第8話 不穏
それから行われたロマノフの説明を要約するとこうだった。
今、人類は魔王率いる魔王軍なるものに脅かされていて、それを打開すべく勇者――つまり自分たちを呼び寄せたらしい。それで並みの人間では倒せない魔王を、授かった加護を駆使して倒して来いと、そういうことのようだ。
何とも聞き飽きたような話だったが、創作の世界と現実では明確に違う点が一つある。
そのことを零斗はふと口にした。
「……魔王を倒して、その後は僕らをどうするんだろ」
現実では、悪役を倒して、はいおしまい。めでたしめでたし。なんてことには絶対にならない。
必ず、その先の話がある。
それに全く触れないロマノフを怪訝に思うのは、自然なことだろう。
――――そんな小さな呟きに一瞬、最も零斗が
「――――というわけで、これから中庭に向かうぞ」
……さて、話の途中から、如何にラベンドが栄えた国かという力説、それに王家の歴史といったような、今聞いてもしょうがない内容になってきていたので半ばスルーしていたのだが、話は進展していたらしい。
周囲を見ると、その言葉を待っていたと言わんばかりの顔をした真司が真っ先に目に入る。
加えて、何やら颯と咲夜もソワソワしているものの、その表情を見るに、特段よからぬ事をされるわけではないようだが、なぜだか零斗は嫌な予感がしていた。
その後、しばらく迷路のような構造の城をロマノフに先導されて歩き回った後、一際広い空間に出た。
地面がそのまま土であることと、天井が開けていること。
それに、かかしのように鎧が立てられ、剣や弓矢といった武器になるものが置かれているのを見るに、『中庭』とは、この城において演習場か何かを指す名前なのだろう。
「それにしても、本当にここ広いな……」
ここまでに道のりから自然と零れた言葉だった。
夜中にトイレに行きたくなった時にどうするのか、掃除するのに何人必要なのか等、全く場違いなことが零斗の頭によぎる。
こんな時に何を考えているのかと思うかもしれないが、少し待ってほしい。
何せ、現代ではまずお目にかかれなかった『生きた城』。
現実に甲冑を着込んだ騎士や、本物のメイド服、燕尾服を着た給仕なんてものを実際に見せられれば、いくら他に考えるべきことがあるにしろ、気分が昂るのはしょうがないことではないだろうか。
――――尤も、ここに来るまでにも、ロマノフが城の設備の自慢をするのでそれも冷めてきてしまっていたところであったが。
もしやここに来るまでに城の自慢がしたくて、あえて遠回りしたのではないかと思うほどに彼の解説は熱が入ったものだった。
事実、零斗と同じ発想に至ったのか他の勇者たちも若干彼のことを引いた目で見ていたのだが、当の本人は全く気付いていなかったようである。
今も彼は一通り満足のいくことが話せたのか、ほくほく顔で零斗たちを中庭に備え付けられた観客席のような場所へ案内し、用意してあった来賓用の椅子に座らせる。
その後、彼は自分たちの前に立って口を開いた。
「ではこれから、勇者の歓迎式を執り行う」
場所を変えて何をするのかと思えば、まだあれが前座だったと言わんばかりにロマノフが言う。
後ろを振り返ると、騎士と思しき甲冑を着た者達が整列している。
まさか本当にこれから、またあの長ったらしい割に中身のない話が続くのかとげんなりしていると、それ以上に耳を疑う言葉がロマノフの口から発せられた。
「これからお主たちにはこの城の
「…………ッ!?」
ロマノフがルークと呼ばれた甲冑を纏う人物とアイコンタクトを取る。
「ルーク、お前の腕を存分に発揮せよ。相手は勇者だ、加減すれば逆に負かされるやもしれん。そんなことは一部たりとも思うな」
「……はっ!」
期待の籠った眼差しで、ロマノフが勇者たちの顔を見ていた。
神の加護を給いし勇者達だ。さぞ、素晴らしい動きを見せてくれるのだろうと、胸を躍らせているらしい。ルークも鎧に隠れてよく見えないが、心なしか隙間から覗く目が輝いていた。
