第3話 神判

 私の支援者は、もはや誰一人として居なくなっていた。


「支援者も"いなかった"ようだな。被告は二度の偽証をした。量刑はさらに重くなるだろう、それでは、次に被告へ問う、被告は罪を認めるか?」


 今更何をいってるのだろう。罪がある前提で話してたくせに。


「--認めません」


「それでは、次に雪冤宣誓せつえんせんせいによる、人格証明を行いたい所だが、先の偽証を鑑みるに、宣誓者がいるかどうか、どうだろうか被告、心当たりはあるか?」


 雪冤宣誓、12人の仲間の証言で、被告の人格が優良であると証明する……で合ってたかな、こんな事なら裁判の勉強でもしておけば良かった……もう遅いけど。


 だとしても、ここで誰かの名前を出せば、やはりその人達も始末されるだろう……或いは、もう既に。


「……いません」


「なるほど、被告を保証する者は無かったか。では、改めて断首か懲役かの審議に移りたい」


 冷えた言葉が淡々と述べられる。もう手続きがいかに狂っているように思えても、どうしようもない。


 何も知らない私には、どうあがいても身を守れないのだから、精々誰かを巻き込まないようにしか出来ない。


「やはり断首だ!」


「牢にかかる費用すら勿体ない!すぐにでも首を落とせ!」


 野次が飛び交う。ここは一体何処なのだろう。何が公正な裁判なのだろう。血走った目で、唾を飛ばす男女の群れは何者なのだろう。


 私を囲む人々は一体何をしているのだろう。


 私はこんなところで何をしているのだろう。


「--待った!」


「え……?」


 そんな時、待ったがかかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 それは救いの手ではない。


 発言者は、他でもないアリアなのだから。


「何でしょうか、アリア様」


 恭しく尋ねる裁判長。


「この者には自らの罪を認めておりません!故に真偽を神判で確かめる必要があります!」


 キッパリというアリアは私を見て、微笑む。自信に満ちた表情で。白々しい。


「なんと素晴らしい!アリア様はご慧眼だ!」


「自らの罪を認める余地を与えるとは!」


 狂ったように賛辞の言葉を吐き出すアリアのシンパ達、この空間で私の味方をする者は誰一人としていない。


「では皆さん、神判を行います!よろしいですね!」


 誰一人として異論はなかった。全会一致だった。鳴り止まない拍手は罪人へ投げつけられる石飛礫のように、私へ降り注いでいた。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 神判、それは罪の有無を、神の意志でもって判断するもの………だけど無罪の条件は過酷で、その証明は命を落としかねないものばかり。


 実質、罪を認めるか、死を選択するか迫っているに等しい。


「よかったです!クララさん、神判を行う事が出来て、では先ずは水審から始めたいと思います!沈めば無罪、浮かべば有罪です!」


 にこやかなアリアは、手を縛られた私を、薄氷の張った池へ追いやる。


「そんなの溺れて死ぬだけでしょう!」


「神判を否定するとは!恥を知れ!」


「うっ……」


 側に控えた異端審問官が私を殴りつけた。


「安心してください!私、聖女ですから!貴女の命は保証しますとも!」


 アリアは当たり前のようにそう言う。


「そんな言葉が……!っ!やめっ!」


 異端審問官は私を持ち上げ、水の中へ投げ込んだ。


 突然、体を包んだ冷水が心臓を跳ねさせ、一瞬で溺れたと錯覚させる。


 冬の冷え切った水は、すぐに体を凍えさせた。ただ浸かるだけでも苦しいと言うのに、こんな中で、沈み続けないと行けないなんて、そんな事、一体誰ができると言うのだろう。


 もがけば、自然と体は浮き始めてしまう、体の中の空気が体を浮かそうとしてくる。


 もし空気を全部吐いてしまえば、私はそのまま沈んでいられるだろうけど、そのまま死ぬだけだ。


 でも、別にもう、死んでしまってもいいかもしれない。私の味方は誰もいないんだから。


 そんな事が、頭によぎる。


 もう諦めよう。


 そう、何度も頭に言い聞かせて空気を吐く。


 体が沈んでいく。


 ……体が冷えて感覚が無くなっていく。


 ……心臓の音が遅くなっていく。


 苦しい、でもこれでいいの。


 苦しい、苦しい、もう諦めよう。


 苦しい、苦しい、苦しい。諦めて。


 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい!


 いやだ、死にたくない。


 いやだ、いやだ。死にたくない。


 いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!


 そうして、体は空気を求めて勝手に動いてしまう。


 勝手に、生きようとしてしまう。


 もう、そんな事をしても意味がないのに。


「あら!大変!浮いてしまいました!神よ!これは有罪という事でよろしいのでしょうか!」


 私には、名誉を守る事も、命を守る事も出来ないのに。

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