第21話 ギルド
「で、どういうことだよ」
兵士の言っていることがいまいち理解できなかった零斗が、サリアに補足説明を求める。
「あー、あはは……。私、なぜか生まれつき人を見ただけで、その人が良い人なのか、悪い人なのかがすぐわかるんですよ」
「ああ、それさっきも聞いたが、どういうことだよ」
「んー……そうは言われましても、そうと説明するしかないというか。もう少し詳しくいうなら、悪い人は黒い靄のようなものが見えるんです」
黒い靄……『迷宮』でなら零斗も幾度となく目にしたが、人についているのは見たことがない。つまりは魔力以外の“何か”をサリアは目視することができて、そこから善人悪人の判断を下しているということだろうか。
「どんな人でも少しは靄があるものなのに、レイさんにはそれが一切ないから悪い人じゃないって一目でわかりましたよ」
そういって笑うサリアだが、その力はかなり希有かつ有用だ。尋問官なんかになれば、その才能を遺憾なく発揮するだろう。
それに“冤罪”もしっかり識別できることから、もっと本質的な部分を彼女の持つ力は見ているらしい。
「あ、そうだ。お前のおかげで審査っつうめんどくさい手続きをしなくて済んだ。助かったよ」
「ふふ、まぁ、私の恩人ですからね。お役に立てて何よりです」
言い忘れていた礼を零斗がサリアに伝えると、嬉しそうにサリアは微笑んだ。
この光景だけを切り取ってみれば十分に美少女として見れるのだが、如何せん、最初に出会った時の印象が“アレ”なため、控えめな表現をするなら“ドジ”というイメージが先行する。
それを良しとする者もいることは重々承知してはいるものの、零斗の中での彼女は、顔立ち
さて、関所を通過した後、今二人がどこへ向かっているのかというと、サリアの両親が営む宿屋である。
正確には零斗が用事のある場所に行くついでに、サリアを彼女の家に送っているところだった。彼の行く道順にたまたまサリアの家があっただけという、それだけの理由である。
もちろん、そのことを敢えて口にする零斗でもなかったが。
「それより、零斗さんはこれからどうするつもりなんですか? 宿を取る予定なら、割引するよう両親にお願いしますが……」
「いや、まず俺は『ギルド』に行こうと思っている。依頼じゃなくて、冒険者になりに、な」
冒険者。
そんなファンタジーの代名詞とも言えるそれは、この世界ではメジャーな職業である。
大体どういったものかはご存じかと思うが、依頼に応じて魔物を討伐したり、求められる素材を集めてきたり、場合によっては『迷宮』探索なんかも依頼されることもある、数ある職業の中でも頭一つ抜けて危険な仕事である。
しかし、支払われる報酬も高いことから冒険者を志願する者は一定数存在する。未だに冒険者の死亡件数が減らない理由はそれだ。
故に、普通、冒険者を志願する者はよほどのことがない限り止められるのだが、こと零斗に関して言えばその常識は当てはまらないようだった。
「――――え? むしろ“あれ”で冒険者じゃなかったんですかっ!?」
サリアの脳裏に浮かんでいるのは、森の中を爆走する零斗の姿だろう。確かに、あれを見せつけられた後で普通の職だった、という方が意外というものだ。
「……ああ、まぁ、あれ見た後ならそうなるよな」
止められるとは思っていなかったものの、こう、なんだろうか。自分が冒険者だと信じて疑われていなかったことへの若干のショックは。
「うーん、まぁ色々事情があるんでしょうね。……あ、着きました。ここです」
そう言って指さした方に零斗が目を向けると、木とレンガで造られた二階建ての屋敷が見えた。出入口の右上には梟と木を象った看板らしきものが吊り下げられている。
「あ、看板見えました? ここは『梟の洞』っていう名前なんですよー。今晩の宿に困ってたらぜひご利用ください」
「んー、つっても今は宿泊するだけの手持ちがないから、ひとまずギルドに行ってから考える」
そう、『迷宮』から脱出したばかりの零斗は、身も蓋もなく言ってしまえば――――金がない。
これから魔王に会いに行くという目標を考えながらも、無一文では何もできない。そのために手っ取り早く金を稼ぐ手段として浮かんだのが“冒険者”であった。
資格も要求されなければ、犯罪歴さえなければ身元確認すら曖昧で済むという、かなり手軽に就ける職業。ハイリスクハイリターンな上に、依頼をこなした日に即日支払い。これ以上、現時点で零斗の望む条件を満たす職業はなかった。