それに応えるように勇者達も緊張と、自分の持つ強さが確認できるということで気分が高まっていた。
――――その中で、唯一、零斗の顔が青ざめていた。
「どうした零斗、腹でも痛いのか?」
「……いや、別に」
冗談じゃない、と内心で零斗は叫ぶ。
当然、彼は日本にいる間、剣はおろか、喧嘩の一つさえやったことがない。そんな者が突然戦えと言われて何ができるのかというのか。
いや、仮に加護とやらがもう少しマシなものであればよかった。
だが、零斗に関してはただ体が頑丈なだけである。しかも、それがどの程度まで保証されるのかさえも分からない。
こけても膝をすりむかない程度――――とかだったら、まず詰みである。
勝機は皆無の上、下手すれば死ぬ。死ななくとも、自分に戦闘能力がないことが露呈するのは確定である。
そうなれば、魔王を倒せと言っている以上、勇者に対して相当な戦力を期待している彼らが自分をどう思うかなんて――――もはや想像すらしたくない。
どうするべきか。
零斗の額を冷や汗が伝う。
「最初に彼と戦うのは誰が良いか……」
そんな零斗の考えを他所に、ロマノフが呟く。
一人一人の顔を見てもどうにもピンとこず、誰から戦わせるべきか悩んでいる。
どうしたものかと、呟きかけた時、ロマノフの頭に一つの案が浮かんだ。
「名乗った順番で戦うのはどうだ?」
それに対する異議の声は上がらない。
……と言っても、この国の最高権力者の提案においそれと反対意見を述べるような輩がいるとも思えないが。
「よし、では決定だ。確か、初めは真司だったな?」
「俺か……」
一番に指名された真司がゆっくりとした足取りと緊張した顔持ちで、ルークの前まで歩いて行く。
すると、ルークが真司に手を差し出してきた。
それがすぐに握手だと分かると、真司は困惑した顔でそれに応える。
「よろしくな。シンジ君」
「あ、ああ。よろしく」
なぜすでに名前が知られているのかと疑問に思う真司だったが、直後にルークに手渡された木製の剣を見ると、すぐにどうでも良くなった。
そして、真司が柄をしっかりと握り、ルークを見やる。
「――――これで戦えってことか」
「そういうことだ。ちなみに重さは金属製の物とほぼ同じにしてある」
そう言われて真司は改めて剣の重みを確かめる。彼の手には確かにズッシリとした金属のような重さが感じられた。
だがなぜか、剣を軽く振るってみると真司はすぐに使いこなせると確信する。
まるで知っていたことを思い出していくかのように、剣の振り方、身のこなし方が頭の中に書き込まれていく。
――――これが加護か、と真司が楽しげな笑みを浮かべる。
「よし、俺はいいぜ。もう大体わかった」
「では、始めるとしよう」
二人が間合いを取ると、互いに構えの姿勢を取る。
あまりに堂に入った真司の動きに勇者達の目が奪われる。日本には剣道はあったが、それとはかけ離れた真司の構えが他の勇者たちに思い知らせる。
――――あれこそが加護の作用。
そう理解した彼らが二人に見入るのは当然のことであった。
同時に、自分はあれを絶対に経験することがないと分かっている零斗は、彼らに複雑な目を向けることしかできなかった。
「審判は我がやろう」
ロマノフが二人の間に立ち、手を掲げる。
その瞬間、ピンと張り詰めたような空気が場を包んだ。
うるさくすら感じる静寂、普段意識することのない心臓の鼓動が唯一聞こえる緊張感。ルークが彼の身の丈程ある大剣を全くぶれずに構えているのに対し、真司は片手で木剣を低く構える。
まるでそれが正解だと知っているかのように。
そして、誰かが生唾を飲み込んだ時、それは告げられた。
「――はじめッッ!!」
――――それが零斗の最後の記憶だった。
目を覚ますと、零斗は病室らしき部屋のベッドで横たわっていた。
「――――ッ!? ここどこ!?」
「お、漸く目が覚めたか」
軽い口調で颯が零斗に声をかける。
「……えーと、全く記憶がないんだけど……なんで僕ここで寝てるの?」
