第14話 最強へ
まさしく死力を尽くしたと言い切れる攻防。
自分の持てる全てをぶつけた上で、辛うじて手にした勝利。それでも一般人には到底成しえなかった戦果。――だが、零斗は不満げだった。
「……にしても、こいつマジで
そう。零斗の言う通り、今は塵のように消滅してしまった魔物だが、シンプルにアホすぎたのだ。
確かに、強靭な身体能力と、その巨躯が生み出す破壊力は特筆すべきものだったが、逆に言えば、
どこまでも単調な動きに、威圧感だけは一品の、はっきり言って見掛け倒し。
まぁ、それでも零斗にとっては強敵で、『回復』と『激痛』の剣の二本がなければ絶対に勝てなかったと言い切れるが、正直、あれぐらいなら勇者を相手にしてた方がよほど手ごわかっただろう。
「んー……、まぁ、
奴に勝てたのは運による点が多すぎた。
攻撃されて、毎回吹っ飛ばされる場所が
妙にこういうところの悪運は持ち合わせているようだが、もう少し別のところにそれを割いてくれても良いのではないかと、零斗は思う。
「今回は
そして『激痛』の剣を見つめて、零斗は口端を歪める。
「こいつの限界を試してみねえとな。――良くも悪くも、時間は大量に有り余ってるところだ」
先ほど、零斗は視覚の限界を引き上げるために『激痛』の剣を使った。しかし、前に述べたようにこの剣が引き上げてくれるのは体内の全ての感覚だ。
しかも、斬りつけただけであそこまでの効果を得られた。反動で痛みも増強されてしまうが、既に零斗は痛覚を意識的に遮断できる領域まで至っている。
もしこれを『回復』の剣による中和無しで、体に突き刺したら、一体どれ程の効果が得られるのか。それが、戦闘中には大きな隙を避けるためにやらなかったが、零斗がずっと気にしていたことだった。
そして今は、周囲に敵の気配はない。今試さずしていつ試すのか。
「『回復』なしで持つのは精々三分くらいか? ま、何はともあれ、物は試し――だッ!」
一体いつまで、自分は自身の身体で黒ひ〇危機一髪のような真似をしなければならないのか。そんなことを考えつつ、零斗が躊躇なく体に『激痛』の剣を突き刺す。
そして、脳内に流れ込んできたのは未知の世界だった。
まるで世界そのものと一体化したかのような感覚。目を瞑ってもどこに何があるのかを把握できる。部屋中に漂う獣臭さと血生臭さが不快だったが、それを補って余りあるほどの全能感。
今なら細胞の一つ一つを意識できるまで集中力が増していた。
「……こいつは、思った以上だな」
ただし、その身に余る程の感覚を、脳が処理しきれればの話だが。
常人ならばとっくに負荷に耐えきれずに気絶している程の情報量と痛み。それを受けて尚も立ち続けられるのは、零斗がこれまでに何度もその苦痛を味わったからであるが、それでも『回復』の剣なしでこの負担はとても受け続けられるものではない。
痛みに慣れている零斗でさえ、気を保ったままでいられるのは、予想よりもさらに短い一分程度が限度だろう。
「有り余っているとはいえ、時間は無駄にできないか。こりゃさっさと始めなきゃダメだな」
そう言って、零斗は自身の体内に意識を向ける。
入ってくる外界の余計な情報は全て無視して、ひたすらに自分の身体だけに集中し続ける。頭からつま先まで、ひとつ残さず。
零斗がやろうとしていることは、この感覚を『激痛』の剣なしで再現することである。
これから先、この『迷宮』で生き残ろうと思うのならば、最低限、感覚だけはあのバケモノ共に張り合えるくらいにはしておかねばならない。
そうしなければ、
そのために、通常なら達人と呼ばれるものが何年もかけて、漸く取っ掛かりを掴むところを、『激痛』の剣の増強によって短縮するわけだ。
――――そして、ちょうど一分を越えた辺りで、限界を迎え、思考が朧になり息が乱れ始める。
速攻で『激痛』の剣を引き抜き、『回復』を突き刺して体を癒す。その時、一息吐きつつも、決して感覚を忘れず、できるだけ維持する。
回復され、徐々に研ぎ澄まされた感覚は失われていくが、先ほどの戦闘時とは異なり、五感が完全に元に戻ることはなかった。どうやら、痛覚が完全に修復されるのに対して、五感が高まるのは、ある程度までなら害と認識されないらしい。
どんな仕組みで動いているのか全く見当もつかないが、どうやら『回復』の剣は思っているよりも遥かに高度な判断基準で、体にとっての害を決めているようだ。
でなければ、『痛覚』と『五感』の区別をするはずがない。
「……待てよ。てことは俺が拘束されてる間にも『激痛』と『回復』は交互に作用してたわけだから、ちょっとずつ俺の動体視力も上がってたわけだよな。……それで全く見えなかったあいつは一体どんな速度で動いてたんだ?」
考えたくもないが、ここで磔にされる以前の零斗だったら、ブーストをかけたところで魔物を目で追うことができなかったらしい。
――――本当にまぐれで勝てたのか。
万が一、城から出された直後に魔物と戦う羽目になってたいたら、と想像した零斗は苦笑を浮かべる他なかった。
「まぁ、勝てたから良しとするか」
そう言って、再び感覚強化を自分に施す。
■■■
――――時に、人が何か動作をするとき、無駄な力が入ってしまうことはよくあることだ。
スポーツにおいて、それは最も顕著に表れる。例えば、“肩の力を抜け”とか“リラックスして”とか言われるのがそれにあたる。
要するに、余分な力はパフォーマンスを下げることに直結するのだ。故に、無駄な力みを減らし、必要な時に、必要なだけの力を引き出せてこそ一流、というのは言うまでもないだろう。
武道というのは、それをより効率的にするという儀式の一種であるといえよう。
精神を統一し、己と向き合うことで心の乱れをなくし、深く自身を知って極限まで動きの無駄をなくす。なれば、多くの達人と呼ばれる者達の洗練された動き、常人には真似できない芸当は当然と言えよう。
――――しかし、ここで疑問が浮かぶ。
動きの無駄の
確かに達人は己の体をよく知っているため、どのように動き、どのような流れを作れば無駄が減らせるのかを経験で理解している。
だが、彼らとて人間である以上、限界はある。どうしても無駄な力や癖というのが生まれてしまう。
だがもしも、神経、筋線維の一つ一つ全てを認識することができ、己の体を、文字通り完璧に使いこなすことができたならば?
