第3章/積もり積もって
「ありがとうございましたー」
バイト先の店長に頭を下げて、私は店を出る。兄にバレないよう、家から遠く離れたバイト先を選んだのが間違いだったかもしれない。そのせいで、いつも帰るのが遅くなってしまうのだ。
今日は学校が休みなので出勤も早く、結果的に上がる時間も早くなった。このまま、友人の家に向かおうかと考えていると、少し離れた場所に見覚えのある2人の姿が見えた。
「理世……?」
どうして、あの子が兄と一緒にいるのか。疑問と同時に不安も生まれる。時間を確認するとまだ余裕があったので、少しだけ後をつけて様子を伺うことにした。
「……」
歩いていくうちに段々、人混みから離れていった。いつしか、前を歩く兄と理世、そして私くらいしかいなくなっていた。
記憶にある道を歩きながら、自分がどこに向かっているかが私は薄っすらと分かるような気がした。そして、2人が一軒のアパートに入っていくのを見届けた後、その場で呆然と立ち尽くす。
ここは、私達家族が住んでいたアパートだ。このボロさ、忘れるわけがない。だが、この場所に2人は何の用があるというのか。さすがに真相を知るまで帰る気にはなれず、かといって浮気現場に突入する妻の如く、部屋の中にまで入る勇気もなかった。
だが、バンッと唐突に部屋のドアが開き、私はギョッとして動けなくなり、すぐには隠れられなかった。出てきたのは顔面蒼白の兄の姿だった。兄はすぐに私の姿を認めると、驚いた顔をした。
「摩理? なんでここに?」
「そっちこそ。なんでこんな場所にいるの」
「いや、それは……」
目を泳がせてすぐには答えられない兄。絶対、何かやましいことがあるに違いない。段々、怒りが沸々と湧き上がってくる。何か言ってやろうと私が口を開けると同時にまたしてもドアが開いた。
「どうして、逃げるの? ……って、あれ? 摩理ちゃん?」
「理世」
現れた理世の姿に私は思わず目を瞬かせた。彼女の格好は、記憶にある昔のままだったのだ。
「これは一体、どういう状況なのよ」
そうは言ったものの、私は正直、知りたいようで知りたくないような複雑な感情だった。
* * *
「《レンタル妹》? 引くわ」
事情を聞いた私は心の中で思ったことを口に出していた。
「喧嘩した時にお前が言ったんだろ。《レンタル妹》でも頼んでみたらって」
「だとしても、本当に利用するのは違うでしょ。しかも、その相手が……だし」
チラリと、隅にあるベッドに座る理世を見る。さすがに外で話をする内容でもないと部屋の中に入ったのだ。だが、入らなければよかったと後悔した。ここも、まるで昔の再現をしたかのように同じだったからだ。
「ねえ、理世も何か言ったらどう? そもそも、どうしてアンタが《レンタル妹》をしているのかが分からないんだけど」
「お金になるから。それに、利用してくれるお兄ちゃんは皆、優しいからね」
「それじゃあ、もう一つ。どうして私の兄と会ったわけ?」
「妹を求める人がいたら、私は誰とでも会うよ。あと、お兄さんとは個人的に会いたかったのもある」
「この人、どんな妹を求めているわけ? 要望欄とかあるんでしょ」
「言っていいのかな」
理世はどこかこの状況を楽しんでいるようだった。私は苛立ちを隠しながら、手で話をするように促した。
「優しい妹、だって」
その言葉を聞いた私はバツの悪そうな兄を一瞥した後、ため息をついた。
「まあ、この馬鹿は置いといて……この家は何? まるで、昔に戻ったみたいだ」私が思わず苦々しげに呟くと、理世が言った。
「私は、摩理ちゃんと一緒に遊んでいた時が人生で一番幸せだった。今でもずっと」
「だから、部屋を再現したって? ……私だって、戻れるものなら戻りたいよ。両親がいたあの頃に。だけど、それは無理なことだから嫌でも前に進むしかないんだよ」
「……」
理世は何を考えているか分からない顔で黙ってしまった。私は、同じようにずっと何も言わない兄に声をかける。
「それで、どうするつもり? ここで、偽物の妹と一緒にずっといる?」
兄が何か言おうと口を開ける前に私は続ける。
「それとも、私と一緒に帰る? ……兄貴」
久しぶりに呼ぶと、案外しっくりくるなと私は頭の片隅で思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます