第22話 凶兆

 アンナによる懇切丁寧な説明を受けた後、零斗はサリアと出会った森へ足を運んでいた。

 目的は何かと言えば、今日の宿代稼ぎをすべく、魔物討伐するためである。

 

 この世界において魔物とは滅すべき存在として認知されており、特に依頼等がなくとも魔物を討伐すれば報奨金が出る仕組みになっている。

 それなら別に冒険者にならなくても良いのではないかと思うかもしれないが、討伐報告するのは冒険者ギルドが最も手続きも早く、無駄に素性を問われないため都合が良いのだ。

 それに選んだのは手っ取り早く身分証が欲しかったからというのが大きな理由であり、すぐに稼げるのはあくまで副産物として考えていたため、やはり冒険者以外の択はさほど考えていなかった。



 ちなみにここに来る前にアンナに止められたものの、安定の無視を決め込んだ。『迷宮』にいる魔物ならまだしも、零斗にとって今更脅威にもならない。

 また、浅い所では魔物の出現率が大幅に下がるため、深部に足を踏み入れていた。


(……この辺か)


 ほんのわずかではあったが魔素が濃くなった辺りで進むのをやめ、零斗が地面に手を当て目を瞑り、聴覚と触覚に集中する。

 常人の何十倍にも鍛え上げられた感覚は、すぐに周囲の情報を零斗に伝える。


(――――四匹。振動と足音からするに小型、四足歩行……ペースはやや早いな)


 ただの野生動物である可能性もあるため、さらに零斗は魔力感知に切り替え、気配を探る。

 そして、僅かに四つの気配が動くことから、群れが魔物で間違いないと裏付けができたので、今度は知識に照らし合わせ、魔物の種類を推察する。


 そして、目星がついた時、零斗は気配の元へ向かうべく、地面を蹴った。

 木々の間をすり抜けて、魔物の元へたどり着いた時、零斗の目に入ったのは予想した通りの者らだった。


「やっぱ『パノルゴス』か」


 ハイエナのような外見が特徴の、木々に同化するようにまだら模様がついた若草色の毛並みに丸まった背。

 パノルゴス達は、突然現れた未知の存在に一瞬たじろぐも、すぐに威嚇の姿勢に移り、唸り声を上げ始めた。

 その対応力の高さは良いことだが、零斗が姿を見せてから警戒する時点で

 

「……ま、良いか」


 呟きと共に、パノルゴス達の視界が回った。

 そして、何をされたかも理解しないうちに、彼らは絶命した。その後、間を置かずにパノルゴスの落ちた頭から耳を切り取って、ギルドで借りてきていた革製の袋に放り込んでいく。

 これで討伐した証明になるらしい。


「こいつらの危険度は確か単体だと“Ⅱ”だったか?」


 魔物は主に、五つの段階ごとにその魔物のもつ強さ、脅威が示される。何を基準にして危険度を測っているのかは、ギルドが公表していないため不明だが、その正確性、信憑性はかなり高い。

 また、それぞれの段階に『+』を加えることで中間程度の指標化にも対応している。それも含めたら計十段階になるわけだ。


 今回のパノルゴスに関しては零斗の言う通り、でみたら『Ⅱ』に該当する。

 これは駆け出しの冒険者がやや苦戦する程度と言ったところだ。野生動物で言えば、野犬くらいだと思えばわかりやすいだろう。無論、武器を持っていることを前提にしているため、素手で戦う場合はその限りではない。

 

 しかし、パノルゴスが単体でいるということは非常に稀で、基本的に今回のように群れを成して行動しているわけだが、その場合は危険度が『Ⅱ+』に引き上げられ、これは成熟した熊と同等の脅威になる。

 そのため、本来ならば慣れてきた冒険者が複数人で戦うのがセオリーなのだが、こと零斗に関してはその定石は全くの無関係であった。


「宿代の相場はわかんねえが、とりあえず一泊分はできるだろ。戻るか」


 危険度Ⅱなら大体報酬は銀貨二、三枚と言ったところである。四体分もあればかなりの稼ぎになる。ちなみに銀貨一枚につき1000リブラ。リブラの価値は円と同じくらいだと思ってもらえば良い。

 

 こうしてみると、冒険者はかなり稼ぎの良い職業のように思える。

 実際、その考えは間違っていないのだが、それはあくまで上位のランクの者らに当てはまる話であり、今回のように複数いればそれなりに稼げるが、普段一般のFランクの者が相手するような魔物だと高くて一体につき銀貨一枚程度だろう。

 それに、零斗が一人だった故に報奨金を総取りできたわけだが、これがパーティだった場合は分け前も考えなければならないため、決して美味しいとも言い切れないのだ。

 

 仮に冒険者として働くようなことがあれば、彼を参考にせず、素直に地道に依頼をこなすなりして稼ぐのが得策だろう。


 と、何はともあれ、今日は宿なしを免れられそうだと、抜き出していたイドリスを宙に置くように手放す。

 それに対し、何やらイドリスは何やら不服そうな声を漏らす。


『なんだよこいつら張り合いなさすぎじゃねえか? もうちょい強い奴らとやりあいてえんだが』

「地上の魔物に何求めてんだよ。精々、こんなもんだ……ろ……」


 そう言いかけた途中、顔を俯かせ、少しぼんやりと零斗が地面を見つけた後、フッと笑いを溢す。


(……あぁ、そういや、俺も“ここ”に来た直後はこの程度の奴らに怯えてたっけ……)


 どこか寂しそうに、空しそうな瞳で感傷に浸る。

 そんな言葉がごく自然に出る程に、自分はこの世界に馴染んでしまったのだと、『迷宮』でも散々理解していたつもりだったが、『地上』に帰ってきたことでよりそれが強く思い知らされる。

 

「……本当に、何やってんだかな」


 今の自分は、かつての自分が思い描いていた『自分』になれているのだろうか。きっとこんな状況になるなんて想像すらしていなかったはずだ。

 ――――もう戻れない所まで来てしまった。そんな実感が今更のようにずしりとのしかかる気がした。


「……っ。イドリス。テメエのせいで余計な事考えちまったじゃねえか」

『俺かよッ!? お前が勝手に感傷に浸っただけだろっ!?』


 理不尽な零斗の物言いにイドリスが狼狽えるが、一切取り合わず街に向かって零斗は走り始めた。

 見上げれば、もう日も沈みかけて夜に差し掛かろうとしている時間だ。あまり遅くなってしまっては関所が閉められてしまうため、さっさと帰るのが得策だろう。


 その間、何度か魔物の気配がしたが必要な分は稼いだので無視した。冒険者とはいえ、魔物の討伐は強制ではないため別に問題はない。

 ……だが、しばらく移動していると、やけに魔物の気配が多いことに気づいた。


(……地上ってこんなに魔物がいるものなのか?)


 『迷宮』に比べたらはるかに少ないが、それでもこの数は些か多いように感じた。

 これだけいたら、魔物を避けて通ろうにもかなりの確率で遭遇するような数だ。それも魔力の量からして、スライムといった討伐が比較的容易な魔物ではなく、それなりに苦労を要しそうな強さだ。

 

 普通、これほどの数がいれば、魔素が足りなくなり、魔物同士が共食いを始めて数が減っていくものなのだが、特にとびぬけて強い魔物がいるわけではなく、少し面倒な魔物が点在しているといった具合なのだ。


 これに対し、零斗は僅かに違和感を覚えていた。


「俺の嫌な予感は当たるからな……。これ、多分だ」


 整った道に出てから気配はなくなったものの、何らかの力が作用している可能性が高いこの事態を、零斗は、一応アンナに報告しようと心に決めつつ、帰りを急いだ。



 関所に着くと、サリアと関所を通過したときにも会ったあの兵士が立っていた。

 あらかじめ森に行くと声をかけておいたので、おそらく待っていてくれたのだろう。


「森へ行って無傷とは、あんたやるな」


 零斗が来るなりそう言って声をかけてきた彼に、零斗は、はて、と眉を顰める。

 それを見て笑いながら兵士はつづけた。


「どうせ魔物狩りにでも行ってたんだろ? その“袋”を見ればわかるぜ。普通魔物と戦うってなれば擦り傷なり、切り傷なりつくもんさ。それがないってことは、あんたが相当な腕っぷしってのを表してるってことだ」

「よく見てるな」


 感心したように零斗が言うと、得意げな表情で兵士は答える。


「職業柄な。ほら、早く入れ。今日はもう閉めちまうからな」

「身分証は良いのか?」

「サリアちゃんが保証してんだ。それ以上の信用はねえよ」


 ここに初めて来たときも思ったが、彼のサリアに対する信用はやはり異様だ。いくら彼女の見る目が良いと言っても、彼女自身が本当のことを言っているかどうかわからないのにも関わらず、なんの疑いもなく信じている。

 何か大きな恩でもあるのだろうか。


 そう考えつつ、促されるままに街に入る。

 

