第11話 悪意
――――どうしてこうなったッ!!
そんな叫びをあげる暇さえ与えてくれず、目の前にいる二足歩行のトカゲのような
つくづく自分の運のなさには呆れが込み上げてくる。大体、この世界にきてからというもの、自分の嫌な予感はほとんど的中している。これもあの神とやらの仕業なら、いい加減一発殴っても許されるのではないか。
目の前を魔物の鋭い爪が通過し、零斗が冷や汗をかく。
「……あっ、ぶないなあッ!!」
『グガァッ!!』
辛うじてよけられたが、こちらは疲労が重なった上、日が沈んで暗くなっているため視界が悪い。
対して魔物は基本的に夜行性。夜目はこちらとは比にならないくらい効く。強さ的には普段零斗が手合わせしていた騎士とほぼ互角か、やや上回っている程度。夜というアドバンテージを考慮すれば、零斗の手に余る敵だった。
しかし、何とか気合で零斗は魔物の動きを読んで対応していく。
「……はァッ!!」
戦闘面で力になろうと奮起していたころに比べて比重は落ちているが、まだ戦闘技術を磨くぐらいはしている。何もない分、なるべくできることはやっておこうという零斗の判断が今は功を成していた。
しかし、相手は魔物。護身用の短剣で傷をつけられるほど軟な肌をしていない上、運が悪いことに鱗に覆われ零斗の攻撃の悉くは阻まれていた。しかも、爪に引っかかれたところが若干痺れていることから、魔物の爪には毒があるらしい。
「ぐふっっ!!」
零斗が一瞬の隙を突かれ魔物に体当たりされると、肺に溜まった空気が押し出され、咳き込む。呼吸がままならず、たまらず距離を取った。
「げほッ、ごほッ……」
――――しかし、なぜ城の内部に魔物が入り込んでいる?
戦いに集中しつつも、零斗の頭にそんな疑問が浮かぶ。
城というのは、“宮殿”とは別の物だ。内部構造を複雑にすることで外敵の侵入を遅らせ、さらに侵入者を迎撃しやすいように設計することで防衛施設としての機能も備えられている。
そんなものが、ましてや“王の寝室”の前まで魔物の侵入を許すことなどあるだろうか。
――――何かが、おかしい。
『グルァァッッッ!!』
零斗がそう思っている間にも、魔物が間合いを詰めてくる。
何はともあれ、まずは王から魔物という脅威を遠ざける必要がある。そのためになるべく音を立てて助っ人を呼びながら場所を変えるべく動く。普段ならこういう時のために救援を呼べる道具を持っているのだが、今は風呂帰りということもあり、手元にあるのは、精々着替えとタオルくらいだ。
――状況の整理は終わったと、零斗は深呼吸を一つ。
「……誰かぁぁぁッ! いませんかぁぁぁッ!!」
まずは大声で直接助けを呼ぼうと試みるも、反応なし。
そのことに零斗が小さく舌打ちしながら、魔物の目を睨み、そして構えた。
「……こい」
魔物がすぐ目の前まで迫り、爪を零斗に向かって突き出す。風切り音と共に零斗の服を切り裂いて、僅かにかわし損ねた左脇腹にかすり傷を付ける。
暗いことで間合いが計り辛くなっている。昼間なら躱せた攻撃だ。
それに毒が徐々に効いてきているのか、たまに視界が若干霞む。これは早めに誰かに来てもらわないといよいよ手に負えなくなる。
そう思いながら、零斗は短剣を逆手に持ち替え、目を細めながら魔物の身体を観察する。
(……体の大部分は鱗で覆われ、傷一つ付けられない。むしろ刃がかけるから極力攻撃は避けるべきだな。――――でも、守りが薄い部分はある)
だいぶ目が慣れてきて魔物の動きが捉えられるようになってきてから、零斗が反撃するために目を付けた部位は三つ。眼球、喉、股間部だ。この三点に関して、大体の生物は共通で弱点としている。
それは魔物とて例外ではない。
「お前の動きもだいぶ読めるようになってきた。……今度は、こっちだッ!」
そう言って、最短距離かつ最速で短剣を魔物の眼球に振るう。
『ガァァァァァッッ!!』
魔物からしてみたら片目をつぶされるという激痛。耳を
大量の血が滴り落ち、短剣の先端にも赤い液体が付着する。
魔物の血も赤いのかと、妙に冷静な感想を抱きながらも、油断することなく暴れる魔物を零斗は見据える。
「……流石にこの悲鳴で騎士が寄ってくるでしょ」
これで誰も来なかったら、いよいよざる警備と評価せざるを得ないところである。いい加減毒も回ってきて眩暈を覚え始めた頃だ。さっさとケリをつけて部屋に戻って寝たい。
そう、零斗が一息つく。
――――そして、それは突然訪れた。
『アアアァァ――――ギャッ』
「――――ッ!?」
突然、何者かに胸部を剣で貫かれて即死する魔物。
そして剣が引き抜かれ、血をまき散らして魔物は倒れた。その光景に、零斗は自身の肌が粟立つのを感じる。
――――なんだ?
