第9話 決別

 教官がこちらに気づき声をかけてきた時、その場で剣を素振りしていた何人かがこちらを見た。

 しかし、すぐに興味を失って元の素振りに戻る。


 声をかけてきた教官はというと、いかにも厳しそうな見た目と雰囲気だった。それだけで零斗は威圧され、すぐに帰りたくなる。

 しかし、颯はそんな零斗の心情には当然気づかず、彼に話しかけた。


「アバドンさん。来ましたよ」

「うむ、よく来たなハヤテ。それと……お前は例の奴か」


 颯がアバドンと呼んだ、若干禿げかかっている男性は零斗の方を向く。


「……灰瀬零斗です」


 ここに来てからやけに名前を名乗る機会が多い。完全に未知の場所だから仕方ないものの、零斗からしてみたら溜まったものではない。さっさと済まして訓練に加わりたいところである。


 そう思っていると、何やらアバドンの様子がおかしい。ふと、周りを見渡せば訓練している者達の中には零斗を指差し、薄ら笑う姿もあった。

 何事かと颯と零斗がアバドンの顔を見ると、そこには――――零斗が嫌という程向けられてきた目があった。


「お前か、と城内で噂されている人物は」

「……あぁ、そういうことですか」


 曰く、彼はこう言いたいのだろう。



 ――――雑魚が何しに来たのだと。


 皆まで言わずとも零斗にはわかる。

 アバドンの自分を見る目は、昔、自分を散々馬鹿にしたいた連中と同じ、人を見下した目だ。


 颯に言われた時点で彼がオブラートに包んでくれていたことは察していたものの、こうも露骨にされては、ある程度慣れている零斗とて多少不愉快である。


 そして異様な雰囲気を感じ取った颯は、友人を罵倒されたことに気づいてすぐに反論する。


「アバドンさん。いくらなんでもそんな言い方はないんじゃないっすか?」


 しかし、そんな訴えも鼻で笑って一蹴し、アバドンは続ける。


「そんな言い方? 私は事実を言ったまでだ。聞いたぞ? なんでも他の者は、ルーク殿に勝つとまではいかなとも善戦はしたというのに、そいつだけは速攻で病室送りだったそうだな? 仮にもを受けたものの結果とは思えん。だからこう噂されているそうではないか――――その者は加護無し、『無加護』のだと」

「……」


 どうやら思っていたよりも悪い方向に勘違いされているらしい。

 まぁ、自分の持つ加護の内容を考えれば、確かに『無加護』とも言えなくもないのだが。 


 だが、仮にも勇者の一人である自分をこうも罵倒するということは、城の中での自分の評価は地の底にあると思っていた方が良いだろう。

 

 零斗が何も言い返さずに黙り込んでいると、アバドンは、ここぞとばかりに汚い笑みを浮かべながら畳みかける。


「そんな軟弱者に私が戦いを教えたところで使い物になるとは思えん。よっぽどここにいる他の騎士の方が良い動きをするだろうな。故に、『無加護』の貴様に教えることは何もない」

「――――そんなッ!! それはあんまりじゃないですか!」


 あまりにも理不尽な物言いに颯が抗議の声を上げたが、あくまでアバドンは自分の発言を取り下げるつもりはないらしく、平坦な口調で続けた。


「なんだハヤテ。無加護のそいつを庇うつもりか? ならお前もこれからはそいつと稽古をすれば良い。俺は止めんぞ」

「ッッッ!! いい加減にし……」

「――――それ以上は駄目だよ颯。君まで僕と同じ扱いを受ける必要はない」


 颯の殺気があふれ出た瞬間、確かにアバドンが一瞬、焦りの表情を見せ、一歩下がった。

 それを見て、零斗は手を振りかざして彼の言葉を遮った。

 

 零斗のためを思い、颯が何らかの暴力的手段に訴えて彼を脅しそうとしたことは想像に難くない。全く、良い友人を持ったものだと零斗は僅かに笑う。

 