「あ、そうだ。俺の名前はクランツだ。よろしくな、えーと、レイっていったか?」

「……ああ、合ってる。よろしく」


 唐突に名乗ったクランツはそのまま門を閉めるべく、関所の機関部へと向かっていった。

 その後ろ姿を見送りつつ、零斗も報奨金を受け取るべくギルドへ向かった。



「……は、え、これって?」

「パノルゴス四体分。いくらになる?」


 ギルドにきて早々にアンナの姿を見つけると零斗はそこへ向かい、袋の中身を彼女に見せた。

 当然、今日冒険者になったばかりで、しかもまだ青年である零斗の仕事にアンナは絶句したが、そこはベテラン。すぐに落ち着きを取り戻し、怪訝な表情で言った。


「――――誰から奪ってきたの?」

「いや正真正銘俺のだよ」


 頓狂な問いに間髪入れず零斗が答える。

 彼女は不測の事態に出くわすとボケる癖があるのだろうか。そんな疑問を覚え。零斗が目を細める。


「まぁ、そうでしょうね。奪えるほどの実力があるなら直接狩りに行った方が早いし。それにしてもどうやってこれを倒したの?」


 最も気になっている問いを真っ先に口にするアンナ。それに対し、零斗は特に得意になることもなく答える。


「――――普通に会ってすぐに首を落とした」

「それは普通とは言わないわ」


 すんとした表情で言う零斗に、今度はアンナが突っ込みを入れる。


「はぁぁ……。確かにパノルゴス自体はとびぬけて強い魔物でもないけど、新人が遭遇したらそれなりに苦戦する相手なのよ? それを四体もなんて……」

「驚いてるとこ悪いんだが、いくらになるか知りたい。何のために“ここ”に来たのか、あんたならわかるだろ?」


 確かに、受付でも報酬は出るものの、討伐報告だけなら専用のカウンターに行った方が圧倒的に早い。それをわざわざ、敢えてに来た意味。

 それを察せない程、アンナは暗愚ではない。零斗の言いたいことをその一言で全て汲み取り、零斗の求める答えを返した。


「……金貨一枚と銀貨二枚。一万二千リブラね。なるほど、これをって言いたいの?」


 その言葉を、零斗が目で肯定する。

 つまりは、零斗がパノルゴス四体を軽々と討伐してくるくらいには実力があるということをここだけの話にしておけ、とそういうことだ。

 これが仮に、他の受付に行ってしまうと上に知らされるか、職員の間で話題にする可能性がある。それは、目立つことをできるだけ避けたい零斗が最も危惧していることだ。


 そのため、これまでのアンナとのやり取りで、彼女の大体の性格を掴んでいた零斗は、言えば黙っていてくれる可能性の高い彼女の元へ来たというわけだ。

 面倒見の良いアンナならば、わざわざ零斗が嫌がるような真似をすることもないだろう。


 しかし、それに対し疑問を覚えたアンナは零斗に言った。


「でも、何で隠す必要があるの? 普通の冒険者なら、みんな自分の強さを誇示したがるものなんだけど。……まさか本当に後ろめたい方法でこれを手に入れたとか?」


 その一言と共に、彼女の警戒を示すように視線が鋭くなった。


「いや、そうじゃない。少なくとも、それは真っ当な方法で入手してる。だが、その実力……と、いうよりも俺自身が目立ちたくない」


 はっきりしない物言いにアンナは警戒を解かずに問う。


「それはあなた自身が後ろめたいことをしてるってこと? 回答によってはあなたの調査を依頼することになるわよ」

「……言ってもいいが、その場合は間違いなく、?」


 慎重に、下手な誤解を生まないように零斗が答える。

 国の上層による国王暗殺未遂の濡れ衣など、知っているだけで消される可能性があるのだ。一応、これだけ世話になっている人間に対して、恩を仇で返すような真似は憚られる。


 だが、自分の正体が明かされ、国ぐるみで消しに来られる可能性が上がるというのなら、そんな配慮は一切せず、容赦なく――――道連れにする。

 その程度のだ。


 そんな、今まで見せたどの表情にも当てはまらない、殺意や敵意が一切ないにも関わらず、アンナでさえ気圧される雰囲気に、彼女の勘がそれ以上追求することをやめさせた。


「あなた、本当に何者?」

「……ただの新人冒険者だよ」


 薄ら笑いを浮かべる零斗に、背中に冷たい何かが這うような感覚がしたアンナは間違っていないだろう。

 少なくとも、零斗が“知った”ものが、自分の存在はそれほどの危険を孕んでいると告げていた。それを知った時は心の底から鍛錬しておいてよかったと安堵したものだ。


「で、そんな“新人”の戯言だと思ってもらって構わないが、魔物の数。特に質が明らかに異常だ」

「……どういうこと?」

「危険度Ⅱ前後の魔物が、森の深部にうじゃうじゃいる。確認できただけで三十以上。表層には多分いねえが、、ってだけだ。一応、気を付けた方が良い」

「何で新人の君が深部に足を踏み入れているのか問い詰めたいところだけど、確かにそれはおかしいわね。……わかった、調べてみましょう。“匿名で情報が入ったってね”」


 そう言って、アンナは零斗にパノルゴス四頭分の報奨金を手渡した。


 

 

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