「それでは、もしうちを利用する気になったら、いつでもお気軽にお越しください」
そういって笑いながら送り出してくれたサリアに、適当に手を振りながら、零斗は『梟の洞』前を後にする。
「……さて、さっさと冒険者になって金稼ぐとするか」
そんな至極現実的な呟きと共に、ギルドに向かって歩き始めるのであった。
■■■
「――――もう一度お伺いしますが、本当に冒険者になると?」
受付の向こうで、零斗の目を覗き込むように睨む女性を、心底めんどくさいといった様子で零斗が額を押さえていた。
あれから無事にギルドに着いた零斗は、中に入り受付に向かったあと開口一番「冒険者登録をしたい」とこの女性に言った――――のだが。
「……あ、申し訳ございません。上手く聞き取れませんでしたが、依頼をしに来たということで間違いないですか?」
「いや間違いしかねえよッ!? “冒険者登録をしたい”って言ってんだろッ! まさかとは思うがその歳で耳が遠いのか? なら仕事する前に病院行った方が良いと思うぞ……?」
それはひょっとしてギャグで言っているのかと、現実で初めて口にしそうになった女性の言葉に、思わず零斗は取り乱した口調で答える。
そんな零斗の言葉にムッとした表情をしながら受付の女性が口を開く。
「……失礼しました。しかしながら、私個人としてはそれは推奨できません。むしろやめておいた方が良いかと」
「は? いや、何でだよ」
「別の道ならいくらでもある、ということです。悪いことは言いません、一攫千金なんてものを夢見るよりも堅実に稼いだ方がよほどあなたのためです」
「……ああ……なるほど」
要するに、英雄譚などを見て感化され、現実を知らない無謀な若者が冒険者になりに来たと、女性の目に零斗はそう映ったらしい。
――――めんどくせえ、と零斗が目を細める。
心配されている以上、赤の他人である零斗の身を案じているということであり、それを無碍にしてまで、強引に登録させろと訴えるのも少し気が引ける。
だが、その一方で女性が思うところの心配は、零斗には絶対と言っていいほど起こらないと断言できた。
それは別に、自分が魔物如きにやられるタマではないと言いたいわけでなく、『迷宮』で生き残った産物として、零斗は並々ならぬ“慎重さ”を持っているからという理由である。
危険と判断したら素直に身を引き、死ぬ可能性が微塵にでもあるのなら、最大限までその可能性をゼロに近づける。その上で綿密に計画を練り、安全策をいくつも用意したうえで事に望む。
当然と思われていることではあるが、意外と行動に起こしている者は少ない。
しかし、『迷宮』の一階層にいたころ、まだ魔物への対抗手段を持っていなかった零斗は、それを常に念頭に置いて行動していた。その結果、身に染みつき、特に意識せずとも勝手に行うようになっていたというわけである。
だが、そんなことを知る由もない女性の心配は尤もで、それ以後も、登録させろ、させないの押し問答がしばらく続いた後の光景が現在、というわけである。
そんな経緯を振り返りつつ、何度も零斗を説得しようという女性にうんざりしていたが、ようやく話が前に進みそうということで答えた。
「……ああ、何言われようがその意志は変わらねえよ」
「――はぁ……本気、ですか。ちなみに、年齢はおいくつですか?」
「十九だが……成人はしてるだろ? 何も問題はないはずだ」
この世界では十八から成人として扱われる。これは四つある人間の国全てにおいて共通であり、常識だ。
だが、成人しているとはいえ、一応、零斗の記憶では冒険者になるのに特に年齢制限と言ったものは設けられていない筈。なぜそんなことを聞いたのかと、零斗が受付の女性に質問の意図を説明するよう言外で促す。
「……問題しかないわよ、若すぎるわ。あなたくらいの年齢で冒険者になろうって子は多いけど――――同時に、死亡率が最も高いのもあなたくらいの年齢なのよ」
一瞬表情に影を落とした受付が、砕けた口調で、後半に声のトーンを一つ下げ、脅しをかけるような……いや、完全に脅すつもりで歴然たる事実を述べた。
女性の言わんとすることはわかる。――――“死ぬだけだ、やめておけと”。
そして、その圧をかけるつもりで言い放った女性の言葉を受け、零斗は――――。
「あっそ、別に死なねえから安心しろ。あ、登録料かかるならツケにしといて。手持ちがねえんだ」
軽薄に、女性の脅しに対し臆した様子もなく、いかにも適当といった様子で受け流した。
