第4話 帝国
神の裁きが下る筈の、千年の境目は二百年も前に過ぎ、結局終末は訪れず、人は未だ大地の上に蔓延っている。
戦争を繰り返すこの帝国では、傷病者は絶えない。私たちの先祖であるゴール人達の血が、戦いへ駆り立てるのだろうか。
帝国の民は古くから、勇ましく戦って死ねば、神の国へ行けると信じている。約束の千年が過ぎた以上、それ以外には考えられないのかもしれない。
疫病も絶えず蔓延している。もっとも、攻め込んだ国から持ち込まれて感染するのは、因果なものを感じる。
そんな中、多くの臣民は教会を頼りにしていた。
むしろ、教会と聖女の癒しを前提としていたから、無茶な計画を立てても批判されなかったとか、そのお陰で領土や植民地を容易に拡大できたとか。
「神のご加護を……」
私は聖女候補としての公務で修道院や教会に出向いては、傷病者の為に祈りを捧げていた。
「ありがとうございます……ありがとうございます」
救いを求める彼ら。実のところ、私の祈りや魔術では、その傷や病をまるで癒す事が出来ない。
彼らは、長い間苦しみに耐え、聖女が与える"奇蹟"を頼りに待ち続ける。
そして、与えられるのは"先代の奇跡"をはるかに下回る、ただの"お祈り"。
聖女なんて大層な称号が付いていても、現実はこんなものだった。
だからといって、私の無能を余人に明かす事も出来ない、聖女が無能であるなど教会や帝国の威信にかけて許されない……らしい。
何故と聞かれれば、運が悪かった、という他ない。
◆◆◆◆◆◆◆◆
もともと、聖女というのは帝国の"作られた象徴"に過ぎなかった。
時の皇帝は、伝承を掘り返し、回復魔術に優れた一族の娘を聖女として祭り上げた。認めさせる為に、教会へ領土や帝国内の役職を寄進してまで。
聖女はその恩恵を受けた枢機卿達に認められたものでしかなく、教皇にとって認めがたいものではあった。
しかし、下手に否定すれば、枢機卿たちの怨みを買う事になる。故に、教皇は枢機卿達からの罷免を恐れ、認めざるを得なかった。
最初から、教会の腐敗無くしてはあり得なかった。
そして帝国は新しい権力を手にすると同時に教会を統治機構に組み込み、帝国内の権力の集中を図った。
諸侯の力は削がれていき、皇帝を王から選挙する法は形骸化、皇帝は完全に世襲制となる。
しかし、安泰かと思われた帝国の権力も、先代の聖女である祖母には女の子が産まれず、男児だけと言う状況に脅かされた。お粗末な話だ。
養子を用意しようにも、頑なに血を重視した教会が反対。これは、この期に聖女制を廃し、今度は諸侯から利益を得ようとした枢機卿達の裏切りに他ならない。
だけど、その企みはご破算となった。
聖女はある日、どのような傷や病も癒す力を行使できるようになったからだ。
その力を利用し、騎士達を休みなく戦える不死の軍勢に仕立てあげた皇帝は、武力を背景に諸侯を制御し、枢機卿達を再び従え、帝国を盤石なものとした。
ただ、なぜか次代の聖女は生まれて来なかった。
聖女は不思議な事に、かなり長い間若い姿を保ち続け何人も子供を産んだ、しかし、その子息に娘は生まれなかったという。
聖女の息子達も、女児を授かることはなく、産まれたとしても1つの歳を数える事は無かった。
二百年以上(本当かどうかわからないけど)生きた聖女にもついに老化がはじまり、その後が危ぶまれた頃、ようやく産まれた健康な女児が、孫の私。
待望の女の子、それはもう大層可愛がられた。
祖母譲りか、魔力の量は人の数十倍はあったし、回復魔術はなによりも得意だった。
いずれ聖女の名を継いで、人々の為になるものだと思っていた。
──でもそれは、10歳の誕生日まで。
同じ日に祖母が亡くなり、そして私は突然回復魔術が使えなくなってしまった。
一時的なショックによるものだと思われたけど、暫くしても全く治らなかった。
既に私のことを喧伝していた帝国や教会は、大慌て。
聖女の力を前提にした侵攻計画は、今更覆しようもなく、それを止めれば他国の侵攻は免れない。後戻りは出来なかった。
やむ終えず帝国と教会は、私の無能を人々に隠しながら、聖女という象徴と、自分達の体裁を守る事にした。
私は修道院の一室に匿われ、公務以外に人と接触する事は殆どなくなった。例えそれが肉親であっても。
こうして厳重に隠された私は、立派な聖女のハリボテになってしまった。
先代の聖女達のような"奇跡"を起こせない分、聖女"候補"という単語を挟んで。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ぅう、ありがとうございます……」
祖母の代わりになって6年経っても、未だ何一つできない私。それでも彼らは感謝の言葉を掛けてくれる。
だから、ほんの少しでも、彼らには救いを与えられていると信じたかった。
体を癒したり、直したり出来なかったとしても、せめて心を救う事が出来たなら、たったそれだけの思いで、私は祈り続けた。
日に日に増える傷病者、空いていくベッド。救えなかった人々。
帝国は攻勢をやめない、やめられない。聖女が万全な時と同じく戦わなければ、国は維持できず、将兵はそんな事を知らず、火の中へ飛び込んでいく。
目的はとうに逆転し、権威を、体裁を守る為に帝国や教会が行った欺瞞は、自らの首をゆっくりと締め続けている。
教会や修道院の裏に並ぶ墓標、苦しみに呻く声、それを横目にハリボテの私は保護されていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ある時、教会の目の前で倒れ伏した子供がいた。
私は駆け出して、その子の手を取ろうとしたけど、修道士に止められ、その子を優先させる事は許されなかった。
曰く、「順番を飛ばすわけにはいかない」らしい。
能力の無い私の体裁を取り繕うには、権威を保つ為には、そうするしか無いらしい。
倒れた子がどうなったのかは知らない、強いて言えば、その後見かけることは一度も無かった。
もし仮に、私が駆けつけたとして、はたして何が出来たのだろう。
"安らかな眠り"、とやらを祈るくらいしか出来なかったのかもしれない。
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