第百二十六節 悪食の獅子が吼えた訳
とても不思議なことに、デネボラの住処に到着した頃には、クオの中の彼女に対する恐怖心はすっかり薄れてしまっていた。
それは時間が経って冷静になれたこともあるし、道中で他愛のない会話を交わして、彼女の人となりを知ることが出来たからでもある。今では寧ろ好感の方が大きいけど、第一印象が悪すぎた反動だと思うな。
とにかく、会話は普通にこなせそう。
荒っぽい展開になることも……まあ無いと思う。
「ま、とりあえずは自己紹介だ」
だけど意外だな。
「オレの名前はデネボラ、見ての通りライオンさ。まあ、どうにも普通のフレンズじゃあねぇみたいだがな」
何がって、デネボラのお家のこと。
洞穴にでも住んでそうなワイルドな雰囲気をしてるのに、目の前に現れたのは案外普通の家屋だったんだ。
誰かから借りたのかな、それとも昔のヒトのお家かな。ホントに普通に暮らしやすそうで拍子抜けしちゃった。
と、そんなこと言ってる場合じゃないね。
自己紹介はちゃんとやらないと。
「…クオだよ」
「コモドドラゴンと申します♪」
「おう、よろしくな」
そう言いながらデネボラは、机の上の籠からミカンを取って投げつけてきた。折角貰ったから食べたけど、トロけるように甘くてすごく美味しかった。実を一つちぎって割ってみると、中の果肉はまるで宝石みたい。
ふふふ、思わぬ儲け物を見つけちゃった。
もっと食べたいなあ。
そんな想いを乗せた視線を、デネボラにじっと向けてみる。
「で、お前らは、なんでアルシャトを探してたんだ?」
無視された。
デネボラには人の心がない。
ライオンだからかな?
……じゃあ勝手に取っちゃおっと。
二つ目のミカンをモグモグしながら、気になったことを尋ねてみる。
「それ、あの山羊の子の名前?」
「……おいおい、名前すら知らずに探してたのか」
「だって教えてもらってなかったし」
話す傍ら、イヌガミギョウブの態度を思い起こしてみる。クオの印象だと、アルシャトの名前を隠しているような話し方じゃなかった。
多分、外見の特徴だけ覚えてて、名前は知らなかったんだと思う。
まあ持ち物を盗まれただけの関係性だから、それも仕方ないのかも。
「ふむ。つまりお前らは、誰かに頼まれてアルシャトの奴を追ってたってことか」
どうしよう、明かすべきかな。
別に”隠せ”とも、”隠すな”とも言われてない。
まあ、態々ややこしい話にすり替える必要もないし、黙っておこっか。
「そんな頼み事をするような奴は……多すぎて絞れそうにねぇな。なんせアルシャトは大泥棒だ。アイツに持ち物を奪われたフレンズなんて、ちょっと探せば幾らでも出てくるだろうさ」
となると、アルシャトは相当有名。
―――じゃなくて、かなりの悪名が轟いてる。
そんでもって未だに捕まっていないんだから、間違いなくアルシャトの逃げ足は物凄く素早い。
世紀の大怪盗、アルセーヌ・ルパンもきっとビックリしちゃうね。
「恥ずかしながら、オレもその口だ。もう戻ってこないものばかりだが、だからと言って野放しにしておく訳にもいかないだろ? 悪いことには、キッチリ落とし前を付けてもらわなくちゃならねぇ」
その主張は良く解るよ。
泥棒猫には必ず報いを受けさせる。
場合によっては、ソイツの命を以てしてでも。
……楽しみだね、その時が。
今度は絶対、やり損ねないからね。
「だからオレは、アイツを追っている」
クオは別に、デネボラの因縁なんて知ったことじゃないけど、それでも、アルシャトについて一番詳しいのは他でも無い彼女だから。
ありがたくいっぱい、アナタの想いは利用させてもらおうかな。
「まあ、自分語りはこれくらいにしておくさ」
さあ、やっと本番だね。
「お前たちもアルシャトを追うつもりなら、覚悟しておいた方が良いぞ。アイツは盗みを働くような不届き者だが、逃げる力だけは本物だ」
あはは、ひどい言い様。
だけどまあ、唯一無二の取り柄がある分まだマシかな?
実際ソレが、どうやらこれ以上なく厄介みたいだし。
「もしかして、あの時の…」
「察しが良いな、その通りだ」
そう言って思い出したのは、あの時の超常現象。
というか、他に無いよね?
