第20話 脱出と出会い

 あれから狂ったように本を読み進めること、数か月。『時壊』も駆使し、この圧倒的蔵書量を誇る図書室の“半分”程度読破していた。

 圧倒的集中力の成した偉業として、イドリスも言葉を失っていたが、本気の零斗の集中力を舐めてはいけない。

 そのおかげもあって、かなりの知識量を身に着けていた。


 その一方で、塵になった魔物は一定時間経過すると復活する。そうイドリスに聞いたため、鍛錬とイドリスの使用感に慣れることを兼ね、定期的に上の階層へ足を運んでいた。


 そこで実際にイドリスの強さを体感したのだが、はっきり言って――――感動した。

 というよりも、今まで使っていた剣が長年手入れされていなかったことに重ね、戦闘向けと呼べる性能ではなかったらしい。

 唯一、零斗がまともに武器として使っていた『激痛』も、彼の予想通り“能力向上”の方に主眼を置いて打たれたらしく、武器の性能としては並程度だとイドリスに教えられた。


 一方、戦闘特化に加え、親父とやらの『最高傑作』であるイドリスは、かの復活した邪神龍の鱗でさえも切り裂けるほどの性能を持っていた。

 そこに零斗の技量が加われば、まさに鬼に金棒と言ったところだ。

 しかし、武器の性能に物を言わせた戦闘を零斗が嫌がったことから、すぐにイドリスを一般的な剣程度の性能に落とさせた。また、『悪食』を応用し、零斗の持つ身体能力を一時的に低下させることで鍛錬の効率化を図っていた。


 ちなみにイドリスには、性能を落とさせた際、小言の一つや二つを言われたが、当たり前のように零斗は無視した。

 

 それから、本を読み進めていく中で、魔人の歴史や文化、さらには、魔人族によって進められた魔法に関する知識まで手に入れることができたわけだが。

 ……その中で気になる内容がいくつかあった。


「……まさか、古代にも勇者と魔王がいたとはな」


 ――――遠い昔、デイフォモスは『聖戦』と呼ばれる戦争が、人間と魔人の間で起こっていたらしい。

 永遠に続くかと思われていた戦争だったが、ある時、両種族に傑出した能力を持つ者が現れたという。それが“勇者と魔王”。

 そして、それに続くように類まれなる才能を持つ者が続々と現れ、戦争はさらに激化していったらしい。


 そして、その果てに両者甚大な犠牲を出しつつ、勇者と魔王の相打ちという形で戦争は終止符を打ったようだ。

 ――――その時、イドリスの名を冠する剣も出てきたのだが、本人(?)に聞いてみたところ、記憶に残っていないらしい。


「忘れる機能を与えられたか、……どちらにせよ考えることが増えたじゃねえか。めんどくせえ……」


 額に手を当て、ここにきて何度目か分からないため息を吐く。


「なんで本読んでんのに、わかんねえことが増えんだよ」




 それからも、『聖戦』について書かれた書物を探してみたが、詳しいことはそれ以上知ることができなかった。

 わかったのは、古代にいた勇者と魔王に関すること。――そしてその幕切れと、“召喚魔法にまつわる代償”のことだった。

 それ以外にもかなり有益な情報が得られたため、もう十分な頃合いと判断した零斗は、今は『迷宮』から脱出する準備を進めていた。

 

「……当然のように『魔道具』だらけ、か」


 それに伴い、イドリスに案内され、この屋敷の宝物庫に足を運んだ零斗は、この『迷宮』を脱出した後に使えそうな物を探しに来ていたのだが、悉く零斗が目を付けた道具は、魔力を持たない彼には使い物にならない『魔道具』と呼ばれる物ばかりだった。

 

「あー、ここに来ても魔力無しが足引っ張んのかよ……」

『……そのことなんだが、魔力を持たないって?』

「――確かにそうだな」


 これまで深く気にしてこなかったことだが、あの図書館の本に目を通していくうちに、自分が如何におかしい存在なのかを自覚し始めた。

 

