第11話 慚死

 どこかも分からない牢屋。


 私は湿った石の床に、鎖で繋がれていた。


 意識だけがはっきりしていて、身体は重く、まるで動かない。

 

「ふ、ふふ、漸く貴女を投獄できました、長かったなぁ」


 牢の中で、笑みを浮かべるアリア。


「ここに光が灯るのは、私が食事を持ってくる時だけ。わかります?」


 髪を掴まれて、頭を持ち上げられる。


「手足の感覚ないでしょう?それ感覚が、じゃなくて、もう"無い"んですよ、だから随分軽くなっちゃって……ふふっ芋虫さんですね!いえ、少し残ってるから豚さんでしょうか?ぶひぶひ~」


 あまりにも現実味がない。


「傷が塞がらないようにしてますから、血で濡れますけど、どのみち糞尿で汚れますから、いいですよね!」


 そんな状態なら、すぐにでも死ねる、これ以上苦しまずに済む。


「もちろん、"壊れたり"しないように、全力の再生魔術をかけてあげますね--っと、その前に」


 スプーンを取り出すアリア。


「これは……記念です」


 それは左目に突き立てられた。


「欲しかったのですよ!……この綺麗な紫色の瞳──」



◆◆◆◆◆◆◆◆



 私はもう、生きていたくなかった。


 名誉も、家族も何もかも失ってしまった。


 生きている理由がなかった、むしろ手足を失って生かされている事の方が不自然に思えた。


 神の意志が勤勉でない信徒を気まぐれに見逃す様に、何故か私は未だに生きている。


 暗闇の中、果たしてどのくらい時間が経ったのかも、わからない。


 時折アリアが持ってくる食べ物は毒物か、あるいは汚物だった。


 喉を通るわけがない。


 私が吐いたり残したりしたものは、全て牢屋に投げ捨てられ、酷い臭いが充満している。


 魔物や毒虫、獣の死骸、得体の知れない骨、血、液体、体液、ヘドロ、廃油、残飯、まだ形が残ってるだけでも随分と見えた。


 最初、私は食事を拒んで餓死しようとした。


 例え自殺が最大の罪となるとしても、もう関係がなかった。誰一人として救えもしなかった私が神の国へ行く事など、決してあり得ないのだから。


 そう考えた。でも死ねなかった。身体が死ぬ寸前で再生し続けている所為なのか、どれだけ空腹になっても、意識はそのまま。ただ苦しいだけだった。


 水審の時のように、途中から生きようとなんてしていない。


 最初から最後まで私は死ぬつもりだった。


 人がどれくらいで餓死するのかは、分からないけれど、食事が運ばれてくる回数で換算して、3ヶ月以上過ぎた時、もう餓死は諦めた。


 次に試したのは窒息。


 溜まりに溜まった汚物を含んで息ができなくなるまで詰め込んでいった。


 これも結局ダメだった。


 お手上げだった。手足のない私にできる自殺は方法は、もう思いつかなかった。


 アリアを挑発して殺させようとしても無意味だった。


 私に死ぬ方法があるとすれば、それはもう病気か、老衰くらいしかない。でも、多少の病気程度は回復してしまうだろう。やはり老衰しかない。気の長い話だけど。


 回復魔術でも、老化までは癒す事が出来ない。それが可能なら、祖母は老化などしなかった筈。


 ただ、そもそも身体にどう作用してるかわからないから、可能な限り健康でいないと。


--確実に老衰で死ぬ為に。

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