第5話 不相応
私に与えられたものは、有り余るものだった、それは物品にせよ、食料にせよ、人にせよ。
「クララ様、本当によろしいので?」
「はい、私には不要です、化粧料は全額お返しします、今期の領地の収入も、任せている者達への扶持以外は、いつも通りに」
「……素晴らしいお考えです、さぞ喜ばれる事でしょう、それでは」
慇懃な秘書官は恭しく頭を下げ、部屋を出て行った。
聖女には領地が与えられているけども、領地経営なんて私には、とてもとても。
お祖母様の領地は、彼女が現役の頃はそれなりに栄えていた土地らしいけど、一体何をどうやったのか分からない。
幸い、私に付けられた部下や、お祖母様の代から勤めている人たちのお陰で、わたしが此処から出られなくても、何とか出来ているらしい……報告の限り。
それでも、私にはあり余る収入になってしまう、使い道もないし。
だから殆どは、戦災の被害者や、教会や救貧院、孤児院へ寄付してもらっている。
ここから出られないから、その結果がどうなっているのか分からないけど、所詮、自己満足だ。
「無欲も時にして罪になるぞ、清廉潔白を気取るのも大概にしたらどうだ?」
私に与えられた最大の不相応が聞こえた。
「……せめて、ノックくらいしたら如何ですか?レオン様」
振り返ると、いつのまにか部屋に入っていた金髪の美青年……レオンハルトが、扉に寄りかかっていた。
「次期皇帝への態度かそれは?」
苦笑する次期皇帝サマ。
「"今"のあなたは、聖女よりも下の身分でしょう」
「俺にそんな口を利くのはお前だけだな」
彼は聖女の事情も、わたしの無能も全て知っている。
「……気に食わなければ、粛清すればよろしいでしょう?貴方達が普段そうするように」
帝国で吹き荒れる政争の話なんて、私にはまるで縁がない。
ただ公務で会った人間が、ある日突然いなくなっていたり、侍女や修道女達の世間話を聞いていれば、多少は推察できる。
「神聖なこの国において、そんな事を企む輩は、今や一人もいない。帝国を侮辱するような言葉は慎むことだ」
"いなくなった"の間違いだと思うけど、これ以上は、くどいから言わない。
「ご忠告、痛み入ります、次期皇帝様」
「うむ、俺の言葉をよく聞いておく事だ、教会と帝国の関係とて、永遠ではないのだから」
その発言こそ、他に聞かれたら不味いと思うのは気の所為かな。
「それで……ご用件は何でしょうか?」
「婚約者の顔を見に来るのに、理由が必要か?」
「………次期皇帝もお暇なのですね、時期が来れば、嫌という程顔を合わさることになるでしょうに」
「背丈に見合わぬ剣や魔術の努力だけでなく、少しは人を好きになる努力をしたらどうだ?自由の効かない我々にできるのは、"その時期"の苦痛を少しでも和らげる事だけだぞ?」
そうでもしないと、結婚生活が辛いと言いたいのだろう、無理もない、ただ趣味に口は出されたくない。
「剣の訓練は、師範以外は知らない筈ですが」
剣は私に許された数少ない娯楽だ、剣一つあれば場所を選ばないし、運動不足を解消できる。運動不足は怖い、色んな意味で。肥満聖女とか、豚聖女とかあだ名されたくないし。
戦いを尊ぶ民族だからなのかは分からないけど、帯刀も許されている。ただ、公に鍛錬している姿は見せられないけど。
「俺が知り得ない事などあるまい。隠し事はもう少し上手くせねばな」
レオンは呆れ顔だった。
「貴方は本当に忠告ばかりですね、それとも剣に嫉妬しているのでしょうか?」
「俺から与えられる物は、言葉以外に無くてな、いくら物を贈っても、貧民共に配られては甲斐がない」
「私には過剰なのです、本来の教義は清貧を尊ぶものです……」
「水清ければ魚棲まず、この世は貴様のようなものばかりではないのだ、潔癖も無欲もほどほどにしておけよ、己の身を守るのは結局のところ金や"腕っ節ではない力"なのだからな」
「地獄の沙汰も金次第という事ですか」
「ククッ、聖女がこの世を地獄というか、世も末だな」
「ええ、全く」
お互いに苦笑い。
いつも、小言のような事を言いに来るレオン。
彼も私と同じく、人生の全てを予め決められた存在。
この籠の鳥のような生活で、私が唯一軽口を叩ける存在、それが私にとって最大の分不相応が彼だった。
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