第7話 疑問

 マクスの後についていくと、零斗達は広い応接間のようなところに通された。そして、長いテーブルの前に用意された、座り心地のよさそうな椅子にそれぞれ腰掛けるように指示され、それに従う。


「零斗、さっきのあれはなんだ?」


 颯が言っているのは、零斗が先ほど男性に質問したことと、観察するように見つめたことだろう。


 ――――さて、どう答えたものかと零斗は悩んだ。


 何しろ自分のあの感覚は、自分だけのものなのか、それとも他の者も感じられるのか、どちらか分からないからである。

 もし前者だった場合、説明しても伝わらない上、頭がおかしいと思われるだけだろう。


 だが、聞いてきた相手が颯である以上は誤魔化すような真似はあまりしたくないという気持ちもあった。


 とりあえずここは、話せることを話しておくべきかと判断し、零斗は口を開く。


「言っても理解できるかわからないけど、良い?」

「頼む」

「説明を手っ取り早くするために答えてほしいんだけど、颯はマクスさんを見て何か感じる?」

「……いや、特に何も」


 突然の意味不明な質問にに颯が困惑する。気配とはなんぞやと言いたげな顔である。

 当然だ。零斗もこの感覚がなければ、同じ反応をしたであろう。


 さて、これから話す内容に颯がどんな反応を示すかと、零斗は若干緊張しながらゆっくりと話す。


「そう、それが普通のはずなんだ。……あんまり自信ないけど、たぶん僕は"魔力"みたいなのを感じることができる」

「……は?」


 零斗の衝撃的な告白に颯は眉をひそめて、間の抜けた声を上げた。正常な反応である。これで納得されていたら、あまりに物分かりが良すぎると、逆に零斗が疑っていたぐらいだ。


 とはいえ、“魔力”という単語その物に引っかからないところを見ると、颯も魔法に関する知識は持っているようだ。

 しかし、それを急に言い出されて納得ができていない様子の颯に、続けて零斗が説明を付け加える。


「まぁ、ある程度の量がないと分からないけどね。さっきの人は、みんながいなくなってから一番圧迫感みたいなのを放ってたから確認のために声をかけてみた」

「……俺はどうだ? 魔力は多いのか?」

「――――まぁ、別の才能があるとだけ言っておくよ」


 間を置いた後、できる限り言葉を選んで、さらに目線を逸らしながら零斗が答える。


「それってつまり、無いってことじゃねぇかっ!」


 零斗としては婉曲な言い回しをしたつもりだっだが、思いの外ダメージが入ったらしく颯は肩を落としてしまっている。

 しかし、そんな彼を零斗は半目で見つめていた。


 お前、『体が頑丈になる』っていうゲームで言えばレア度二ぐらいの加護を貰ったやつ――――例えば目の前の奴――の気持ちを考えたことはあるのかと、零斗は声を大にして言いたかった。

 しかも、あの女神の反応を見るに、ぶっちぎりで外れの加護を授かったに違いない。



 ――――そういえば颯はどんな才能をもらったのだろうか。


「颯は神様にどんな能力を貰ったの?」

「――――は? ? ……なあ、零斗。変なとこ連れてこられたからって、お前まで変になることないだろ」


 求めている回答とは違うものが返ってきた。

 ――――どういうことだ。

 自分は神と出会って、あのヘンテコな精神と〇部屋みたいな場所で全てを教えてもらった。仮に勇者である自分が話していたなら、ここに来た同じ勇者である颯も、彼女と話しているはずである。

 