そう呟く間もなく、正体不明の人影は魔物が倒れた後、その背後から姿を現した。
「――――完璧だ」
そう口にしながら、魔物の死体には目もくれずに、零斗に向かって歩み寄る黒衣を纏う人物。
それを見た零斗は、自身の心臓が未だかつてないほどに鳴り響いているのを感じる。何かが全身を這うような不快感。穴という穴から噴き出す嫌な汗。
一刻も早くこの場を離れなければならないと直感が告げていた。
――――こいつはやばい、と。
「王から敵を遠ざけ、広い空間で明かりを確保。自身の武器ではダメージ源にならないと判断して、的確に急所を見抜いたうえで見事、傷を負わせた。いやぁ、全く――――君が『無加護』なのが残念でならないよ」
その言葉に一切の世辞はなく。零斗に対して、まるで――――。
フードを深く被っていて目が見えないが、僅かに覗いた口元は確かに笑っていた。
身震いしそうになるのを必死に堪えながら、零斗が睨む。
「……あなた。誰ですか」
「やだなぁ。そんなに怯えなくてもいいじゃないか。折角助けてあげたのに」
――――味方か?
自分への問いに即、首を横に振る。
「しかし、本当に『無加護』なのがもったいないなぁ……。そうじゃなかったら私の部下に欲しいくらいなんだが」
「心にもないことを言うのが上手いようで」
「いやいや本当だよ。その判断力と対応力は実に惜しいなぁ。……しかし、これも務めだ。悪く思わないでくれよ」
刹那、謎の人物は零斗の視界から姿を消す。
「――――え?」
次の瞬間、首に大きな衝撃を感じたのを最後に、零斗は意識を失った。
■■■
――――寒い。それと変に生臭い。
微睡む意識の中、そんなことを思う。
――――そういえば、なぜ自分は寝ているのか。確か、遺跡の探索に同行した後、大浴場に行って……その帰りに魔物と遭遇して、戦った。その後はよくわからない奴が魔物を倒してたような――。
その時、一気に零斗の意識が覚醒する。
あの後、自分はどうなった。確証はないが、おそらく気絶させられた。
それだけわかれば十分だと、零斗が体を起こして今の状況を把握しようと試みた――――が、それは自分の手を繋ぐ
「……? ここは?」
冷たい石の床。部屋には簡素に作られたベッドが一つ、その上に零斗は寝かされており、壁際に繋がれた鎖が自分の左手を拘束している。
そして、目線を少し上げれば、嫌でも自分がいる場所を理解させられた。
「――――牢……屋?」
廊下と部屋を隔てる、何本も立てられた細い鉄の棒。
考えるまでもない。ここは牢屋で、自分は閉じ込められている。以上。
――――待て。待て待て待て待て。
自分が牢屋に入れられるような覚えは微塵たりとも無い。いったいあの後、自分は何をされた。何故牢屋に入れられている。
そんな、訳も分からず混乱している零斗の元へ足音が近づいてくる。
「……お、目が覚めたか? ――――
看守だと思しき人物が、零斗にそんな言葉を投げかける。
「……大罪人……?」
全く身に覚えのないフレーズに思わず零斗が聞き返す。その様子を心底不愉快そうな顔で見て、看守はつづけた。
「とぼけるな。貴様が国王――ロマノフ陛下を暗殺しようとしたことはわかっている。貴様、無加護だからって、遂にやけになったか?」
零斗の思考が凍り付く。
誰が、誰を暗殺をしようとしたって――? と。
国の長ともあろうものを殺そうとした。それが大罪なのはサルでもわかることだ。
――問題なのは零斗はそんなことをしようとした記憶もなければ、考えたことすらないということだ。
「ま、待ってくださいッッ! 僕が……国王を殺そうとした……? 一体、何の話をしているんですか?」
「ほう、あくまでシラを切るつもりか? だが生憎だったな。お前を捕らえた時、動かぬ証拠があったぞ? ――――“血液のついた短剣”が、な」
「……それは……」
頭によぎる最後まで握っていた短剣。間違いなく、それには血は付いていた。
