第2話 破棄

「……な」


 秘書官の言葉は信じ難いものだった。


「また、奥様やご兄弟は、貴女様を除き、"父親の罪を恥じて後を追ったようです"」


 私の抵抗は、無意味だった。


 既に、お父様も、お母さまも、お兄様も、弟も、皆?


「そんな馬鹿なっ……」


「供述を読み上げましょう。『私、アルベルト・ウタヌス・ハシュヤーラは"偉大なる"皇帝陛下を除くべく、"素晴らしき"この帝国に対しクーデターを計画した罪、資格なき娘を聖女に推挙した罪を認め、ここに自首し、いかなる処罰をも受容する、我が妻子はこの罪を認め、"美しい"帝国の地を汚す前に、去るべき火獄へ続く事を命ずる』との事です」


 記された署名は、お父様の筆跡ではあった。


 でも、文字は所々滲んだ"茶色いインク"で書かれ、押された拇印も、同じ色のもの……きっと最初は鮮やかな赤色をしていたのだろう、それが何かを想像するまでもない。


「なんて浅ましい一族でしょう!」


 声高に糾弾するアリア。


「全くだ!教会の名を汚す汚物め!」


「恥を知れ!この逆賊!」


 大仰に断罪するアリアの言葉に続く、判事や裁判官、傍聴する貴族達。


「どうやら、親族は"いなかった"ようだ。にも関わらず偽証を行った被告には、偽証の罪を負う事になるだろう。これ以上、罪を背負いたくなければ、正確に話す事だ。支援者に心当たりは。」


 これが偽証になる……?もう考えるのも嫌になる……支援者……まさか、私に関わった人々はもう……?


 私は恐れを口にした、してしまった。


「支援者……ロートリン公は……」


「こちらにおいでです、どうぞ」


 よかった……"生きては"いた。


 けども、その意味を考えれば、私にとっては、良かったとは言えないかもしれない。


 "まだ生きて、既にここにいる"という意味を考えれば。


「君には"投資"する価値も信用もなくなっている。我々は真なる聖女に対して投資する」


 すぐに現れたロートリン公の言葉は、予想通りだった。彼らは、とっくに私の味方ではなかったのだろう。


「それって……」


「つまりはこういう事」


 アリアが手引いて隣に立たせたのは、私の婚約者。ロートリン公の嫡男であるレオンハルトだった。


「道理で聖女らしくなかったわけだ」


 彼の目は侮蔑と軽蔑に彩られていた。


「レオン様!私は……私はそんな事をしていません!貴方なら、おわかりでしょう!?」


 それを聞いたレオンは、ため息を吐いた。


「はぁ……第一、君、聖女らしい事はまるで出来なかっただろう?」


「それは……」


 回復魔術が使えない私は、聖女としては役立たずだったのは事実、私には何も言い返せない。


「無能なりに、"努力"していた君は"嫌いでは"なかった。でも勘違いしてもらっては困る」


「勘違い……?」


「そうだ。君に向けていた感情はあくまで、憐憫と同情だ。使命をその身一つで背負った、"哀れな娘"に対してな」


「そ、そんな……」


 私は、血筋によって祭り上げられただけだった。


 次期皇帝と噂されるレオンと婚約させられたのも、教会の意向。


 それでも役割と名前に恥じないよう、努力していた。


 でも、その結果がこれ。しているつもりに過ぎなかったのだろう。


「聖女候補であり続けるために、少女を幽閉していたとは、実に恐ろしい」


 そんな事はありえない、出来るはずもない、それを彼が知らないはずも無い。


「なぜそのような事をおっしゃるのですか……レオン様」


 彼は"全ての事情"を把握している筈だから。


「……聖女と婚約するのであって、君では無いという事だ、もっと分かりやすく言った方がいいか?」


 そんなの、分かりきってる。


 ありもしない希望に縋ってしまった自分が、馬鹿みたいだった。


「婚約は破棄するって事だよ、偽物」


 その言葉を聞いても、もう驚きは無かった。

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