第九十八節 「着るだけ」と菓子、しかと気だるき

「さあソウジュ、戦いか悪戯かTrick or Treatや!

 ウチと戦わないなら、最大級の悪戯を受けてもらうことになるでっ!」

「いや、どうしてそうなるの…?」


 ロウエの瞳はキラキラ。

 金属の杖がギラギラ。

 闘志の炎もメラメラ。


「おっ、なんや?

 負けるのが怖いんか?」


 ついでに煽りも鋭い。

 片手に扇で風を浴びながら挑発してくる。

 いったい、何処で覚えたんだろうね。


 そして、ロウエの後方でずっと囃し立てているタレス。

 どうにも、逃げ道はないようで。


「……分かった、戦うよ」

「おう、その意気や!」



 菓子も悪戯も興味は無いけど、もはや仕方がない。



(なんで、こんなことになっちゃったんだろう…?)



 戦いの準備をしながら、僕は今朝からの出来事を思い返すのだった―――




§




「ソウジュ、今日はハロウィンだってっ!」

「えっ、ハロウィン?」


 朝の散歩から帰ったクオは、ドアを開けるなりそう言った。

 そのとき僕は、数日後に迫っている次のちほーへの出発に備えて、部屋の片づけを始めていた。


 クオは物欲しそうに、上半身を揺らしながら近づいてくる。


「えへへ、トリックオアトリート! お菓子をくれないと~~」

「はい、キャンディ」

「……えー」


 バッグの中にあったリンゴ味の飴玉を差し出す。

 クオの要求通り、お菓子をあげた。


 でも、彼女の表情は不満そうだった。


「…お気に召さなかった?」

「そうじゃないよ。でも、ムードがないっていうか…」

「うーん、そう?」


 言葉を途中で切っちゃったのがいけなかったのかな。


「むぅ~……えいっ!」

「わぁっ!?」


 フォローしようかと悩む暇もなく、背中に何か冷たいものを入れられる。


 これ…氷かな…?

 身体と服の間で融けて濡れて冷たくて……あぁ。


「な、何するの…?」

「えへへ、イタズラだよっ」

「お菓子はあげたじゃんっ!?」

「トリック、、トリート~っ!」


 あはは、浮かれてるなぁ。


 氷を取った後、乾いたタオルで背中の水を拭き取る。

 まったく、ちゃんとお菓子は渡したのにね…?


 …と、突然後ろから声を掛けられる。


「おぉ、楽しんどるようやな」

「ズルいわね、アタシたちも混ぜなさい?」


 うわ、なんか増えた。


「おはようロウエ、それに……タレス?」

「久しぶり。サンカイ以来よね」


 玄関でノックすることもなく、平然と入ってきた二人組。

 そしてその片方は、僕の思いもよらぬ人物だった。


「へぇ、弟子リカオンの里帰りついでに」


 それでリカオンも、あんなタイミングでやって来たんだね。

 言うなれば唯の偶然だけど、僕たちとしては助かった。


 しかも、タレスはお城の方の戦いで大活躍したというのだから驚いた。サンカイで目の当たりにした彼女の強さは、異邦の地でも変わらず健在であったらしい。


 ……メリが来てたら、セルリアンを洗い流したりとかしてたのかな。


「ロウエも、無事だったんだね」

「当たり前やろ? ウチはとっても強いんやから」

「だけどその割には、かなりピンチだったみたいだけど?」

「それは…相手が悪かっただけや…」


 端を歪ませて口を挟んだタレス。

 弱腰になって反論するロウエ。


「…おほん。それはさておき、や」


 あ、誤魔化した。


「二人とも、ウチらと一緒に来おへんか?