「とっても不思議なことでしたよね。クオさんが突然、デネボラさんの目の前に行ってしまったのですから」
件の現象に巻き込まれたクオ自身も、何度あの時の景色を想起し直してみても、果たして何がどうなったのか全く理解が及ばない。
デネボラすら詳細を知っているが故、この現象の難解さをよく理解してしまっているようで、内容が明確な言葉として形になるまで、かなりの時間に渡って難儀し続けていた。
すると、思考に耽る頭が糖分を必要としたのかな。デネボラの大きな手は、机の上にあるミカンの籠に向かって伸びていく。
でも残念だったね。
そこのミカン、クオが全部食べちゃった♪
「……」
恨めしげな視線を受けて目を逸らしながら、またしばらくが経った後。やっと言葉が頭の中で形になったようで、ついにデネボラが口を開いた。
「完全に正しいことは保証できないが、ずっとアイツを追いかけ続けた経験があるから、オレはアイツの『能力』のメカニズムを説明できる」
デネボラはそこで肩を竦めて、とても端的に答えを告げた。
「―――アイツは自分の身に危険が迫った時、周囲にいる誰かと自分の立ち位置を入れ替えることができる」
もぐ、もぐ、もぐ。
鼓膜を打った声の中身を咀嚼して、脳裏に焼き付いた映像の上にぺたりとイメージを張り付けて、クオは理解した。それと同時に、未来の見通しが八方塞がりになったようにも感じた。
ただ話を聞いただけで、アルシャトに勝てる気がしなくなってきた。
「信じられるか、まるで魔法だろ?
けど、それが本当に起こってるとしか考えられないんだ」
クオは刀を研いで、必ず仕留めようと思った。
コモモちゃんは毒で、不意打ちを仕掛けようと思った。
だけど、現実はどう?
一撃必殺の刃だって当たらなければ誰も倒せないし、世界一の猛毒だって喰らいさえしなければ斃れる訳がない。
当てなきゃ意味ないし、避ければ全部無駄。
それを全身で体現したのが、アルシャトの特技。
「救いなのは、アレは好き勝手に使える力じゃないことだ。じゃなきゃ、オレに追い詰められるようなことも無かっただろうさ。それでも、逃げに徹するならこれ以上の力はない」
そう、何より厄介なのはアルシャト自身。
自分にできること、できないことを良く解っていて……だからあの時も、クオ達には目もくれずに逃げ去っていった。
というか無理じゃん、こんなのさ。
「だけど、1つだけ抜け道がある」
……通用するモノだといいけど。
「アイツは、『危険』と『自分』を入れ替えられない。近くに第三者が居ないと、自分の身代わりとなる生贄を用意することが出来ないんだ」
鍵になるのは第三者。
つまり、アルシャトに危害を及ぼさない全くの他人。
どうやって判別してるのかは謎だけどね。
「そういう訳でオレは、ずっと一人でアイツを追いかけ続けてきたのさ」
まあ確かに、『抜け道』と呼ぶことはできるかも。
これが対抗策のヒントになってくれるといいんだけど。
―――そっちはキュウビに任せようかな。
『ええ、私に委ねなさい』
なんだかんだで目途は付きそう?
まあキュウビ次第だけど、希望がある分まだ良い感じ。
クオはすっかり安心して胸を撫で下ろした。
すると奥の部屋の方から、ピーピーと何かを警告するような電子的な音が聞こえてきた。デネボラはそれを聞いて立ち上がり、奥へ向かおうとする。
「おっと、もう充電の時間か?」
「…どうしたの?」
「あぁ、まあな。ちょっと待っててくれ、すぐに戻る」
その言葉通り、デネボラは奥でガタゴトと物音を一頻り立てた後、すぐにこっちの部屋まで戻って来た。
「……待たせたな。何のことはない、ラッキービーストの充電さ。アイツは元々、アルシャトのペットだったんだがな」
ラッキービーストを、ペットに?
その行動の意味がよくわかんなくて、クオは首を傾ける。
デネボラは乾いた笑いを浮かべた。
「簡単な話さ。近くに居れば、身代わりにできる」
あぁ、それは賢いね。
クオは全然、そんなこと思いつきもしなかったよ。
「気分の悪い話さ。……って、そういやお前が全部食っちまったんだったな」
えへへ、美味しかったよ。
「まあいいや、コレにするか」
「ペットボトル? なにするの?」
「何って、決まってんだろ」
ケラケラと笑いながらそう言ったデネボラは、手に取ったペットボトルを彼女の口元へゆっくりと近づけて―――
「……え」
「食うんだよ、こんな風にな」
目の前の光景に理解が及ばなかった。
ただハッキリと見えたのは、歯型に掛けたペットボトル。
「言わなかったか?
オレは、『食べるのが得意』なんだぜ」
―――そういう意味だって、普通思わないじゃん。
『…イイわね、それ』
(えっ?)
突然、頭の中で響いたキュウビの声。
『やんちゃな泥棒さんを捕まえる方法、一つ思いついちゃったわ』
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