 しかし、それとこれとは話は別だと、表情を険しい物に戻す。


 周囲の騎士達の反応や態度を見た所、ここでの彼の権力はかなり大きい。

 そんなアバドンを恐喝したとあれば、それを大義名分にして、勇者である颯であっても確実に締め出すだろう。


 少なくとも、の目には、自分の面子や立場という物しか映っていない。

 それは自分だけでなく、颯にさえも一瞬侮蔑の眼差しを向けたことからわかることである。

 

 人間を救うべく召喚された『勇者』の力を備えているはずの、颯でさえも、こいつにとってはちょっと腕が立つガキ程度にしか思っていないのだろう。


 それらを鑑みれば、アバドンが気に入らないからというだけで、颯も締め出すことに全く躊躇いを見せないと確信できる。



 確かに零斗としても加護が貧弱な以上、他の部分で補う必要があるため、訓練に参加できないというのはかなり痛い。


 しかし、それ以上に颯まで同じ立場に自分のせいで引きずりおろしたとあっては、この先ここにいる間、自分はずっと負い目を感じていくことになるだろう。


 ――――何より、自分を庇ってくれた友人をそんな目に遭わせたくはない。


 そして、零斗はある決断に手を握りしめた後、軽い笑みを作って顔をあげる。


「大丈夫、僕は自分で何とかするよ。見て盗むなりしてね。それくらいは良いでしょ? アバドンさん、なんたって僕は『無加護』なんだから、そんくらいしないと追いつけないよ」


 気を抜けば、今にも剥がれそうな笑顔を必死に取り繕って零斗は言った。


 それを見て満足したのか鼻をならし、アバドンは答える。


「ふん、どうやら無能なりに弁えているようだな。だが、圧倒的に劣る貴様が一体どこまでできるか……見ものだな」

「――――ッ!! 零斗ッ。お前はそれで良いのかよッッ!?」

「……ああ。構わないさ」


 本心を噛み殺し、あくまで何でもないかのように振舞うことに徹する。


 ――――それが当然だと思い込め。一部たりとも悲観するな。これが最善だと、自分に言い聞かせろ。


 そうでもしないと――――


 そんな彼の内心を推し量ったのか、颯は一瞬黙り込んだかと思うと、一言小さく呟いた。

 

「……待ってるからな」


 そう言って背を向けた彼を見て、零斗の胸にどっと後悔が押し寄せる。選択を誤ったのではないかと、心のどこかで叫んでいる声を無視し、歯を食いしばって、零れそうになるものを堪える。

 

 そして、同じく、中庭に背を向けて零斗が言った。


「……じゃあね、颯」


 

 その後、零斗は魔法の座学の方にも顔を出しては見たが、やはり同じように冷たくあしらわれてしまった。

 仕方なく、部屋を出ようとすると、その場にいた咲夜も颯と同じく寂しそうな表情をしていた。


 ――――胸を引き裂かれそうな痛みがしたのは、きっと気のせいだろう。これがなのだから。



 それから、零斗は一人で修業を始めることにした。


 基本的な情報源は、辛うじて使用許可を得た城の書物庫にある本のみ。

 最初は司書に断られたものの、根気強く粘ったところ、「持ち出し不可」かつ「書き写しすら禁止」という条件で何とか許可までこぎつけた。


 他の勇者は自由に持ち出しも許され、書き写しも好きなだけできるのだが、そこはやはり自分の評価的に仕方のないことだろうと、零斗は割り切った。


 そして、武器は一本、安ぽく刃のつぶれた剣を渡されたのでそれを使うことにした。

 型なんて物、知る由もない零斗は、武術書を読み漁ったり、隠れて他の勇者たちの演習を見に行くことでそれを真似ていた。


「こうかな……いや、もう少し高く……」


 一人でブツブツ言いながら剣を振る零斗を、『無加護』が何かしていると使用人達は奇異の眼差しで、騎士たちは嘲笑を伴って見ていた。


 しかし、そんなことに構っていられるほど、零斗に余裕はない。

 何せ剣の加護も、魔法の加護も一切持っていないのだ。

 本来の意味での加護を持つ『勇者』達に追いつくためにも、学ぶことが山のようにあり、時間はいくらあっても足りない。

 休憩をはさむときでさえ全力を尽くし、すぐにでも動けるように努めた。




「――――嘘だろ?」


 息抜きも兼ねて、知識も溜まってきたので本格的に魔法の鍛錬にも力を入れるべく、最初に誰もが行う魔力の測定をしようと、魔力量の測定器具である水晶を借りてきた矢先の悲劇だった。