 この世界の生命にとって、魔力とはいわばのようなものだ。大気中に漂う魔素は本来、生物にとって体を蝕む毒となる。

 そのために魔力回路を介し、魔素から魔力に変換し、蓄えることで、外部からの魔素による侵食にも耐える肉体を築くらしい。

 故に魔力を持たない者などいるはずがなく、いたとしても保有量が極めて少ないというだけの話だ。そして、大抵そういう者達は寿命が短い。

 挿絵で、そういった者達の魔素による浸食が進んだ様子を見たが、肉体が所々し、衰弱しきっていた。


 本来なら、魔力を持たない零斗もそうなっていたはずなのだが、なぜかこうしてピンピンしている。

 

「加護のことと良い……、どうなってんだ俺の体は」


 結局、多くの知識を得た代わりに疑問も増える一方である。

 ――――だが、その疑問を解消するためのヒントはある。図書館に置かれていた、一際古びた日記のような書物に書かれた、魔精語をさらに暗号化されて一部しか読み取れなかった内容の中に、ここと同じように、攻略が非常に困難な『迷宮』が世界各地に点在するとあった。

 そこをめぐっていけば、いずれ自分の求める物も手に入るかもしれない。


「ま、ここで考えても分かんねえし、とりあえずはここを出てからだな」


 そうして、準備を整えた零斗は姿見の前に立ち、自分の恰好を確認する。

 しかし、ここの元主は一体何者だったのか、やけに動きやすい服装ばかり取り揃えられていて、おかげで必要な服を見繕うのに苦労しなかった。


 上は伸縮性に富んだ素材で編まれた白いシャツに、イドリスが言うに魔法耐性を向上させる効能があるらしい抹茶色のベストを重ね、下は俊敏性向上の効能が込められた黒色のスリムパンツと、革製のブーツを履いていた。


 “旅人”というのをイメージして服を選んだつもりだが、以前の姿ならまだしも、今の外見になってこの服装はかえって不自然かと思えてきた。


「まぁ、ここまで姿が変わってればそうそうバレねえだろうし、心配することでもねえか……。まぁ最悪バレても逃げればいいしな」


 そう言って、最後にロングコートを羽織り、部屋を後にした。

 

 零斗が足を運んだのは、最初に目にした噴水の前。

 目当ては噴水の底に沿うように刻まれた魔法陣。もとい――――『転移』の魔法陣だ。

 魔法石による水の供給を止めて、一時的に底が晒されることによって露出したそれに、零斗が、手に刻まれたイドリスとの契約を示す紋章をかざす。


「イドリス、起動しろ」

『はいはい。ったく、剣使いが荒いな、おめえは』


 そう言いつつも、イドリスが『回復』の剣の応用によって魔力を魔法陣に流し込む。

 その時、魔法陣の起動を示す大きな魔力の胎動が起こり、何重にも魔法式が展開される。そして、眩い光が零斗の体を包み込んだ。


「――――とりあえず、勇者共より前に、“魔王”に会わなきゃな」


 その言葉を最後に、零斗は『迷宮』を後にした。



■■■


 外へ出ると、かなり久しい日の光に零斗の目が眩んだ。

 

