第百四十六節 機械仕掛けのセルリアン

 夜が地上まで脚を伸ばして、悍ましく蔓延る怪物を一堂に会す。クオは果たして何の縁か、セルリアンを束ねる者と戦う定めにあるらしい。

 来るべき乱戦に備えて刀を構え、銀に輝く刀身に黄金色の光を纏わせる彼女だったが、相手の戦術はスピカと大きく異なっていた。


 怪人はセルリアンを集団で嗾けるような行いはしない。


 その先に迎える路が各個撃破の鼬ごっこであることを悟っている為だ。



 フレンズの体躯を切り裂く鋭い両腕を持つ――いつかの時代ではハンターセルと呼ばれていた――漆黒のセルリアン。


 ソイツに、周囲にいた何でもないセルリアンの身体を千切って、貼り付けて、混ぜこぜにして、十数倍もの大きさを誇る怪物に仕立て上げて、クオの眼前に立ちはだからせた。


 ”人造”と呼んで良いかは分からぬが、とにかく改造されたセルリアン。


 便宜上、『ゴーレムセル』とでも呼ぶとしよう。


 ゴーレムセルは、自身を構成する継ぎ接ぎの境から甲高く軋む音を立てながら、何十もの目を集約した一つの複眼を持つ頭を動かし、最初に自分を生み出した怪人の方を向く。


「ふふ、気分はどうだ?」


 尋ねられても、ゴーレムセルに言語機能はない。

 しかしその怪人が自分の主人であることを本能で察したようで、重々しい身体を屈めて彼は恭しく傅いた。


 そんなゴーレムセルの目の前で、怪人は先程スピカから奪い取った王冠をコツコツと指で叩く。


 まるで見せつけるような所業。

 到底、真の王が行う所作ではない。


 だが恭順する被造物。


「征け、我が配下よ。あの生意気な狐を葬ってしまうがいい」


 下命を拝し、咆哮と共に点を仰いだゴーレムセルは、排除すべき敵であるクオに禍々しい複眼を向けて、ドシンドシンと地面を揺らしながら歩き始めた。


「…ふーん」


 クオは、一旦は様子見をしながら後ろに下がる。とにかくゴーレムセルの腕が届かない距離で、相手の動向を探る腹積もりだった。というのも彼女の目には、あのセルリアンが然程強くは見えなかったのだ。


 確かに身体は大きく、重い一撃を食らえば一溜りもない。

 しかしその分だけ動きが鈍重で、しかも今のクオは月の力を借りて格段に機動力を伸ばしている状態だ。


 注意してさえいれば、負ける道理は無い。


 そう考えたクオは、ゴーレムセルへの関心も程々にしつつ、その後ろに立っている怪人に主な意識を向けていた。


 普通に考えればあっちの方が脅威だろう。きっとその気になればゴーレムセルも量産できるだろうし、カントーの一幕の記憶から奴本人の戦闘力も相当なものであることが窺える。


 しかもスピカの……奴の出現に驚きつつも、存在自体は前々から知っていたかのような反応。


 絶対に何かある。

 クオは確信していた。


 ともあれ、今は戦いが優先だ。


「―――ッ!」


 まずはゴーレムセルを始末しよう。

 力を溜めた脚で空中に飛び出して、小手調べの光弾を撒き散らす。

 これで斃れてくれるなら楽で良いのだが、果たして。


「…ふむ」


 光弾を受けて輝くゴーレムセルを、怪人が興味深そうに見つめる。

 そしてその数秒後、靄の中からほとんど無傷のゴーレムセルが姿を見せたのだった。


「ちぇっ、ダメかぁ」

「面白い力だが、この程度ではやられぬぞ」


 ギコ、ギコ。


 関節から心配になる音を立てながら、ゴーレムセルは歩き出す。360°自由に回せる上半身をぐるりと、大きく腕を伸ばしながら一回転をして、勢いよく辺りの草を薙ぎ払った。