――やはり、この若者は命の重さ……尊さという物を理解していない。この様子では冒険者になったとて、すぐに実力に見合わない依頼を受けて死ぬのがオチだと。
そう結論付けた女性が、話にならないと判断し、丁重にお帰り願おうと口を開きかけた時だった。
「――――受付ともあれば、人を見る目はあると思ったんだが?」
思わず女性は息を呑んだ。
先ほどまでの、傲慢で、不遜な態度を隠そうともしない青年が、薄ら笑いと共にそう呟いた瞬間、雰囲気が一変した。
(……これは)
女性はこの気配に覚えがあった。
死線を掻い潜り、第一線で活躍しているような、ギルド内でもトップクラスの腕を持つ冒険者と同じ気配だ。
ギルドの受付というのは、ゴロツキのような冒険者でも相手にしなければならない都合上、どうしても離職率が高く、また就職する者も少ない。
よって、零斗の応対をしている女性は、その厳選された受付の中の、さらにベテラン。
自画自賛でもなんでもなく、上から下まで万遍ない冒険者を見てきた彼女は、来訪者を一目見れば、その者の持つ実力を、ある程度測れるだけの観察眼を持っているつもりだ。
――――しかし、今に限ってはその観察眼に疑いを持たざるを得なかった。
(……こんな子が? いや、でも……)
「どうした? 正直こっちは時間が惜しい。宿代くらいは今日中に稼がなきゃなんねえからな。できる事ならさっさと済ませたいんだ、早くしてくれ」
逡巡している様子の女性に、零斗がそう言って急かした。
今なお、カウンターを指で叩く様子の零斗に、先ほどのような剣呑な雰囲気は全くない。それでも、“威圧”したという自覚はあるのか、人を食ったかのような態度は崩さない。
「……はぁ、良いでしょう。これに、必要事項を書き込んで。代筆は?」
「ん、大丈夫だ」
そんな彼に、これ以上食い下がっても無駄だと思った女性が、気乗りしない様子を隠さず、カウンターの下から羊皮紙を取り出した。
同時に羽ペンを並べ、零斗の元へ差し出す。
内容は、名前、性別、年齢、適性、出身……等々、至って普通のものだ。
(名前……は、“レイ”のままで良いよな。それと……出身はどうするか)
先ほどサリアに名乗った手前、別の偽名を使うというのは不自然な上、他に名前が浮かぶわけでもなかったのでそのまま採用した。
問題は“出身”。まさか馬鹿正直に《日本》なんて書くわけにもいかないだろう。
そんなことをすれば一発で素性が割れる。それが広まり、処刑したはずの灰瀬零斗が生きていると王国の上層部に知れれば、きっと彼らは死に物狂いで自分を消しに来るだろう。
仮にそうなっても何とかなるとは思うが、面倒ごとを避けたい零斗にとって、それは何としても御免被りたい。
少し考えた後、零斗の脳裏にちょうど良い候補が浮かび、そのまま、登録用紙を書き進めていった。
「……“メルディナ”出身なの? あんなところからからよくここまで来たわね」
零斗が出身地に選んだのは、ラベンドの中でも僻地に位置する場所である。万が一、素性を詮索されたとしても、零斗が出身を偽っていると気づくまでにはそれなりの時間を要するだろう。
出身が割れて困る零斗にとって、これ以上便利な場所はない。
同時に、背景が後ろめたい者達にとってもメルディナは便利な場所なため、内容の真偽を疑われることを懸念していた零斗だったが、どうやら女性の口調からするにその心配はなさそうだった。
「名前は“レイ”。適性は……“無し”ね。苦労するわよ?」
先ほどまで厳しく零斗を突っぱねていた女性の目が、何やら憐憫を含んだものに変わる。
流石にここまで来たら冒険者になることを止めるつもりはないようだが、属性への適性がないことはそのまま戦力の幅が狭まることを意味する。
純粋な戦力が要求される冒険者で適性がないのは致命的だ。そのことを女性は言っているのだろう。
「――――お気遣いどうも」
しかしそんなことは、ずっと前から百も承知である零斗にとって、同情されることでもない。
「あとは……これね」
そう言って女性が、カウンターから金属製のプレートとナイフを取り出した。
「これが冒険者用の身分証。血を垂らせばレイ君の情報を読み取って表示してくれるわ」
「ほー」
ナイフを出したのはそういうことかと納得しつつ、自然な手つきでそのまま手に取り、何の躊躇いもなく指先に傷をつける零斗。
それに対し、何やら引き攣った表情を浮かべ、女性が口を開いた。