「――――帰ってきたんだな。地上に」


 転移させられた先は森の中。

 周囲は木々が生い茂っており、これまた懐かしい“緑”の匂いに零斗が目を細める。小鳥のさえずりにさわやかな風。青い空に白い雲――――そして呻き声。


「……今、明らかにおかしいのが混じってたな」


 聞き間違いであってほしい――――最も、聴覚が強化された零斗が聞き間違いなどするはずもないのだが――そう願いつつ、耳を澄ます。


「――――誰か………助けて下さい」


 微かに聞こえてきた声に、零斗が眉を顰める。

 『迷宮』にいたころ、人の助けを乞う声を真似て零斗をおびき寄せる魔物がいたため、一瞬その類である可能性を考えたが、即座に否定する。

 ここら辺一帯に漂う魔素から考えて、それほど高度な知能を持つ魔物がいるとは思えない。


 ――――結論、人間の声とみて間違いない、ということだ。


「……はぁ、冗談だろ」

『はははっ、お前マジでトラブル体質だなあ!? 早速面倒ごとに巻き込まれそうじゃねえかっ」

「黙れへし折るぞ」


 零斗が頭を掻きながら、からかってくるイドリスに悪態をついて声のする方へと歩き出した。


「……う…うぅ。あ……人だ……」


 声のする場所に来てみると地面に倒れている零斗と同年代くらいの少女と、木を編み込んだバスケットが近くに転がっていた。

 綺麗に梳かれた赤髪が地面に散らばり、土が付着している。顔はよく見えないが髪の間から覗く容姿を見るに、かなりの美形とうかがえた。来ている服装から考えて、明らかにきこりや猟師ではなさそうだ。

 しかし……せっかくの美少女っぷりがこれでは台無しだ。

 所謂残念系と表現するのが正しい、可愛らしい村娘を思わせる彼女に零斗が声をかけた。


「……一応聞くが、何やってんだ?」

「……うぅ、道に迷ってしまって……、しばらく歩いていたんですが……」


 少女が言葉を続けようとした瞬間、彼女の腹からその可憐な容姿とは似つかない、豪快な空腹の音が奏でられた。

 それで全てを理解した零斗は呆れた眼差しを向け、彼女の次に言おうとしているであろう台詞を口にする。


「『お腹が減って行き倒れた』ってところか」

「…………お恥ずかしながら」


 耳まで真っ赤になっているところを見るに、相当恥ずかしいのだろう。

 確かに腹が減って行き倒れるなど尋常なことではない。よほどの大食漢でもなければ、そんなことにはならないだろう。

 溜息を吐いて、呆れた眼差しを少女に向ける。

 

「はぁ……生憎、俺も食料の持ち合わせはないんでな。お前の家まで連れていくことくらいしかできねえが、道に迷ったんなら帰り道もわかんねえだろ」

「…………あ、籠の中に道に迷ったとき用の地図を入れてたんでした」


 そういってごそごそと少女が籠の中を漁ると、一枚の羊皮紙が取り出された。

 ――――そこには、ご丁寧に森の中で迷ったときの対処法や、方角の調べ方から目印の位置まで事細かに書かれており、なぜそれを持っていたのに森で迷ったのかと、そう聞きたいくらいには親切に作られた地図だった。


「……ははは、流石は我が弟。私のことをよくわかってますね」


 乾いた笑いを上げる彼女に対し、零斗も良い笑顔を浮かべていた。――――尤も、こちらはなにやら“黒い”という表現が正しい笑みだったが。


「そうだな。――――んで? そんな弟君のことは一旦置いといて、お前は俺に言うべきことがあるよな?」

「……ごめんなさいっ」

「たく、いらん手間増やしやがって」

 

 そして、謝り倒す彼女を尻目に、地図に目を通して大まかな方向を把握した零斗は、少女を小脇に抱えて軽く大地を踏み鳴らす。


「……えーと、何をしてらっしゃるのでしょうか」

「ちょっと黙ってろ。舌噛むぞ」

「――ふえ?」

 

 刹那、ヒュンという風切り音と共に零斗の姿がその場から消え失せた。

 

「ひゃぁぁぁぁぁっ、はや、速すぎですぅぅぅっ! ひえぇぇぇぇぇ」


 木々の間を疾風のごとく駆け抜ける零斗の横で、少女が今までに感じたことのない速度に悲鳴を上げる。


「だーから黙ってろっての」


 そんな少女に零斗はにべもなくあしらいながら、方向を確認しつつ走り続ける。


(……しかし、『迷宮』にずっといたからか、空間把握能力はかなり上がっているな)


 なんなら目を瞑っても木を避けられる気がするが、脇に抱える少女に配慮してやめておいた。


「それにしても、こんなに速く走れるなんてあなた何者ですか……もしかして凄腕の冒険者だったり?」

「……お前よくこんな状況で喋っていられるな」


 早くもこの状況に慣れてきたらしい少女に、零斗が呆れた声をかける。

 