 ――――そもそもの話として、颯も『デイフォモス』に来る前に、学校で『神』とやらの声を聞いているはずだ。


「……ここに来た理由は?」

「勿論。“勇者として魔王を倒すため”、だろ?」

「……さっきのあのおじいさん、どう見ても日本人じゃないよね。何語で喋ってた?」

人類語・・・だろ? なぁ、マジでどうした。やっぱここに連れてこられたときに頭とか打ったんじゃ――」


 本気で我が友人は気が狂ったのではないかと心配する颯を他所に、零斗は言葉を失うと同時、状況の理解に努めようと思考を始めていた。


 百歩譲って、前者の質問は、『勇者』と呼ばれたことで日本のゲームや漫画やらの知識でそういう先入観があってもわからなくはない。


 ――――だが、後者の質問に関しては、まず真っ先にという回答が返ってこないとおかしいのである。

 何をどう間違っても、『日本語』と『人類語』なんて単語を間違うはずもない。

 ……となれば、考えられることは一つ。



 ――――颯は神とのやり取り全てを忘れている。


 しかし、その仮定を結論付けるにはまだ判断材料が足りない、と零斗は咲夜に目を向ける。


 という確認。


 まだ状況の整理がつかずに放心状態の咲夜に、零斗が声をかける。


「新城さん、ちょっといいかな?」

「……あっ、何? 灰瀬くん」

「ここに来る前、誰かと会わなかった?」

「ううん。突然、眩しいって思って目を瞑ってたらここに立ってた」

「だよね、ありがとう」


 十分だ。


 ――――疑惑はほぼ確信に変わった。


 ここに来る経緯そのものは同じはずである三人のうち、一人だけが違う経験をしている。つまり、三分の一が『神』と接触した記憶を保持していると仮定しても、全勇者の中でたった三人程度しか、自分と情報の共有ができる者がいない。


 つまり、それ以外の者は魔法陣によってこの世界に召喚されたところまでは共通しているが、何らかの方法で情報の刷り込みがされた上でこの場にいると考えてよいだろう。


 ――――尤も、が自分以外の全員にされている可能性もあるわけだが。


 しかし、新たに大きな疑問が生まれる。


 ――――なぜ三人のうちで零斗だけが、刷り込みではなく、あの『神』とやらと対話したか、だ。


 向こうからしてみれば、そんな余計なことをせずとも、零斗も、二人のように必要な知識だけを詰め込まれて召喚された方が合理的だ。神に会おうが会わまいが、ここに召喚されるという結果は変わらない。


 ……なら、あの余計なプロセスは何だったのか。あの時に直接告げる事、それ自体が重要な役割を持っていたとして、自分が理解できたことといえば、果てしなく自分の加護が外れだったというだけである。


 流石に、付与した加護の残念さを演出するためだけにあの間を設けたとは考えられない。


 なら、他に何か……考えるべきことがある……?

 


 そこまで零斗の思考が行きついた時、颯に脇腹を小突かれた。

 

「皆様。――――陛下がおいでです」


 気が付けば、応接間の扉が開いており、マクスの後ろに彼と同じくらいか、それよりも少し若いくらいの年齢の男性が立っている。


 ――――どうやら颯は、思考に没頭しすぎた自分を見かねて諫めてくれたらしい。後でちゃんと感謝しなければならない。


 しかし、確かにこれは只者ではないと、単なる高校生に過ぎなかった零斗でさえ、目の前に立つ老人に対して畏怖に近しいものを感じた。

 流石は国の頂点ともなれば、纏う雰囲気からして常人とは一線を画すらしい。


 ……だが、それは人の上に立つ物の覇気かと言われたら少し違うとも思えるような、別種の雰囲気だった。

 これはどちらかといえば――――。


 わずかに抱いた違和感の正体を零斗が探っていると、国王と呼ばれた老人が声を発した。


「我は――サーマル・ラベンド・ロマノフ。このラベンド王国の国王をしている」


 ステンドグラスから差す光がちょうどロマノフに当たっていて神々しく見える。それがまさに王たる者の風格なのだと嫌でも理解させられる。


 その仰々しい光景に自分の周りの勇者達は、気迫に押されて揃って口をつぐんでいた。



 その一方で零斗は、違和感の正体を突き止めると同時に、気づかれない程度に苦笑いを零していた。


 なるほど、確かにこの壮麗な光景は見事の一言である。――――生憎、人一倍ひねくれてる自覚のある自分には通用しない手だが。

 