――――その答えは、今も『迷宮』の
『キシキシ……』
「……よッ、と」
絶賛、零斗は『迷宮』内の魔物と戦闘中であった。
甲殻類のような足で移動し、何本ものしなる腕で鞭のように攻撃してくる、黒塗りされたような外見のタコなのか、カニなのか、ヤドカリなのかよくわからない魔物。
ただ、『迷宮』に住まう魔物の例に漏れず、相変わらずの巨体かつ、強力無比であった。
初めてこの魔物と出会ったとき、思わず零斗が小声で「……きも」と言ってしまったのはここだけの話である。
――――とにかく、零斗命名『タコガニ』は風を切り裂く勢いで腕を振り、壁や床にはぶつかったと思われる痕跡がいくつもあることから、その攻撃力の高さが伺える。
しかし、その悉くを平然と零斗は
「んー正直、
タコガニの腕による猛攻を平然と避けながら、零斗が詰め寄っていく。
そして、おもむろに『激痛』の剣を構え、軽く振るった。
『――――ギッ』
断末魔すら上げることなく、一撃でタコガニは一刀両断され絶命する。そしてすぐさま塵になり、空気に溶けるように死体が消えていった。
「はぁぁぁ。お前ら倒した後すぐなくなるもんな。最初に会ったバケモノはともかく、お前はちょっと美味そうだから食ってみてえのに……」
死体が完全に消えた後、零斗が緊張感も感慨もなさげにそう呟いて、その場を後にする。
――――ちなみに断りを入れておくが、今、零斗が戦っていた魔物はこの迷宮では三番目くらいに強かったりする。
これまでの零斗の
だが、そんなバケモノと一戦交えたというのに緊張の“き”の字もないのは、零斗の一年以上にわたる鍛錬の賜物であると言えよう。
あれから、半年程度。毎日のように『激痛』と『回復』の繰り返しを続けていた零斗は、思いのほか早くに、当初目標としていた感覚を会得してしまった。
まぁ毎日
そして、想定よりも早く目標達成した零斗は、次なる目標である戦闘能力の向上に努めた。
感覚が異常なまでに発達したことで、体中の動きを意識することができるようになった零斗は、剣術というよりも、『体術』に重きを置いて鍛錬することにした。
とはいえ、前の世界で全く武術といったものに触れてこなかった零斗は、具体的にはどうすれば良いか長く迷った。
そして、何回もの試行錯誤の末、いくつかの最適解となりうるものを導き出した。
如何に動きの無駄を無くすか。
無駄な力を排するか。
どれだけ合理的に動くか。
機械のごとく効率的に動くか。
言うだけなら、何を当然のことをと思うかもしれない。
だが、取っ掛かりもなく、教えてくれるような師範も持たない零斗は、自力でそれら全てを満たす動きを見つけ出さねばならず、その日々は感覚強化の鍛錬以上に困難を極めた。
そのために必要だったのは、磨き抜かれた瞬発的な判断力、五感、経験。
それはこの世界に来た当初の零斗では、到底不可能な鍛錬だっただろう。
――――だが、生物として、極限まで感覚が発達した“今”の零斗ならばそれが可能だった。
言う程簡単なものではなく、体の筋線維一本一本ですら意識し、使う場所は最大限に、使わない場所は最小限に力を抑える。
そんな人体構造的に無理のある動きで何度動けなくなったのかもわからない。
しかし、その度に『回復』で無理やりに体を動かし続け、数多の魔物と戦ううちに動きの癖、弱点などを少しづつ潰していくという途方もない道のりの末――――遂に、零斗は辿り着いた。
――――人間の限界を
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