『案外大物かもな』


 そんな零斗に耳元でイドリスが話しかけてきた。――ちなみに消えている間のイドリスの声は、契約者……つまりは零斗以外に聞こえないようになっている。

 そんな他人事のように言うイドリスに内心で舌打ちしながら、前方に怪しい気配を感じた。


「……面倒だな。跳ぶぞ」

「へっ!?」


 それまで少女に負担がかからないよう落としていたペースを上げて、さらに加速する。そうして、進んでいくと少女の耳にも零斗の感じていた音が聞こえてきた。

 水の流れる音――――川だろう。

 だが、零斗が警戒したのはそこではない。


「しっかり掴まってろよっ」

「え、ちょ、まさか――――」


 徐々に速度を上げていたのはと少女の理解が追いついたのは、既に零斗が大きく地を蹴った後だった。

 そして、零斗が跳躍して、“橋が必要な幅”の川を飛び越える最中、視界の端に、怪しげなローブを身に纏う人影を見た。何やら、瓶詰された液体を川に流しているようだったが、それ以上はよくわからなかった。


「……っと」

「……きゅぅ……」


 着地の衝撃は殺したものの、急に激しい動きをしたせいで少女が目を回してしまっていた。

 しかし、零斗は一切意に介さず、着地と共に下流に向かって進路を変え、再び大地を蹴って加速し始めた。


(なんだったんだ……あいつ)


 この世界に工業廃水なんてものがあるとは考えづらいため、下流に人が住んでいたとしてもさして影響はなさそうだが、あの者が何をしていたのか気になる。

 所持していた瓶の大きさは手のひらに収まるくらいで、奴が流していた液体からは魔力の気配も感じた。


「……ま、関係ねえか」


 その後は脳内にある地図を辿り、少女の街へ向かった。



「……あれ、ここは……」

「漸くお目覚めか?」


 少女が目を覚ました時、零斗は関所を通る列に並んでいた。

 同時に、零斗が小脇に少女を抱えているという異様な光景に、周囲の者が怪訝な眼差しを向けていることに少女が気づくと、すぐに零斗の腕から抜け出して自分の足で立った。

 そんな彼女に零斗が、近くに落ちていた籠を渡す。


「ほらよ」

「あ、籠……ありがとうございますっ」


 何やら大事そうに籠を抱えた少女。一体何が入っているのかと、零斗が籠に目を向けると、少女がそれに気づいたようで籠の奥から、赤い木の実のようなものを取り出した。


「これ、弟の大好物なんです。あそこにしか群生していなくて……」

「んな大事なもん放すなよ……てか、腹減ってたならそれを食えばよかっただろ」


 何度目か分からない呆れた眼差しを零斗が少女に向ける。

 だが、それに対し、明確に抗議するような口調で少女は言った。

 

「い、いえ、これだけはダメです。弟の誕生祝いのために使う大事な素材なんですよっ」

「それで行き倒れたら元も子もねえだろうが」


 周囲にいる零斗と少女の会話が聞こえていた者達も、どこか零斗に同調するように頷いていた。

 

「……ところで、お兄さんのお名前をお聞きしていませんでしたが、名前、なんていうんですか?」

「ん? ああ、灰……いや、“レイ”で良いよ」


 名前を聞かれ、咄嗟にフルネームで答えかけるも、途中でとどまり自分の下の名前の一部を告げた。

 あれから結構な時間が経ったことからそれほど考える必要もないかと思っていたが、ここがどこか分からないことと、自分に着せられた罪を思えば警戒するに越したことはないだろう。何が原因で自分が国王暗殺未遂犯だと思われるか分からない。