 簡単に表現するなら、上半身と下半身の間に切れ目があって、分かたれた上と下の身体がそれぞれ別個に回転できる、といったところ。


 つくづく、生き物には再現できない動きである。


「はぁ、ふぅ…」


 クオは大きく深呼吸をして、再び土を蹴る。


 今度は一挙に突き進み、一瞬のうちにゴーレムセルの懐まで忍び込んだ。そして目にも止まらぬ刀捌きで、息つく暇もなく斬り付けていく。

 閃く月光は彼女たちの姿を丸々と覆い隠し、眩い景色の中、仄かに見えるのは縦横無尽に動き回るクオの影。


 一方的に攻撃されながら、ゴーレムセルは一向に動かない。


 クオの動きに対応できないのか、この一気呵成の攻撃すらも意に介していないからなのか。窺い知ることは不可能だが、奴が未だ健在であることは確かである。


 と、ここで斬撃が止む。


 それを待っていたかの様にゴーレムセルは大きな腕を動かして、クオの胴体を狙い澄ました一撃を繰り出した。


「…効かないからっ!」


 だがクオも百戦錬磨。

 自分に向かってくる腕を蹴り飛ばして、一気に距離を置いた。

 そして良い機会だ、戦況を俯瞰する。


(さっきよりは傷ついてるけど、ほとんど無傷だなぁ…)


 規格外の頑丈さに呆れて、上半身と下半身の境目に目を向ける。合理的に考えてみれば、あのゴーレムセルの一番の弱点はあそこしかないだろう。機械の最も脆い部分は部品の繋ぎ目、そう相場は決まっている。


 中々狭い弱点だが、問題はない。

 刀と光の斬撃なら、十分に奥深くまで届けられるだろう。


 相手に次の行動を取られる前に、クオは飛び出す。


 そして刀身を光で数倍にも伸ばし、ゴーレムセルの身体を中心で真っ二つに切り離してしまった。


「…へへっ」


 思わず漏れ出る会心の笑み。

 ゴーレムセルは身体の制御を失い、上半身をまるでコマの様に高速で回転させながら、最後の抵抗とばかりにクオにゆっくりと近づいていく。


 グルグルと回る腕。

 だけれど、その攻撃はついにクオに届くことはなく。


 ―――ドシン。


 重厚な音を上げて、巨大な機械の半身が地面に落ちる。

 それを最後にピタリとゴーレムセルは動かなくなった。


「…次はアナタだよ」

「見事だ、よもや此程簡単に勝ってしまうとは」


 ぱちぱちと疎らに拍手をする怪人。

 焦りの見られない様相からは確かな余裕が滲み出る。

 クオが刀を向けるが、怪人はそれを手で制止した。


 ……フードの下で不気味にほくそ笑みながら。


「いや、まだ我らが戦う時ではない」


 返答にクオは面食らう。

 そして、怪人を睨みつけて言った。


「…逃げるの?」

「まさか。折角生み出したセルリアンとの戦いが、これでは興醒めだろう? もっと刺激的な延長戦を用意してやる」


 いつの間にかソレはゴーレムセルの残骸の横まで歩み寄っていて、既に動かなくなった上半身に手を添える。


「―――起きろ」


 怪人がそう声を掛けると、ゆっくりと死体が集まって。

 どうにも覚束ないような動きで、それでも確かに起き上がった。

 倒されたセルリアンが生き返る瞬間である。


 そして、まだ終わらない。


 怪人は更にセルリアンを呼びだし、ゴーレムセルの身体に改造を施していく。


 腕を大きく変えた。

 ファングセルの身体を使って。

 唯の丸太だった腕の先に、大きな牙を付けた。


 背中にも新しい部位を付けた。

 鳥のセルリアンを10体くらい使って。

 身体の二倍くらいの幅の翼を与えた。


 胴体も更に頑丈に、セルリアンを発射する砲台を付けて、遠距離攻撃まで出来るようにしてしまった。


「う、うわぁ…」

「…なんて恐ろしい」


 ついに完成した、新しいゴーレムセルの悍ましい見た目には、ずっと沈黙を保っていたスピカすらも声を漏らした。


 そしてその怪物は、クオの方を向いた。


「ほう、自分を殺した相手が分かっているようだな」

「っ…!」


 目を合わせた途端の危機感。

 クオの本能が危険を察知し、全ての神経を尖らせる。


 怪人はその姿を嘲笑い、ゴーレムセルに命令を下す。


「我が配下よ、今度こそ月を喰らってみせろ」


 死闘は続く。

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