どうやら食事の時間だったらしい。アリアは当たり前のように汚物を踏みながら、牢へ入ってきた。


「おはよう、今日は何のゴミ?」


「安心してください!今日はきちんとした、れっきとした、人の料理です!」


 アリアが運んできたのは、肉汁滴る焼いた挽肉の塊、少なくとも、まともに調理されたようなものだった。


「これぞ家庭の味ってやつですね!」


 いつも通り、無理やり口へ詰め込まれる。多少火傷しようと御構い無しに。


 何の変哲もない、羊肉のような味。


「……気が変わった?人の食べるもの持ってくるなんて」


「いつも人を食ったような事をおっしゃるので、その通りにして差し上げようと思いまして」


 切り分けた肉の中から、人の眼球がこぼれ落ちる。紫色の瞳の眼球が。


「……そんな事だろうと──」


 もう人肉程度で驚くわけが……。


「やっぱり美味しいですよね、何せ、ご家庭の味ですからね!」


 ──まさか。いや。


「っ……そんな出鱈目を、だいたい、処刑から何日経ってると?こんな状態になるわけが……」


「そんなすぐに、一家郎等を始末できるわけないじゃないですかぁ!残酷な人ですねぇ!家族には生きていて欲しいと願ったりしないのですかぁ?」


「それは──」


「信じないのは結構ですけど、証拠を見せるのは簡単ですよ?《元の形を思い出しなさい》」


 肉が砕け散り、再び凝固していった。元の人の一部分へと。


「──お、お父様」


 私が口にしたのは、実の父親の顔面だった。


「どうやら、このまま食べて頂いた方がよろしいようですね!」


 涙が出た。ずいぶん久しぶりだった。


 改めて自覚させられた。


 悔しかった。ただ、悔しかった。


 父の目玉は潰され、口の中に押し込められた。


 それを吐き出した時、自分が全てを諦めて、死のうとしていた事が、何もかもが全て馬鹿らしく思えた。


「あら、泣くほど美味しかったのですか?」


「……す」


「聞こえませんよ?どうしたのですか?」


「こ…ろす」


「聞こえませんねぇ」


「アリアァァァ!!お前を殺す!殺してやる!生きとし生けるものが、味わった事もないような苦しみを与えてやる!火獄の責め苦よりも激しい痛みを必ず!」


 殺す、こいつを必ず、どれだけかかろうとも、必ず殺す。


「あぁ、何という眼を!そうなる前に眼を貰っておいて正解でしたね!憎いのですね!悔しいのですね!あはははっ!」


 アリアは笑いながら去っていった。

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