 折角のハロウィン、大勢の方がきっと楽しいハズやよ」


 どうやら二人がここに来たのは、僕たちをハロウィンのイベントに誘うためみたいだ。向こうだと俗世の催しに興味のなさそうだったタレスまで乗り気になっている辺り、ロウエが何か吹き込んだ可能性もあるか。


 まあ、僕らには関係のないことだけど。


「うん、行くよっ!」

「…クオがそのつもりなら」

「素直やあらへんのお。ま、ええわ」


 素直も何も、本心だけどね。

 クオが行くなら僕も行くし、逆も然り。


 これで何度目になるか覚えてないけど、彼女と一緒に旅を始めた最初から、それが僕のスタンスだった。



 ―――最近はそれも、ちょっぴり崩れたりはしたけれど。



「さあ、カントーのフレンズというフレンズから、ありったけのお菓子を巻き上げに行くわよっ! アタシこそが、パークの甘味全てを手に入れるに相応しい存在なんだからっ!」


 あ、貰う側なんだ。


「タレス、張り切ってるねっ」

「…甘党らしいからね、あの子」


 タンフールーだっけ?

 食べ過ぎて虫歯になって、ピーチパンサーに叱られて。


 彼女のそういう無邪気な一面を見たことがあると、少なくとも「あげる側」じゃないってことは薄々感じ取れるかもしれないね。


「アンタ、なんか文句でもあるの?」

「いいや、なんでもないよ」

「…ふん」


 今度のハロウィンは、荒れそうだ。

 タレスを見て、僕はそう感じたのだった。




§




「いらっしゃい、何かご入り用かな?」

「おう、ちょっとな~」


 ロウエとタレスに連れられ、四人で向かったハロウィン巡り。

 その最初の目的地はなんと……服屋だった。


「ねぇ、なんでここに?」

「実は~、棚の後ろとかにお菓子が隠されてたり~」

「いや、せえへんで?」

「え~…」


 クオの反応はもっともだ。


 僕らがお菓子をあげるにしても……もしくはタレス曰く、『みんなから巻き上げる』のだとしても、まさか、いの一番に服屋とは。


 ハロウィン初心者の僕たちには解らない、何か奥の深い目的でもあるのだろうか。


「君たちもしかして、ハロウィン衣装が欲しいのかい? それだったら、ラッキービーストたちが用意してくれた仮装用の服があるよ」


 店員さんらしきフレンズがそんなことを言う。

 それを聞いて、僕は合点がいった。


「私はメンフクロウ。

 色々あって、ここの服屋さんにお世話になっているんだ」


 自己紹介を軽く挟んで、彼女は品物を取りに店の奥へと姿を消した。


「……まあ、衣装が目当てなら」


 よく考えれば、ハロウィンだからね。

 変装してこそのイベントでもある。

 話に聞いてただけだから、分からないのは仕方なかった。


 程なくしてから、メンフクロウが、大きな箱に山ほど詰め込まれたハロウィン衣装を持ってくる。


 すると先んじて、ロウエが箱を漁り出す。

 ”あれでもないこれでもない”と独り言を呟きながら、僕らに似合いそうな服をそれぞれに選んでくれたようだ。


 腕いっぱいの服を選り分けて、一人一人に配り始めた。


「ウチはコレ。

 タレスはこっち。

 クオちゃんにはこれを着てもらって…」


 ロウエのは悪魔。

 タレスのは包帯まみれのミイラ。

 クオのはヴァンパイア。


「ソウジュ。キミにはこれを着てもらうで」

「……これ?」


 ぱちくりと瞬きをして、渡された服をまじまじと観察する。


 あからさまに短い裾の和服。

 大きくて可愛いデザインの白いリボン。

 ”バカにされている”と感じるほど華奢な箒。


 僕の見間違いじゃなければ。


「これ…女の子用の服だよね?」



 それが、僕に渡された仮装セットだった。



「すまないね。フレンズのお客さんしか来ると思っていなかったから、彼女たちに合う服しか置いていないんだ」


「だとしても、他には無いの?

