偽聖女として追放され婚約破棄された上に投獄された少女は、無慈悲な復讐者になる

銀杏鹿

第1部

第1話 破門

 私は何が起きているのか、一つとして理解できなかった。


 「クララ・アメストリス・ハシュヤーラ、被告は真なる聖女アリアを殺害しようとした罪で、聖女候補たる資格を剥奪し、教会より永久に追放、破門とする」


 裁判長は、私にそう申し渡した。


「それに伴い資産を凍結し、教会が徴収する。また身分を偽った罪により、断首、或いは懲役120年に処する」


 その罪状に、まるで身に覚えはなかった。


 名前も知らなければ、会ったことすらない本来の聖女──アリアとやらがいて、 私がその娘を幽閉していたと言うのだ。


 さらに私が聖女を騙り、彼女を虐げ、憎さのあまりに殺害しようとしたという。


 荒唐無稽すぎて、夢でも見ているんじゃないかと思った。さもなければ、何か別の目的が──


「然し乍ら、寛大なる主は、罪を悔い改める猶予を我らに与えている」


 判事は当たり前のように、贖宥状しょくゆうじょうを取り出した。


 ああ、やっぱり。そう言うこと。


 "贖宥状を購入して、コインが箱にチャリンと音を立てて入れば、霊魂が天国へ飛び上がる"


 腐敗しきったこの教会じゃ、こんな事は日常茶飯事、お金さえあれば何でも通る、ということ。


「被告が化粧料として浪費した全額、そして、他国へ横流しした10年分の領地収入の全額と対価に、この贖宥状を与えよう」


 帝国から与えられたお金なんて、みんな返還してしまってる筈、一体何を言ってるんだろう?


 私から資産を奪い取るのが目的なら、凍結して徴収するだけで充分……ということは、まだ目的は別にある……?いや、それよりも。

 

「……そのような金額、資産が凍結されるのなら、私に払う術はありません」


「被告は黙って聞きなさい!」


「っ……!」


 淡紅色の長い髪の整った顔の少女、真の聖女を名乗るアリアは、原告側の座席から、ピシリとそういった。


 裁判所は喝采に包まれた。


 法廷の席に座る誰もが、彼女の発言を賞賛するが如く微笑み、パチパチと拍手を打つ。


 公正な裁判所とは思えない、正気を失った空間、その中で私は一人孤立していた。


「ありがとうございます、アリア様。心配には及ばない、支払いは"親族ならびに支援者"からも受け付ける、心当たりはあるか。」


 なるほど、それが目的ってこと。


 温情のように聞こえるけど、ここで誰かの名前を上げたら、道連れに財産を没収され、処罰されるに違いない。


 そんな事は出来ない。


「……いません、私の罪は私だけのものです」


「これはいけない。神聖な裁判で偽証をされるおつもりでしょうか?」


 被告側、私の弁護士は笑顔でそう言った。


「貴方様にはご家族も支援者もいらっしゃるのでは?ご自分でおっしゃられないのであれば、私の方が申し上げさせて頂きますが、よろしいでしょうか?」


「何を………!」


 後ろから殴りつけられたような気がした。


 弁護士の声は、その場にいる人間全員が聞き取れるようなものだったから。


「神聖かつ公正な裁判では、偽証は罪になる、気をつけて"正しい言葉"を発しなさい。もう一度聞こう、心当たりはあるか?」


 どう転んでも、私の味方を全員道連れにするつもりらしい。


「……父がおります……」


 言いたくは無かった、私がすぐに父親の名を出さなねば、家族全員が処刑されかねない、そう考えて絞り出した言葉だった。


「……なるほど、ではその父親から--」


 判事が次の言葉を継ぐ前に。


「失礼ですが、クララ様。ハシュヤーラのご当主は、先程、大逆の罪で処刑されました」


 私の秘書官はそう告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る