だが、それは決して人間の物ではなく、魔物由来の物だ。間違っても国王を傷つけたことはないと断言できる。
「違うッッ! あれは魔物を切った血ですッ!」
「何……? ――――はははッ! これは傑作だ。貴様、何がどうしてこの城の中に魔物が入り込むというのだ? 付くならもう少し、マシな嘘を言えないのか?」
零斗の言葉に腹を抱えて看守が笑う。
だが、そんな彼にこそ、こう言ってやりたかった。
すなわち――――“それはこっちのセリフだザル警備がッ!”と。
ひとしきり笑ったかと思うと、歯噛みして睨む零斗を一瞥、そして看守が続けた。
「……さて、本来なら陛下を手にかけようとした時点で死刑は免れないが、貴様も一応、どこまで腐っても勇者の端くれ。今、貴様の判決を下そうと審議が行われているところだ。心して待つと良い」
そういうと看守はどこかへ行ってしまった。
「……何が、起きてるんだ? 僕が暗殺……?」
何か大きなことに巻き込まれた。それだけは確信できる。
百歩譲って、零斗が国王暗殺を試みたとして動機がない。――いや、正確に言えばないわけでもない。
ここでの劣悪な生活。酷い待遇。この二点に関して、確かに零斗は不満があった。……だがそれで殺しを企てるなど、少々短絡的すぎるだろう。
そのことを考えない者がいない筈がない。だが、現に零斗はさも決定事項であるかのように、犯人扱いを受け、独房に入れられている。
――つまり、零斗が犯人になった方が都合が良いと判断されたということだ。
その事実に行きつくと同時、零斗は総毛立つのを感じた。
あの夜、黒衣を纏う者はおそらく、最初から零斗の行動を
あの格好と声も認識阻害系の魔法が掛けられていたのだろう。出会ったという記憶はあっても、その存在自体の記憶が一切ない。おまけに、自身が手こずった魔物を一撃で仕留める実力の持ち主。間違いなく相当な手練れ。それも、“隠密”系の。
だが、あれが外部からの侵入者である可能性はほぼないと言い切れる。……なぜか?
外部からの侵入者だとしたら、今頃ロマノフは
間違いなく、あれは城の関係者だったと言えるだろう。
そして、奴が姿を現した時が、零斗が魔物に傷を負わせた時と重なっていたのは決して偶然などではない。最初から窺っていたのだ。
――――零斗の持つ武器に
そして、あの戦闘時に騎士が全く来なかったのも奴の仕業だと考えれば、全て辻褄が合う――。
「――――謁見の時以来かね? 零斗君」
ゾクッと、不意にかけられた声で零斗の身体が跳ねる。
聞き覚えのある声。忘れもしない、この世界で二番目に名を覚えた人物であり、今回のカギとなる筈の人物がそこにいた。
「…………ロマノフ……さん?」
「やれやれ、大変なことになったな。零斗よ」
全く気が付かなかった。
またしても思考に耽りすぎたかと零斗が思うのも束の間。突然現れた予想外の来訪者に、声を荒げて零斗が訴えかける。
「ロマノフさんッッ!! 僕は決してあなたを殺そうとしてません、信じてくださいッ!」
「……ああ、わかっている」
ロマノフの言葉に零斗は違和感を覚える。
……そういえば、なぜ彼は護衛の一人も付けていないのか。普通、自分を殺そうとした者の牢獄の前に来るなら、檻で隔たれてるとはいえ護衛を付けるはずだ。そもそもの話、王が単身で行動すること自体が普通ではない。
「お前が暗殺者でないことくらい知っておる。――――なんせ」
続く言葉に、零斗は何度目か分からない嫌な予感がした。……いや、もはやそれは予感などではなく、
「――――そう
その言葉を聞いて、零斗は顔面蒼白になる。
同時にすべてを理解した。――自分は嵌められたのだと。
しかし、それを拒むかのように零斗が叫ぶ。
「な……何でですかッッ!? なぜ僕があなたを暗殺しようとした人にならなければならないのですかッ!?」
「……簡単な話よ。零斗……お前は、勇者でいるには
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