第6話 辺境
私が10歳まで居た土地は、帝国の西側。帝国の中でも、特に冬の厳しい地域だった。
修道院は高い壁に囲まれ、その外には小さな町。そこから出れば、切り拓かれた平原と、背の高い木々が生い茂る、真っ黒な森ばかりの辺境。
冬になれば雪は降り積もって溶けず、凍った雪で身動きが取れなくなってしまう、だから修道院でも町でも、雪掻きは欠かせない。
雪の重さで修道院が潰れてしまうのではないか、なんて思ったものだ。
まあ、三角の屋根の上を雪が滑るから、そんな事は無いのだけども。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「姉様!見てください!樹が凍ってますよ!」
樹氷の森を前に駆けていく弟のアルサメナ。
三つほど年下の彼は、私よりも背が高く、やんちゃ盛りだった。
「アル……ちょっと待ってよ……早いって」
真っ黒な森も、冬には凍りついて白く化粧をする。木々が丸ごと凍りついてしまうのだ。
あの恐ろしげな黒い森も、冬には勝てないらしい。
私はあまり体が丈夫な方では無かったし、冬の過酷さをよく知っていたので、そんなに無邪気に楽しめなかった。
「遅いなぁ、姉様はもう少し外に出た方がいいでっ、おわっ」
はしゃぎすぎたのか、雪に足を取られて転ぶアルサメナ。
「大丈夫?」
「全然平気です!怪我しても姉様が直してくれるし……あ、これ……姉様?」
アルサメナが一応持ってきた木の笛が割れてしまっていた。
「……流石に物は治せないよ?それにむやみに力を使っちゃダメだってお祖母様が」
何かあれば音で誰かに知らせる為のだったけど、そもそも役に立つかは微妙なところだった。
「……ま、いっか!」
笛が壊れても全然気にしていない。もう少し物を大事にすべきだとは思うけども、この時の私達は望めば大体の物が与えられる程、優遇されていた。
だからこそ勘違いしていたのだろう、自分達ら特別な存在なんだと。
「早く見つけて帰らないと……」
「すぐに見つかりますよ!冬にはアルラウネは急に増えるのですから!」
私達が寒い思いまでして探しに出ていたのは、アルラウネという植物だか、小人だかよくわからないモノだった。
捕まえてきちんと世話をすれば、未来や秘密の事を教えてくれるとか、手に入れれば裕福になるとかなんとか。
「あ!姉様!何か雪から顔を出してますよ!」
「そんな直ぐに見つかれば誰も苦労なんて……っ!」
雪の中から出ていたのは黒い何か。よく見なくてもわかる。だってそれは。
「ダメっ!アルサメナ!それに触っちゃ!」
「何をそんな……ひぃ!ね、姉様!」
忠告を聞かず、雪を掘り返したアルサメナは、ひっくり返って青ざめてしまった。
「……行きましょう」
埋まっていたのは、黒く変色した子供の亡骸だった。この時期になるとよくある事だった。口減らしの為に黒い森に捨てられる、なんて事は。
植物のようなアルラウネが、冬に増えるのは、こうして捨てられた子供達の魂から生まれるから、と言われていた。
つまり、それを探しに行けば、思い知らされる。自分が生きているのは犠牲あっての事だと、そして更に裕福を望む強欲を。
だから誰も好んで探しに行ったりしない……それこそ、何も知らない子供以外は。
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