 そんな思考のもと、偽名――とも言い切れない名前を少女に教えたのだった。

 一瞬どもった零斗にサリアが小首をかしげつつも、すぐに笑顔と共に零斗に答える。


「レイ……さんですか。私は『サリア』と言います。レイさん、これも何かの縁です。何かあったら私に相談してくださいっ」

「……森でぶっ倒れてたやつに相談することなんてないと思うがよろしく」


 相変わらず愛想悪く答える零斗に、サリアが苦笑いする。


「ははは……。そう言えば、レイさんって旅人なんですが?」

「ん、まぁそんなところだ」


 どうやら零斗のコーディネートは上手くいったらしい。

 初対面のサリアにそう思われるのであれば、ひとまずは安心と言ったところだろう。


「それにしても、白髪って珍しいですね」

「……白髪って珍しいのか」

「んー、レイさんくらいの歳では全然いないですね」


 異種族もいて、何なら目の前に日本では到底考えられない、鮮やかな赤色の髪を持つ少女がいるというのに白髪は珍しいというのか。

 いや、零斗もよく考えたら地毛が白かったわけではなく、あくまで色が抜け落ちただけだ。

 この世界でも、ある程度髪色のバリエーションはあるものの、元の世界と同じく白髪は珍しいものとして扱われるらしい。


「……悪目立ちしないといいんだが」

「悪目立ち……?」

「気にすんな、こっちの話だ」


 小さく呟く零斗にサリアが反応するも、その意味までは分からなかったようで零斗は軽く流した。

 

 それから、他愛もない会話すること数分、自分たちの番が回ってきた。


「はい、次。あんた、身分証はあるか?」

「……あー、特に持ち合わせてない。どうすりゃいい?」


 兵士らしき男に声を掛けられるも、零斗は心当たりがなかったためすぐに否定する。

 

「なら、保証金を払うか、審査を受けるかのどっちかだな」

「――――んじゃ、保証金を払う金もねえし、審査にしてくれ」


 兵士の問いに対し、怪しまれないために即答するも、同時に零斗はどう審査を回避するか思考を巡らし始めた。

 

(……ここで審査を受けたら俺の正体がバレるリスクも跳ね上がる。できれば避けたいところだが)


 そんな表情を殺して平静を装う零斗の横からひょこっと顔を出して、サリアが兵士に声をかける。


「あ、レイさんのことは私が保証しますよ。安全です」

「ん? おお、誰かと思えばサリアちゃんじゃねえか。朝から出かけているとは聞いていたが、今帰りか?」


 兵士がサリアを見ると硬い表情を和ませ、仄かに笑みを浮かべる。


サリアちゃんが言うなら大丈夫だな。おう、兄ちゃん。ここ通っても大丈夫だぜ」

「――――は? そんなんでいいのか?」


 あまりにあっさりと通されたことに、零斗が疑念を抱いた。

 サリアが大丈夫だと言っただけでこの信用。何かあるのかとサリアの方を見ても、特に魔法等を用いた形跡もない。

 そんな何が何だかわかっていない様子の零斗に兵士が答える。

 

「あ、兄ちゃんは知らねえのか。ついでに教えてやると、サリアちゃんのだ。悪さしてたら一発でばれるって街でも評判だぜ?」

「……なるほどわからん」


 それって魔法の類じゃね? と零斗が内心で呟いたことはさておき、この兵士のサリアに対する信頼からすると、なにやらサリアは善人悪人を見分けることができるらしい。

 一種の才能というやつだろうか。


「……ところで、あんたはサリアちゃんとはどんな関係だ?」

「森で倒れてたから拾ってきた、そんだけだ」


 端的に事実を述べた零斗に、一瞬兵士が呆気に取られたような表情をした後、突然吹き出した。


「ぷっ、あはははっ。なるほど、そういうことか、そりゃあ悪人なわけもねえか」

「……むぅ、そこは言わないで欲しかったです」


 不服そうに零斗の言葉に頬を膨らますサリアは、前知識が無ければさぞ可愛らしく映ったであろう。しかし、残念ながらあの光景を見た後では、零斗の心に響くものは何もなかった。

 

 とはいえ、サリアのおかげで審査をパスできたことも事実。

 後でしっかり礼を言おうと心に決めた。


「とりあえず、後がつかえてるからな。話はここら辺にして、ちゃちゃっと通ってくれ」


 そう言われ、後ろを見ると長い列ができていた。

 中にはやや不満そうな表情をする者もいたので、零斗とサリアは彼の言う通りにし、即通過するのだった。

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