「……あぁ~、無理もないか。そうだな……どこから話すか――」
内容は、最後に会った記憶から予想していた通りだった。
どうやら零斗はあの後、興が乗ってきたルークの本気の一撃を、まったくの無防備な状態で受けてしまったらしい。
あの重厚な剣を軽々しく振るうような人間のさらに全力の一撃だ。
当たりどころが良くても重傷。最悪の場合、本当に命を落としていただろう。
だが、奇跡的にも、その攻撃を何とか零斗の肉体は受け切り、何とか胴体の骨が十数本折れる程度で済んだらしい。
――――冷静に考えたらだいぶ致命傷なのだが、そこはこの世界の魔法で何とかなったようだ。凄まじく金がかかるらしいが、ルークがやりすぎたということで払ってくれたらしい。
そして、すぐに試合は中止させられ、治療を受けたのが三日前。そしてたった今、目を覚ましたということらしい。
「にしても、お前。あれを全部受け切って気絶で済むってすごいな。俺なら死んでたわ」
「はは……まぁ、悪運だけはいいからね……」
はたして
どうも
まぁ普通に考えて、あの剣をノーガードでぶつけられたら自分のような一般人なんぞ即死だろうと、仮に加護がなかったら……いや、それ以上は考えない方が賢明である。
「そういや、士郎っていったっけ。あいつはマジでやばい。同じ勇者だとは思えねえ」
それは何となく予感していた零斗にとって、特段驚くことでもなかった。ただ、どうやって戦ったのかは気になるところである。
「どうだったの? 具体的に」
「――――始まった瞬間、ルークさんの剣が飛んでた、って言えばわかるか?」
「……なるほど」
それを聞いた瞬間、零斗の顔が曇った。
――――――一体どんな《チート能力》を貰ったんだよと、内心で悪態をつかずにはいられなかった。
思っていた以上にデタラメな力を持っているらしい。
全く羨ましい限りである、〇ねば良いのに。
零斗がため息を吐いていると、颯が今度は神妙な表情で口を開く。
「そういや、あんま言いたくないんだけど――――あの日からお前を見る城のやつらの目がおかしいんだ。何かすることはないと思うけど、念のため気を付けてくれ」
珍しく颯がそんな顔をしていたことで、いったい何を言い出すのかと思っていた零斗だったが、その言葉で気が抜ける。
――――そんなこと、話を聞いていてわかり切っていたことだ。聞いたところで特に何も思うところもない。
しかし、颯からしてみたら、事実を知ったら自分の友人は酷く落ち込んでしまうのではないかと心配するに十分な内容だった。
なので、実のところ、颯は内心で言うべきかどうかかなり悩んだのだが、そんな心境など知ったことじゃないと言わんばかりに零斗が答える。
「ああ――――そんなことか。大丈夫、気にしないで」
「そんなことっておま……いや。そっか……だよな。お前だしな」
何やら複雑そうな表情をした後、ちょっと無理したように笑って颯は言った。
無神経だとでも言いたいのだろうかと、零斗は半目で颯を見つめるが、颯自身は全く気付かずに続ける。
「そういや、零斗も目を覚ましたし、俺も訓練に参加しようかな」
「訓練?」
「そ。ほら、俺らって――まぁ士郎は別として戦いに関しちゃ素人だろ? それにこの世界のことも全然知らないし。だから、しばらくの間はここで力をつけろってロマノフのおっさんが言ってたから、多分訓練ってのがそれなんだろ」
国王をおっさん呼ばわりするとは颯も大概である。
――――だがそう思う一方で、零斗は颯に何度目か分からない感謝をしていた。
さらっと言った、
――――本当に、救われっぱなしだなと、笑う。
「……ん? 何笑ってんだ。ほら、お前用の服も持ってきてんだ。さっさと行くぞ」
「……はは、そうだね。すぐ着替えるよ」
そうして着替え終わった後、再び中庭に零斗と颯で姿を現すと教官らしき人物がボソッと呟く。
「……来たな」
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