「何の反応もない……だと……」


 思わず膝から崩れ落ち、項垂れた。


 通常、魔力があるならば光を放ち、“適性”に応じて色が変化するとは聞いていたものの、零斗が手をかざしても、のだ。


「え、いや。魔力ってどんな生物にでも少しはある筈なんだけど。“光らない”って、まさか僕の魔力が文字通りってこと?」


 あまり考えたくはないが、測定器具は嘘を吐かない。


 認めたくないが、つまりはそういうこととなのだろう。

 すなわち、密かに夢見ていた手から火球を放つような真似も、雷をおとすようなことも一切できないということになる。


 そうして、『加護』はおろか、魔法のが皆無だということを悟った零斗は静かに呟いた。


「――――もう、僕だけ元の世界に返してくれないかな」


 今にも血涙を流しそうな勢いで、まるで呪詛のごとく水晶玉を虚ろな眼差しで見つめた。

 

 それから三日ほど気力をそがれ、素振りだけは辛うじて行っていた零斗だったが、何とか立ち直り、再び以前のような生活に戻り鍛錬を再開した。

 魔法も正直期は進まなかったが、知識があればいずれ役立つと思い、変わらず書物庫へ行った際は魔導書にも目を通していた。



■■■


 そんな日々を気が付けば、二か月。零斗は過ごしていた。


 そして、ある日を境に悟った。


 ――――意味がない、と。


 あれから、何度かルーク以外の騎士と手合わせした際、確かに手ごたえがあり、僅かに相手が動揺していた。

 何なら、何度か苦しくはあったものの勝利したことさえあった。


 知識もかなり蓄えてきており、魔法も使えずとも、魔法陣の種類や構造の読み取りなど一通りの基礎は収め、さらに魔力を感じ取れる能力もあってか、『魔導学』はまだまだだが、『魔法学』に関してはかなり理解したつもりだ。


 完全に何もない状態からそこまで持っていければ上々じゃないかと、そう思っていた時、零斗は故郷を同じくし、あの時決別した友人の姿を見て言葉を失った。

 

 ――――何人もの騎士を相手取り、余裕の表情で攻撃を躱し切った上、全員を一撃で気絶させるという離れ業をやってのける颯の姿。


 ――――灼熱の炎、地を凍てつかせる程の冷気、吹き荒れる暴風、天を割る雷、それら全てを自在に操る咲夜の姿。


 その時、零斗は加護の偉大さを身に染みて理解し、歯噛みした。

 

 まるで自分の二か月がなかったことにでもされるかのように、圧倒的な成長を遂げる勇者達。

 これを見て尚、である自分に価値を見出せるかと言われたら、零斗は首を横に振るしかなかった。


 もはやこれ以上何をやったところで意味がない。零斗が「一」成長している間に、彼らは「百」にも「千」にもなっている。到底敵う筈もない。


 何より、それを前にしてはやる気の一切が削がれたし、これ以上喰らいついていって正気を保てる自身がなかった。


 ――――しかし、零斗はそこで甘んじることはしない。


 無意味だと理解したなら、を探すだけだ。


 そして、早々に勇者達しているような鍛錬に見切りをつけ、知識面での支援をすることに切り替えた。


 武器の手入れ、野営するのに必要な道具や地理、果てには魔物の解体法まで。


 直接魔王討伐に役に立つようなものはなかったが、どれもあるのとないのとでは天と地の差が生まれる技術を、ひたすらに零斗は磨き続けた。


 流石に、実際に魔物の解体をしようとした時には全力で止められ、城の外でやる羽目になったが、あれはあれで良い経験になった。

 その際、同行してもらった解体慣れした冒険者には、零斗ぐらいの歳から魔物の解体に興味を持っているのは珍しいと変に感心された。


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