 タキシードとか、そういう服を着てみたいフレンズも居ると思うんだけど」


「ほーん、粘るのぉ…」

「そりゃそうだよ。誰が好き好んで女装なんてするんだ…」



 僕の要望を聞いて、メンフクロウはもう一度、沿うものがないかと店の奥を探しに行く。しばらくすると戻ってきて、「思い出した」と言いながら件の衣装の行方について教えてくれた。



「そういえば、確かにいたね。

 その子に、店にある唯一のタキシードを貸してしまったよ」

「……そっか」


 良いアイデアだと思ったんだけど。

 残念だ、先客がいたとは。


「ふふん、つまりはそういうことやね」

「ど、どういうこと…?」

「キミは大人しく、コレを着るしかないってことや」

「や、やだよ…!」


 これ見よがしに女の子セットを押し付けてくるロウエから、僕は全力で逃げ惑う。

 たとえ天地がひっくり返ったって、こんな変な服着てやるものか。


「なんや、この期に及んで抵抗するんか」

「た、足りないなら別に、着なくたってハロウィンは楽しめるよ」

「あら、そんなことをしたら一体感が無くなっちゃうわ」


 ああもう、タレスまでロウエの肩持ってるし。

 困った僕は、もちろんクオを頼る。


「く、クオはどう思うの?」

「ソウジュの女装、少しだけ見てみたいかも…」

「ハロウィンよりそっちなのっ!?」


 意外な所に伏兵が居た。 


 むしろこれ、ハロウィンが終わった後も警戒しなきゃいけなかったりする…?


「3対1、決まったようやな」

「別に、多数決で決めるものじゃないってば…!」

「ふふっ…せやろか?」


 あれ、なんで笑ってるの…?


「そうなると……実力行使で決めるしかなくなりそうやな?」

「……えっ?」


 そ、そういう感じかあ。

 力尽くで着せられちゃうパターンかぁ。



「さあソウジュ、戦いか悪戯Trick or Treatや!

 ウチと戦わないなら、最大級の悪戯を受けてもらうことになるでっ!」


「いや、どうしてそうなるの…?」



 ―――と、いうような具合で、話は最初に戻る。




§




「クオ、いつものお願い」

「うーん…どうしよっかなぁ…」

「…クオ?」


 普段のように力を借りようと、僕はクオに手を伸ばした。

 だけど何故か、今日のクオは貸し渋りをする。

 やれやれ、不景気に悩まされてる銀行じゃないんだから。


 そして何方に着こうか迷っている様子に目を付けて、ロウエがクオの欲望をつっつき、彼女を向こう側へと引き込もうとする。


 でも大丈夫。

 クオは、いつだって僕の味方で居てくれたんだから。


「なぁクオちゃん。ソウジュの女装姿を見てみたいなら、手を貸しちゃアカンで?」

「…そっか、そうだよねっ!」



 ―――あれ?



「クオ、嘘だよね…?」

「えっと…ごめんねっ!」

「……そんな」



 クオが、向こうに行っちゃうなんて……。



「頑張りなさい、アナタならやれるわっ!」

「うるさいな、よくもまあ抜け抜けと」



 なんで…どうして…。



「ダメね。あの子に裏切られた悲しみで闇に堕ちているわ…」



 ロウエがそのつもりなら、僕も容赦はしない。

 クオの力を借りられなくても、僕の持つ最高火力の星座で一気に勝負を決める。



「『星質同調プラズム・シンパサイズOrionオリオン』」



 拳に、ありったけの力を込めた。



「さあ行くで。ウチらの本気の戦いの始まりや」

「……潰す」


 ロウエだし、多少強く打っても砕けたりしないよね?

 向こうもどうせ、手加減なんてしてくれなさそうだし。


 お互いに睨み合い、機を狙い、緊張が最高に高まった一瞬。



 ―――そこに、横槍が一つ。



「ちょっと待ちなさい、お店の中で戦ったら迷惑になるわ」



 そう、タレスはただの傍観者ではなかった。

 この無益な戦いを終わらせるべく……ひとつ、毒針を振るったのだ。



「え…なんで…」



 ―――よりにもよって、僕に向かって。


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