 人の第一印象というのは、およそ一分半で決まると言われている。されば、その時間をどのように使うかで、その人に対する見方というのが大きく変わるのは言うまでもないだろう。


 この王とやらはそれを十分に活用しているわけだ。

 話し方、立ち振る舞い、態度、視線、表情――――それら全てを駆使して“王”である認識を与えようとしている。


 その徹底した振舞いに、零斗は内心で感心していた。

 

 一回気が付いてしまえば、彼が纏う雰囲気が意図しているものだと分かる、あくまでも“作り物”の風格。

 だが、それをおくびにも表面に出さないロマノフの様は、見ていて自然と背筋が伸びるものであった。

 

「――――というわけだが、我も勇者達のことが全く分からぬ。良ければ名前ぐらいは一人ずつ聞いておきたいのだが……」


 ……おそらく考えている間に、肝心な部分をほぼすべて聞き逃した後、ロマノフがそんなことを口走った。


 伊達に人見知りを十七年やっていない零斗にとって、この世で最も耐えがたい苦痛――自己紹介。


 あの自分の番が回ってきた時の異様な静寂、集まる視線、謎の緊張感は同士なら共感してくれよう。口の中がやけに乾く感覚は何度やっても慣れない。

 とはいえ、言われた以上はそれを我慢せねばならない。――せめて、中間位の順番であればまだ印象にも残りづらいだろうしマシなのだが――と零斗が周りを見ると、救世主はそこにいた。


「俺から行くぜ」


 誰かが先陣切って名乗りを上げた。零斗は思わず内心でガッツポーズをとる。

 

 よくやった。

 今後、大金の入るようなことがあったら一番にうまい飯を奢ろうと、心の中で誓う。

 さて、自分がそのうち飯を奢るであろう人物は誰かと、零斗が声の主の方へと目を向ける。


「葉山真司だ。よろしく」


 ――――前言撤回だ。死んでもお前だけには飯を奢るかと、半目で睨む。

 しかし、一番の重荷がなくなったことが幸いしてか次々に勇者たちが名乗りを上げていく。


「俺は桜井颯だ。この2人はこの世界に来る前からの知り合いだ」

「新城咲夜です。よろしくね」

「……灰瀬零斗。よろしく……です」


 難関を乗り越えれば後は怖いものなしである。

 いざ終わった後の零斗の頭の中にあるのは、他の勇者が自己紹介しているのを記憶の片隅に残るくらいには聞いておこうという程度の思いだった。



 程なくして残すところ後一人になる


 漸く長かった自己紹介も終わりかと、零斗が小さくため息を吐く。


 それとは対照的に、隣で颯と咲夜が笑顔で自己紹介していく様を見守っていたが、なぜそこまで他人に関心が持てるのかと、零斗にしてみたら疑問でしかなかった。


 これがリア充と非リアの差であろうか。


 何はともあれ、これで終わりだと、最後の一人に目を向ける。――――瞬間、目を見開いた。


「……結城士郎ゆいきしろうだ」


 抑揚のない平坦な声に、光の灯らない鋭く冷たい瞳。そしてこれまた、かなり際立つ、整った容姿。


 クールビューティという言葉が男にも適用できるとしたら、まさにこの男こそが、それの体現者と言えるだろう。その証拠に、勇者の女子の何人かは、頬を少し赤らめながら彼を見ている。


 ――――だが、そんなことは正直言ってどうでもいい。問題は、この魔力の気配だ。考えることに集中しすぎたせいで気が付くのが遅れたが、この男の魔力量、相当なものだ。


 見渡しただけでも、彼を上回る量の持ち主はいない。


 

 ――――敵には絶対に回したくない。


 士郎が座ると、ロマノフが再び立ち上がって口を開いた。


「よし、皆いい目をしている。――――では先ほどにも言った、お前たちを召喚した経緯と魔王について詳しく話そうと思う」


 肝心なところに一ミリも触れていなかったようで、零斗が安堵の息を漏らす。


 ――――では逆に自分が考えこんでた間は何を話していたのだと思わなくもなかったが、それは後で颯に聞くことにしよう。

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