「ちゅ、躊躇しないのね……。レイ君くらいの歳なら普通もう少し嫌がるものなんだけど……」
「……は?」
女性の言葉に零斗が間抜けた声を上げ、すぐに呆れたような目になる。
「……アホか。これから先、どんだけこれ以上の傷を負うと思ってんだそいつら」
冒険者になると言っておいて、この程度の傷にビビるとか話にならねえだろと、以前女性が対応したであろう若者たちに対して、零斗が内心で苦言を呈しつつ、血をプレートに垂らす。
すると、血の雫が垂れた場所を中心に、波紋のようなものが起こり、プレートの色は差し出された時と同じく鈍い銀色のまま、文字のようなものが浮かび上がる。
――――――――――――――
《名》灰瀬零斗
《種》人間
《ランク》F
==============
《肉体評価》A
《魔法評価》F
《総合評価》D
==============
――――――――――――――
「どう? 正常に動作したならあなたの情報が表示されたはずよ。あなたの能力を評価した内容は他の人には見えないようになっているはずだけど」
「……ん、問題なさそうだ」
――――名前以外は、と内心で呟きながら。
評価に関しては、概ね想像通りといったところだった。おそらくは“F”が最低評価なのだろうが、ランクはたった今冒険者となったばかりなので当然の評価だ。
「評価はF、E、D、C、B、A、Sの順で上がっていくわ。……と言っても、普通の人なら“A”評価が限界ね。Sなんてのは俗にいう『英雄』と呼ばれるような人が持つ評価だから、あんまり気にしない方が良いわよ」
なるほど、と身分証の下部を眺める。
肉体、魔法、どちらも予想通りだ。
『迷宮』での戦いから“S”も考えていた零斗だったが、よく考えれば零斗の戦闘能力は肉体だけでなく“技”もあってのものであり、肉体そのものは常人の域を出ない。むしろ、かなり正当な評価を下してくれた“身分証”に内心、零斗は感心していた。
魔法に関しては――――“魔力がない”。つまり魔法に関しては悪い意味で“評価不能”なわけだ。表示されただけでも万々歳といったところだろう。
総合評価は、単にバランスが悪いことを考慮した結果、やや低い方に傾いたということか。
「んじゃ、Sを目指して頑張るよ」
「……ふふっ、そうね。ぜひ頑張って」
身分証をポケットにしまいながら冗談交じりにそう言う零斗に、女性が笑いを溢す。だが、せせら笑うというよりかは、微笑ましさ故に出たもののように見えたため、馬鹿にしているわけではないのだろう。
「あ、自己紹介してなかったわね。私は『アンナ』よ。よろしく、レイ君」
「こちらこそよろしく、と。……ずっと思ってたんだが、アンナは俺を見ても何も思わないのか?」
こちらの世界でも珍しいという白髪に、オッドアイ。正直、奇異の目を向けられてもしょうがないくらいには思っていた。実際、ギルドに足を踏み入れてから、一定数、こちらに目線を向ける者もいる。
だが、アンナが零斗に対し向けてた目は、終始一貫して“若い”ことを懸念するものだけだった。
その純粋な疑問を、一通りの手続きが済んだということで口にしたわけである。
零斗が当然のように年上のアンナを呼び捨てにしていることに、特に不快感を覚えた様子もなく、アンナは答えた。
「珍しいとは思ったけど、それだけよ。冒険者とよく顔を合わせる私たちは、顔が半分焼けただれているとか、片腕ないとかなんてザラに見るのよ? 見た目なんか気にしてたら仕事にならないわよ」
「お、おう……そうか」
想像を斜め上行く彼女たちの逞しさに、零斗はそんな情けない声で返すのが精いっぱいであった。
「それじゃ、冒険者の最低限憶えていなきゃいけない規則とかを説明するわね」
「……それ、口頭じゃなきゃダメなのか?」
「規則がびっちり書かれた本の分厚さ、大体このくらいだけど、本当に読みたい?」
そう言ってアンナが親指と人差し指で作った長さは、軽く広辞苑くらいの厚さはあった。
流石に本好きな零斗と言えど、その分厚さの規則書を読むのは遠慮したいところだ。
「それに冒険者志望の人がそんな本を渡されてちゃんと読むとも思えないし。知らなかった、ではすまされない規則を伝えておくのは受付の義務なの」
そりゃそうかと、零斗が降参したという風に両手を小さくあげ、おとなしく説明を聞くのであった。
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